3575.連邦軍の目的
「成程。アーテル共和国に対する救援物資の輸送は単なる口実で、バルバツム連邦の真の目的が魔獣の研究……ひいては、魔法や魔力を自国のを武力として活用する方策の研究であるならば、看過できませんね」
ラキュス・ネーニア王家の一員であるカミェータ神官長が表情を改め、密議の間に集まったラキュス・ラクリマリス王国とアーテル共和国の要人を見回す。
アーテル共和国のミェーフ大統領は、硬い表情で僅かに首を縦に動かした。同国のホプリテース軍務大臣は息を飲み、横目で大統領を窺う。
……それで、国民があんなに反対しても、大勢の兵士が死傷しても、派兵をやめないのか。
密議の間の壁際で控える魔装兵ルベルは納得した。ここには証拠がないが、後で【明かし水鏡】を使えば真偽はすぐ判明する。
もし、本当にバルバツム連邦の目的が魔獣と魔術の研究だとすれば、国家再統合を妨害する可能性がある。そうでなくても、キルクルス教団と口裏を合わせて、キルクルス教徒向けの寄付品の輸送を続けようとするだろう。
ルベル自身も戦時中、ラズートチク少尉と組んでアーテル領で情報収集した際、バルバツム連邦陸軍と何度も接触した。
あの当時は、現場の部隊長などが部下を守る為、必死に頼み込んで“現地の魔法使い”に魔獣から身を守る情報や物品を要求。ルベルたちは請われるままに魔法文明圏の常識を教え、ランテルナ島出身の駆除屋たちは地元での調達に付き合った。バルバツム兵の目の前で魔獣を魔法で屠ってみせたこともある。
魔装兵ルベルはセパリウス大司教を窺ったが、アーテル共和国の宗教界最高位の身分にある年配の陸の民は、表情を変えることなく会議の様子を見守る。
ラキュス・ラクリマリス王国のコンフェータ外務次官が質問した。
「通訳としてバルバツム軍の研究者に同行したアーテル兵は、いつも同じ人物なのですか?」
「……はい。陸軍広報課の三等兵であります」
ミェーフ大統領の視線を受け、ホプリテース軍務大臣が渋々答えた。
カミェータ神官長が微笑む。
「その三等兵と、いつお会いできるかしら?」
「えッ?」
「その兵士は、バルバツム軍の研究者と一緒にランテルナ島の街の調査に行ったのでしょう? ランテルナ島のコーラカル自治会長も同席させて、詳しい話をお聞きしたいのですけれど」
王族のカミェータ神官長にいきなり話を振られ、アーテル側唯一の湖の民が面食らう。円卓の末席から勢いよくミェーフ大統領に顔を向けると、首から提げた【導く白蝶】学派の徽章が揺れた。彼は葬儀屋だが、カミェータ神官長がランテルナ島内に所有する土地の管理者でもある。
「いつ頃の……ご予定でしょう?」
ミェーフ大統領が突然の話に驚きを隠せない顔でカミェータ神官長に聞く。
会議出席者の視線が、カミェータ神官長とコーラカル自治会長で往復した。
ホプリテース軍務大臣が恐る恐る申告する。
「その三等兵は、すべての調査に同行したワケではございません」
「バルバツム軍の研究員だけでランテルナ島へ渡ったことがあるのですか?」
緑髪のゴルテーンジヤ外務大臣が間髪入れずに質問した。
「いえ……バルバツム兵の一人が湖南語を習得し、バルバツム軍が独自にランテルナ島の魔獣駆除業者と護衛契約を結んでおりました」
「過去形……現在は契約していないのですか?」
緑髪のコンフェータ外務大臣が聞く。
「はい。我が軍の調査によりますと、例の詐欺動画の件以来、ランテルナ島の魔獣駆除業者がバルバツム軍関係の業務から一斉に手を引いたようです」
「あぁ……あの杜撰な詐欺ですね」
湖の民の王族であるカミェータ神官長が微妙な顔で頷く。
ホプリテース軍務大臣は身を縮め、上目遣いに緑髪の王族の顔色を窺いながら続けた。
「左様でございます。魔獣駆除業者は、我が軍が単独で救援物資輸送を担当する場合に限り、護衛契約を結ぶと条件を付けてきました。その場にバルバツム兵が一人でも居れば、即座に手を引く……とも」
「まぁ……我が国の民……特に湖の女神様の信徒も怒り心頭ですからね。駆除屋さんたちの気持ちは、私も大変よくわかります」
カミェータ神官長が深く頷くと、ホプリテース軍務大臣と、前任者の急死で急遽選任されたファブラ外務大臣が震えあがった。
緑髪のカミェータは、フラクシヌス教の神官長であり、湖の女神の血に連なるラキュス・ネーニア王家の一員でもある。例の詐欺動画で謂れのない罪を着せられた呪医セプテントリオーの親戚だ。
プンツォーヴィ外務次官が話を戻す。
「では、研究員をランテルナ島に案内した駆除屋も呼びましょう。バルバツム軍の研究のことを何か知っているかもしれませんから」
「あ、あのっ、それが誰であるか、引受けた駆除屋の人数も把握できていないのですが」
ホプリテース軍務大臣が慌てて言う。
「コーラカル、調べてくれるわね?」
「御意」
カミェータ神官長に視線を向けられ、緑髪のランテルナ島民コーラカル自治会長は、左手を胸に当てて頭を垂れた。
ミェーフ大統領が話題を変える。
「通販大手のリゴルネット株式会社は戦後、逸早くルフスに物流倉庫を建設しましたが、そこで、バルバツム連邦から力ある民を呼び寄せ、警備員として雇用しています」
「バルバツムにも力ある民が……?」
緑髪のゴルテーンジヤ外務大臣が驚く。
「移民の子孫でバルバツム国籍を持つ者や、アルトン・ガザ大陸南部の両輪の国から流入した不法移民など、属性は様々ですが、国家再統合後、彼らの処遇はどうなるのでしょう?」
「我が国の法律に従うなら、外国人労働者として仕事を続けても構いません」
湖の民の王族であるカミェータ神官長が断言する。
陸の民の王族であるラクリマリス王家の考えも同じなのだろう。
キルクルス教のセパリウス大司教が、カミェータ神官長に聞いた。
「彼らは魔法を使えませんが、魔力はあります。フラクシヌス教に改宗した方がよろしいのでしょうか?」
「改宗の必要はありません。フラクシヌス教は、水を必要とするこの世の生き物すべてを仲間と看做します。信仰の違いなど、些末事に過ぎないのです」
カミェータ神官長に即答され、セパリウス大司教が表情を緩める。
魔装兵ルベルは今春、ラゾールニク少佐と共にバルバツム連邦で実施した調査を思い出した。
スラム街の若者たちの両親や祖父母は不法移民だが、彼らはバルバツム連邦で産まれた為、国籍はバルバツム連邦だ。学ぶ機会がなかったせいで、魔力があっても魔法は使えない。
ネット通販大手のリゴルネット株式会社に雇用され、アーテル領の物流倉庫へ派遣された警備員も、不法移民かその子孫だろう。
リューチク外務大臣がミェーフ大統領の目を見て言う。
「バルバツム連邦出身者を排除する方針を採れば、バルバツム政府が国家再統合を妨害しかねません」
「その懸念がないことを上手く伝えられればいいのですが……伝わったところで信じてくれるか」
ミェーフ大統領の語尾が消える。
カミェータ神官長が会議の終わりを告げた。
「今日はここまでにしましょう。次回の会議では、国家再統合に反対する人々の代表も交え、国家再統合前に実施できそうな魔獣駆除や復旧工事の費用負担について話し合いましょう」
「聖光党やアーテル党に必ず出席するよう、働き掛けます」
ミェーフ大統領は、決意に満ちた表情で請合った。
☆バルバツム連邦の真の目的が魔獣の研究……「2164.軍の派遣理由」「2165.基地異変調査」参照
☆魔法文明圏の常識を教え……「2053.拾わせたモノ」「2054.派遣先の常識」「2104.異邦人の訪問」~「2105.魔肉料理の店」「2107.出さない情報」~「2111.報告する予定」「2154.報告会議の日」~「2161.訓練場を探せ」参照
☆ランテルナ島出身の駆除屋たちは地元での調達に付き合った……「2163.島でおつかい」「2164.軍の派遣理由」参照
☆バルバツム兵の目の前で魔獣を魔法で屠ってみせた……「2051.選び難い二択」「2052.魔獣と部外者」参照
☆バルバツム連邦で実施した調査……「3396.スラムで取材」~「3398.不法移民の子」参照




