3574.統合の前でも
アーテル共和国のホプリテース軍務大臣が、ラキュス・ラクリマリス王国側の出席者を見回して質問する。
「王国軍による魔獣駆除は現在、租借地に面した道路だけで実施して下さっておりますが、再統合が実現すれば、アーテル全体に拡大されると思ってよろしいのでしょうか?」
「我が軍も魔獣駆除業者も、魔法戦士の人数には限りがあります。急には増やせませんが、例えば、水道の復旧工事をする区間など、一時的に対象を広げることなら可能だと思います」
ラキュス・ラクリマリス王国のコンフェータ外務次官が答えた。
禿頭のホプリテース軍務大臣は、緑髪の女性外務次官に会釈して更に聞く。
「住民の通報で現場に駆け付けると言った対応は、人員不足で不可能なのでしょうか?」
「難しいと思います。我が国でも現在、戦時中に増加した魔獣の駆除に手間取っております」
「そちらでも、戦時中に魔獣が増えたのですか?」
アーテル共和国のセパリウス大司教が驚いた顔で口を挟んだ。
ラキュス・ラクリマリス王国のローク・ディアファネス大司教が呆れた顔で説明する。
「都市部に対する無差別爆撃で大勢の市民が殺害され、その遺体を扉に魔獣が大量出現したのです。私の故郷ゼルノー市も、駆除が完了するまで長らく立入制限が敷かれておりました」
「あッ……これは思慮が足りず、申し訳ございません」
セパリウス大司教は、親子程も年齢差のある若いディアファネス大司教に頭を下げた。
アーテル共和国のミェーフ大統領が恐る恐る質問する。
「戦時中、多くの避難民が発生したと聞き及びましたが、現在は元の住居に帰還できたのでしょうか?」
「都市を囲む防壁の再建工事が完了しましたので、市内の魔獣はすべて駆除できました。しかし、経済制裁で資材が不足した為、インフラの復旧や住宅などの再建が滞り、帰還を果たせた住民はほんの一握りです」
答えたのは、ラキュス・ラクリマリス王国のプンツォーヴィ外務次官だ。
アーテル共和国のアテウス外務次官が、怪訝な顔で聞く。
「制裁は何年も前に解除されましたよね?」
「国連常任理事国と経済大国二十カ国会議による理不尽な制裁は、戦後も三年余り継続しました。解除されてからも、バルバツム連邦のリゴルネット株式会社などがアーテル領での建設工事の為にラキュス湖周辺地域で資材を買い漁ったせいで高騰して、我が国の復旧・復興の工事が未だに遅れているのです」
陸の民のプンツォーヴィ外務次官が苦い顔で説明し、湖の民のコンフェータ外務次官がアテウス外務次官に険しい顔を向ける。
失言に気付いたアテウス外務次官が顔色を失い、しどろもどろに詫びの言葉を並べた。
アーテル共和国のセパリウス大司教が、言い訳じみたことを言ってアテウス外務次官に加勢する。
「逆に我が国では、キルクルス教団などからの寄付とバルバツム連邦からの支援で、建築資材は充分にあるのですが、戦時中にテロリストが召喚した土魚のせいで着工できません」
「再統合の前でも、そちらが駆除代を資材で払えば、水道工事などを進められそうですわね」
王族のカミェータ神官長が、アーテル共和国からの出席者たちに顔を向けて言った。
「上手くゆけば、その資材で旧ネモラリス領の工事も進みそうではありますが、アーテルでも必要だから寄付された物ですよね? 果たして、それを物納で払えるものなのでしょうか?」
陸の民のリューチク外務大臣がミェーフ大統領に聞く。
アーテル共和国のミェーフ大統領は、困った顔で数秒考え、答えを口にした。
「どの途、魔獣を駆除しなければ掘削できません。不足する資材は後で追加購入すればなんとかなると思います、復旧工事の計画全体を見直して、遅くなる地域の説得をどうするか悩ましいところではございますが」
「まぁ……でも、そうする他ありませんわね。ところで、バルバツム軍はどうするのです?」
カミェータ神官長は、納得した顔で頷いて話題を変えた。
「えッ?」
虚を突かれ、アーテル側の出席者が固まる。
緑髪のコンフェータ外務次官が、手許の資料をチラリと見て言った。
「租借地からの報告によりますと、バルバツム軍の救援物資輸送部隊と魔獣駆除部隊は、いずれも却って足手纏いになっているようです」
「魔法戦士が救援物資を詰めた【無尽袋】を持って【跳躍】で配達した方が安全確実ですよ。バルバツム軍は、土魚を射殺して共食いで強化させ、却って事態を悪化させておりますから」
緑髪のゴルテーンジヤ外務大臣が苦言を呈する。
カミェータ神官長が思い出した顔になり、緑色の眉を顰めて言った。
「そうそう。租借地の病院が悲鳴を上げておりますわ。セプテントリオー様が過労で倒れたのは、バルバツム兵が毎日のように大怪我をして搬送されるせいなのですよ」
「あッ……そ、その節は……大変、申し訳ございませんでした」
ミェーフ大統領が恐縮する。
カミェータ神官長は不快感も露わに聞いた。
「再統合前でも、バルバツム軍にお引き取り願うことはできませんの? セプテントリオー様が倒れて以来、我が国の医療機関は……特に租借地の病院では人手不足が悪化して、他にも倒れそうな職員が増えているのですよ」
「大変申し訳ございません」
ミェーフ大統領が低頭する。
ホプリテース軍務大臣が、ハンカチで頭をつるりと拭いて言い訳を並べた。
「バルバツム連邦では、一般市民が毎週のように我が国への派兵反対デモをしておりますが、大統領も連邦議会も、一向に兵を退く気配がございません」
「では、バルバツム軍の方々に救援物資の輸送をアーテルの空港や空軍基地へ空輸するに留め、その先の各避難所などへの配達は、神官戦士などがしますとお伝えいただけるかしら?」
「再統合が実現すれば、救援物資を運ぶ必要性がなくなりますから、バルバツム連邦は手を引きますよね?」
カミェータ神官長の言葉を受け、ディアファネス大司教がミェーフ大統領に確認する。
「実は……バルバツム軍の研究員が、魔獣を調査して、新兵器の開発などをしているようなのです」
ミェーフ大統領が言い難そうな顔をホプリテース軍務大臣に向ける。
禿頭の軍務大臣は、微妙な顔で状況を語った。
「詳しくは教えてもらえないのですが、救援物資輸送任務でバルバツム軍と行動を共にした我が軍の兵から、断片的に報告が上がっております」
……軍事機密っぽいのに言っちゃったよ。
魔装兵ルベルは他人事ながら肝を冷やした。
ルベルと同じく、ランテルナ島出身の魔獣駆除業者の偽装身分でミェーフ大統領の護衛をするシポーブニク大佐とラゾールニク少佐を横目で窺う。上官は二人とも無反応だ。
カミェータ神官長が呆れた顔で聞く。
「アーテル軍は、バルバツム軍と情報共有していないのですか?」
「恥ずかしながら、伏せられた情報がかなり多いようで、“こちらに何を伝えていないか”と言うこと自体、我々には感知できないのです」
ホプリテース軍務大臣が目を伏せる。
カミェータ神官長はますます訝った。
「その割にアーテル兵にもその情報の断片が伝わっているのですよね? 作戦行動中は隠し立てしないと言うのもおかしな話ですが?」
「時折、素材屋や駆除屋が助けてくれるのですが、その時に彼らとバルバツム兵の遣り取りを漏れ聞いたようです」
「助けてくれる? 魔法戦士が、あなた方をですか?」
「我が軍の救援物資輸送部隊が魔獣に襲われた際、偶然、近くで魔獣狩りしていた素材屋や、バルバツム軍が雇った駆除屋が助けてくれることがあるのです」
ホプリテース軍務大臣は、不思議そうに聞いたカミェータ神官長に怯えた顔で答えた。
……助けてくれることがある……助けてもらえない時もあるのか。
魔装兵ルベルは、民間の魔法戦士の対応に微妙な気持ちになった。
だが、彼らとて慈善事業で魔獣狩りするのではない。駆除代を払えない者を……況してや、魔哮砲戦争では敵だった国の者を命懸けで助けよと言うのは酷な話だ。
「えー……その、駆除屋や素材屋が、情報源なのです」
「バルバツム軍は魔法戦士に口止めしないのですか?」
カミェータ神官長が首を傾げる。ルベルも同感だ。
「ランテルナ島でも、バルバツム軍の研究員が調査しておりまして、通訳として同行させた我が軍の兵士も色々な情報を得ました」
「その通訳の兵士から、詳細な報告はないのですか?」
「ランテルナ島内での遣り取りは憶えている限り報告しますが、研究員がその情報をバルバツム連邦に持ち帰って何をどうするか、と言う部分に関しましては、全くわかりません」
ラキュス・ラクリマリス王国側の出席者は、ホプリテース軍務大臣の答えを聞いて考え込んだ。




