3572.進まない理由
「それでは早速、議題に入ります。報道によりますと、アーテル共和国で実施された国民投票の結果、国家再統合に賛成する民は、過半数を超えたそうですね」
ラクリマリス城の密議の間で、円卓の議長席に座るカミェータ神官長が、出席者一同を見回して発言した。
七千年余り続いたラキュス・ラクリマリス王国は、二百年近く前に無血で民主化し、ラキュス・ラクリマリス共和国となる。民族自決思想の台頭による半世紀の内乱を経て、ラクリマリス王国、ネモラリス共和国、アーテル共和国に分離・独立した。
約十年前、アーテル共和国がネモラリス共和国に一方的に宣戦布告して魔哮砲戦争が勃発。戦後、ネモラリス共和国では国民投票が実施され、有権者の約九割が神政復古を求めた結果、王制に復帰。昨年……印暦二二〇〇年には、ネモラリス王国とラクリマリス王国が再統合し、国号をラキュス・ラクリマリス王国に戻した。
残るは、アーテル共和国だけだ。
アーテル共和国のミェーフ大統領が、暗い顔で項垂れるように首肯する。
「はい。お言葉の通り、我が国では魔哮砲戦争の終結後、度々、国家再統合を問う国民投票を実施しておりますが、毎回、賛成が有効票の七割前後を占めております」
「何故、何度も同じ問いの国民投票を実施したのですか?」
ラキュス・ネーニア王家の一員カミェータ神官長が、円卓の隣の席でミェーフ大統領に聞く。
……カミェータ様はご存知ないのか?
魔獣駆除業者エポプスに扮してミェーフ大統領の護衛を務める魔装兵ルベルは、カミェータ神官長の質問を訝しく思った。普通なら、家臣や軍の情報収集室が関連情報を集め、王族はそれに目を通した上で会議に臨む筈だ。
……あ、でも、敢えて知ってるコトを聞いて確認することもあるか。
ミェーフ大統領が疲れ切った顔で答える。
「国家再統合に反対する国会議員らが、投票率の低さを理由に無効を訴えたからです」
「国民投票の投票率に決まりがあるのですか?」
カミェータ神官長に重ねて問われ、ミェーフ大統領は苦り切った顔で答えた。
「いえ……有効票の過半数で決を採る、と規定されておりますが、特に全有権者に対しての投票率に関する決まりはございません」
カミェータ神官長が驚く。
「まぁ……では、本来なら、有効票の内で七割もの票を集めた結果は、国民の意志として尊重されなければならないものなのですね?」
「はい。我が国では、未曽有の大水害によって北部を中心に甚大な被害が出ました。未だに死者・行方不明者、難民として国外に流出した人数を確定できません。有権者の総数が不明な上、土魚などの魔獣に阻まれ、投票所に行くだけで命懸けです。また、救援物資に紛れ込んだ鎮痛剤系違法薬物の影響で、薬物依存症に陥る者が日々発生しますが、重症患者は正常な判断ができる状態ではございません」
「つまり、年を追う毎に有効票が減ってゆく……未成年者が成長して選挙権を得ても微増に留まり、有権者数の減少に歯止めが掛からないのです」
ミェーフ大統領に続いて、アーテル共和国のアテウス外務次官が付け加えた。
ラキュス・ラクリマリス王国のリューチク外務大臣が、アテウス外務次官に可哀想なものを見る目を向けて言う。
「今回の大統領選挙では、そちらからの要請で神官戦士団を派遣し、各投票所周辺の植込みに【簡易結界】を施して、土魚による捕食被害を減らす試みをしましたが」
「星の標や国家再統合反対派が薬物依存症患者を使い、その……結界のロープを切断するテロを実行しました。実行犯が真っ先に捕食されましたので、ほぼ自爆テロです」
アテウス外務次官が悔しさを滲ませて答えた。
カミェータ神官長も、悔しさを噛み締めた顔で応じる。
「えぇ。それは私たちもニュースで知りました。結界の警備は、アーテル軍とバルバツム軍にとって荷が重かったようですね。投票の当日も神官戦士団を現地に派遣できればよかったのですが」
「我が軍と警察が連携して、SNSの投稿から指示役を割り出し、多数を逮捕しました」
アーテル共和国のホプリテース軍務大臣が憮然とする。
隣に座る軍務大臣を目顔で黙らせ、ミェーフ大統領が頭を下げた。
「フラクシヌス教団には何の責任もございません。我が国の都合です」
「都合とは?」
リューチク外務次官が確認の為の質問を発する。
ミェーフ大統領は円卓の天板を見詰めて答えた。
「当日、フラクシヌス教の聖職者が投票所の周囲に待機していると、後日、聖光党など国家再統合に反対する野党が、内政干渉を云々して選挙結果を覆す惧れがあるからです」
アーテル共和国側の六人から溜息が漏れる。
ラキュス・ラクリマリス王国のローク・ディアファネス大司教が頷いた。
「そうですね。あなた以外が大統領になれば、国家再統合がますます遠のきますね」
「民意は国家再統合に傾いています。特に魔獣被害の多い北部の工業地帯と西部の農村地域では、反対派をみつけるのが困難なくらい再統合を熱望しています」
ミェーフ大統領が円卓に置いた拳を固める。
緑髪のゴルテーンジヤ外務大臣が、アーテル共和国側の出席者六名を見回して質問した。
「少数の反対派が、テロを起こして選挙を妨害してでも再統合を阻止しようとする理由は何ですか?」
「一番の理由は……信仰です。未だに星の標の異端思想が抜けない者たちが強硬手段に出ております」
アーテル共和国のセパリウス大司教が、他人事のような顔で答える。
ランテルナ自治区のコーラカル自治会長が、彼を土地管理者として雇用した王族のカミェータ神官長を見詰めて付け加えた。
「ランテルナ島民は再統合に賛成でございます。租借地になったお陰で港が復旧して、漁業や貿易で潤って参りましたし、そもそも島民の大半はフラクシヌス教徒ですございます故」
光の導き教会一帯の土地を所有するカミェータ神官長が、頷いて言う。
「そうですわね。私が視察した限り、光の導き教会の村で暮らすキルクルス教徒たちも国家再統合に賛成のようですわ」
「えッ? ラキュス・ネーニア王家のお方がランテルナ島……光の導き教会を視察なさったのですか? いつ、そんな」
前任者の急死で後任に据えられたばかりのファブラ外務大臣が、茶色い目を丸くした。
「直近では、二カ月前に村人の様子を見に行きましたよ。先程もお伝えしましたが、あの辺り一帯は私の私有地ですので」
「あッ……! 不勉強で恐れ入ります」
アーテル共和国のファブラ外務大臣が恐縮する。
ディアファネス大司教の隣で、ラキュス・ラクリマリス王国のコンフェータ外務次官が、斜め前のセパリウス大司教を見詰めて言った。
「異端信仰が原因でしたら、キルクルス教の正しい教えに導いてあげれば、何とかなりそうですが? 現に我が国のリストヴァー市では、星の標に聖典を音読させて再教育を施したところ、再犯率が大幅に下がり、解散に追い込めました」
「リストヴァー市は小さな街ですから、異端者の人数も知れているでしょうが、我が国では全土に散らばり、特に南部の富裕層が暮らす地域に多く残っているのですよ」
アーテル共和国のセパリウス大司教は平然と言い訳を並べた。
……それを何とかするのが教団の仕事じゃないのか?
魔装兵ルベルは呆れたが、表情は変えない。
戦時中、ルベルはラズートチク少尉と組んで、アーテル共和国の情報を探る任務に携わった。
星の標はアーテル本土全体のどこの街にも構成員が居たが、大半が町内会活動として義理で参加しただけで、異端思想に染まり切った過激派のテロリストはほんの一握りだ。
戦後、ミェーフ大統領が解散させ、町内会は、星の標と切り離して別に設立させた。住民の激減で、町内会が消滅した地区もある。
資金源を断ち、一時は壊滅に近い状態にまで追い込んだが、星の標は国家再統合反対派を取り込んで息を吹き返した。
鎮痛剤系違法薬物は、献金を断たれた星の標の主要な資金源だ。
……レーグルス殿下が、鎮痛解熱剤に依存性があるのをローシカ製薬の社長に白状させて、バルバツム連邦でも売れなくなったし、少しはマシになるかな?
アーテル政府は、薬物依存症になった神学生がミェーフ大統領暗殺未遂事件を起こした後、バルバツム連邦に対して、救援物資に医薬品を入れないように申し入れた。正規の経路からの流入は激減したが、アーテル領内で星の標や国家再統合反対派、犯罪組織が密造することまでは止められない。
アーテル本土の警察が、地道な捜査で密造拠点を検挙してゆくが、イタチごっこが続く。
「反対派は南部の富裕層が中心とは言え、国家再統合を妨げれば、彼らとて魔獣に襲われる危険が増すのですが」
ラキュス・ラクリマリス王国のプンツォーヴィ外務次官が首を捻った。
☆ネモラリス共和国では神政復古の賛成者が九割……「3273.報道の温度差」参照
☆結界の警備……「3480.ロープを守る」参照
☆大半が町内会活動として義理で参加……「2289.提供者の苦悩」「2393.浸水域の調査」「2433.束縛を伝える」「2551.すれ違う認識」「2835.公式発表の機」参照
※ ミェーフ大統領は、星の標にも町内会にも参加していない……「2532.外からの視点」参照
☆ミェーフ大統領が解散させ、町内会は、星の標と切り離して別に設立……「2938.大統領の移動」参照
☆薬物依存症になった神学生がミェーフ大統領暗殺未遂事件……「3113.神学生の異変」~「3115.神学校で聴取」参照
☆地道な捜査で密造拠点を検挙……「3198.大晦日の報道」~「3200.本物を横流し」参照




