3570.明滅する希望
魔獣駆除業者エポプスに扮した魔装兵ルベルが、ベランダ菜園の講師として説明を再開する。
「葉が重なってしまうと日照不足で弱るんで、重なり合わないように間引きして下さい。間引いた葉も食べられますけど、あんまり減らすと南瓜の株が弱るんで、取り過ぎないように気を付けて下さい」
アーテル共和国の国家公務員用家族向け官舎の住民たちは、ランテルナ島から来た魔法使いの説明に一喜一憂した。
フリージャーナリストに扮した一般兵トレウゴールカが、その様子を三脚に立てたカメラで動画撮影する。同じく記者に扮したラズートチク少尉は、住民たちの反応や官舎を観察して、タブレット端末でメモした。
留守番の者がベランダから顔を覗かせ、官舎敷地内の道路上で開かれた園芸教室を見守る。
「さっきも言いましたけど、霜が降りる前に株の根元にその落ち葉を敷いて、根っこが凍らないように保温して下さい」
「蔓と葉っぱはいいんですか?」
官舎の住民から質問が飛ぶ。
「できれば、ビニールハウス的なものがあればいいんですけど、ベランダでするのは難しいと思うので無理しなくていいですよ」
「でも、風除けに大きい透明のビニール袋とか被せた方が育ちやすいんですよね?」
「その袋で陽当たりが妨げられると却ってよくないんで、透明度とかによりますね」
「加減が難しいんですねぇ」
官舎の住民たちが、南瓜の種を蒔いたばかりのプランターに視線を落とした。
各種防禦の呪文入り作業服を着たルベルは、住民の反応に構わず説明を続ける。
「南瓜の蔓から子蔓……細い蔓が分かれて伸びてくるんですけど、それは切って一番太い親蔓だけ残して下さい」
「あぁ……狭いとこで茂り過ぎたら弱りそうですもんね」
「無事に越冬できたら、冬の終わり頃か春の初め頃に花が咲きます。蕾の根元が丸いのが雌花で、南瓜の実になります。丸くないのは雄花です。雌花が咲いたら、朝早くに雄蕊を綿棒で擦って花粉を取って、雌蕊に塗って受粉させて下さい」
「あぁ、理科の教科書に載ってたヤツ」
高校生くらいの少年が人垣の中で頷いた。
「蔓の上の方についた蕾は、雄花も雌花も摘んで下さい」
「えッ? どうしてです?」
中年男性が驚きの声を上げた。
「花が多いと栄養の取り合いになって、実が大きくならないからです。普通の畑で育てる時も花を間引きしますよ」
「へぇー……」
「みなさんはベランダに置いたプランターで垂直方向に育てますから、根元に近い花を二個か三個だけ残して、他は全部摘んで下さい。上の方で実が生ると、重みで蔓が折れたり、実が落ちて割れたりするので」
中年女性が頷く。
「あぁ……そりゃそうですよね」
「いっぱい食べるの無理かぁ」
小学生くらいの男の子が残念がる。
ルベルは思い出して付け加えた。
「あっ、花も食べられますよ」
「食べられるの?」
「ウチの母はオムレツに混ぜたり、スープに入れたり、衣をつけて揚げたりしてましたね」
女性陣がぼやく。
「生卵が手に入ればいいんですけどね、最近は全然入荷しなくて」
「油も高いしねぇ」
「スープ一択かぁ」
……思った以上に食糧事情が悪化してるんだな。
ルベルは気を取り直して説明を続けた。
「花の時期には肥料を足して、水は土が乾いたらたっぷり与えて下さい」
「たっぷり……根腐れしない程度に程々のたっぷりですよね?」
「そうですね。あ、それと、実が土に直接触れていると黴が生えることがあるので、食品用のトレーか何かを下に敷いておくといいですよ」
「成程ねぇ」
中年女性たちが頷く。
若い男性が手を挙げて質問した。
「南瓜はいつ頃収穫すればいいですか?」
「花が枯れてから二カ月か三カ月後くらいには収穫できます。種の説明書に書いてありますね」
「その袋ってもらえませんか?」
「いいですよ」
魔装兵ルベルは、簡単な栽培方法、播種期と収穫期の目安が書かれた紙袋を私服姿の事務官に渡した。僅かに残った種がカサッと音を立てる。
「他に何か質問ありますか?」
「うーん……始めてみないことには、何がわからないかがわからないんで」
「えぇ、今は……特にありませんね」
魔装兵ルベルが聞いたが、官舎の住民たちは微妙な顔で答えた。
若い女性がポケットからタブレット端末を出して聞く。
「後で質問したいんですけど、メルアドとか教えてもらっていいですか?」
「後日の質問は勘弁して下さい。今日だけってことで引受けたので」
「えぇ~ッ?」
子供たちが一斉に不満の声を上げ、親たちが慌てて窘めた。
「俺、ミェーフ大統領に護衛として雇われてるんで、魔獣とかに襲われてる最中に着信あったら、気が散るんでダメです。そもそも警備中に端末弄るワケにはゆきませんし」
「夜はどうですか? 返事は夜でも構わないんですけど」
年配の男性が食い下がる。
「夜間警備の日もありますし、日勤の日は次の日に備えて早く寝ます。魔法を使うのってみなさんが思うより疲れるんですよ」
「休日はどうですか?」
「今日は他の人に代わってもらって特別に休ませてもらいましたけど、普段は休みの曜日がバラバラなんですよ。警備の都合上、シフトは秘密ですし」
「あぁ……そりゃそうですよね」
年配の男性はようやく引き下がった。
ラズートチク少尉がフリージャーナリストとして、官舎の住民に質問する。
「一階は植込みが生い茂って陽当たりが悪いですね。燃料不足で車を動かせないのでしたら、道路の隅にプランターを並べて野菜を育ててもよさそうですが、何かできない理由があるんですか?」
「やりましたよ。みんな思いつきますからね。でも、プランターごと盗まれたんで諦めました」
「あぁ……それはお気の毒に。犯人は捕まりましたか?」
「警察はテロとヤク中の対応で忙しくて、しょぼい窃盗なんて相手してくれないんですよ」
質問に答えた男性が吐き捨てた。
官舎の住民たちが眉間に皺を寄せて頷く。
ラズートチク少尉は重ねて聞いた。
「それでは、一階の方々はかなり不利ですよね?」
「えぇ。空き部屋が増えたんで、上の階に引越しさせてもらえないか人事に聞いたんですけど、規則だからって断られました」
「ウチはお祖母ちゃんの足が不自由だから、上の階は無理ですし」
「フェンスは立ててくれましたけど、植込みの根元に土魚が居て怖いんですよ」
「作業員さんたち、土魚に襲われませんでしたか?」
少尉が驚いた顔を作って聞く。
「それは、駆除屋さんを雇って守ってもらってたんで大丈夫でした」
「そう言う経費は出るんですね?」
「いいえ。公費負担はないんで、住民有志でおカネを集めて契約したんですよ」
「どこも大変ですねぇ」
ラズートチク少尉が同情してみせる。
国家公務員用の官舎でこれなら、民間は言わずもがなだ。
幼稚園児くらいの女の子がルベルを見上げて聞く。
「駆除屋さん、そこの土魚やっつけてくれないんですか?」
「今、そこに居るのをやっつけても、アスファルトの下を通って他のがどんどん来るからね」
ルベルはしゃがんで目線を合わせて答えた。
女の子の母親が恐縮する。
「すみません」
「いえ、よくある質問なんで」
「じゃあ土魚って永遠に居んの? いつ食われるかわかんない道ずっと通るしかないの?」
小学生くらいの男の子が半泣きで聞く。
「守りたい土地の隅っこに【魔除け】の敷石を置いて魔力を通せば、土魚がその場所に入って来られなくなるんだ。で、最初から中に居るのを全部やっつけて、敷石に魔力を通し続けてれば、そこはずっと守られるよ」
「俺たち、無原罪の清き民だから魔力なんてないんだけど」
「そうだね。国が再統合したら、魔法使いの人たち……特にフラクシヌス教の神官戦士が助けてくれるんだけど」
ルベルが答えると、大人たちは溜息を洩らした。
男の子が、ルベルに縋るような目を向けて聞く。
「アーテル軍の特殊部隊じゃダメ?」
「ダメじゃないと思うけど、人数が少ないからねぇ」
「あぁ……光ノ剣持ってる兵隊さん、ちょっとしか居ないもんなぁ」
男の子が目に見えて落胆する。
「そうやって土魚が入らない土地をどんどん広げて行って、街全体を囲む防壁を建てて、それにも魔力を通して結界を維持できれば、街の中は安全になるよ」
「道ボッコボコのまんまでずっと直せないのに新しく壁建てるとか無理だよ」
ルベルの説明を聞いて男の子が俯く。
「国が再統合したら、王様と女王様が何とかして下さるんだけどね」
「ランテルナ島って王様と女王様が土魚みんなやっつけてくれたの?」
男の子の妹らしきよく似た顔の女の子が目を丸くする。
ルベルは女の子に顔を向けて言った。
「ランテルナ島には土魚が居ないんだ」
「えぇ~? 島だけズルーい」
「狡くなんてないわよ。いい加減になさい」
母親が女の子の手首を掴んで引っ張った。
「国家再統合……か」
「ハルペ党首たちが逮捕されたし、少しは進展するといいんだけどな」
国家公務員宿舎の住民たちが遠い目になり、溜息混じりに呟いた。




