3568.正門前で会う
翌朝。
魔装兵ルベルが、魔獣駆除業者エポプスとしてミェーフ大統領に連休の相談をすると、既に大統領官邸の事務官から話があったらしく、快諾された。
「充分な給料を支払えず、職員すら満足に食べさせてあげられないのが心苦しいのですが、少しでも自給自足できるようになるなら、有難いです」
「ベランダの日照条件とか色々あって、説明を聞いても必ず上手くゆくワケではないんですけど」
「プランターでの南瓜栽培が成功するかどうかは、職員の頑張り次第だと思います。上手く育たなくても、エポプスさんが責任を感じる必要はありませんよ」
「責任……取らなくていいんですか?」
「当然です。自動車の教習所でもそうでしょう。卒業生が事故を起こしても、教官が責任を取ることなんてありませんから」
ミェーフ大統領は窶れた顔に微笑を浮かべた。
彼の母は、暗殺された。夫……ミェーフ大統領の父が、国家再統合反対派の重鎮たちに依頼したのだ。その父は、息子であるミェーフ大統領を衆人環視の中で殺害しようとして現行犯逮捕された。捕えたのは、ランテルナ島出身の魔獣駆除業者エポプスに扮して護衛を務めるルベルだ。
情報によると、ミェーフ大統領には兄弟が居ない。彼は半世紀の内乱時代の末期に産まれ、兄姉は幼い頃に死亡した。
叔母のアリスタは半世紀の内乱時代にネーニア島へ渡り、現在も存命らしいが、数十年に亘って音信不通で顔もわからない。
事務官たちは昨日の朝、家族の為に南瓜をプランターで栽培する方法を教えて欲しいとルベルに頼み込んだ。
孤独になったミェーフ大統領が、彼らからどんな風に相談されたか、ルベルにはわからない。
事務官たちの準備を考慮し、ルベルは翌週の土日、二連休を取ると決まった。
「講師を引き受けると、当日、俺一人で行動することになるのですが」
「あぁ、それは大丈夫。ラズートチク少尉とトレウゴールカが、フリージャーナリストとして取材に行くから」
アーテル共和国の首都ルフスに設けた拠点でラゾールニク少佐に報告すると、懸念があっさり払拭された。
翌週の土曜。
ミェーフ大統領の予定は官邸での昼食会だけで、今日と明日は外出しない。
魔獣駆除業者に扮したシポーブニク大佐とラゾールニク少佐、魔法の腕輪で姿を消した近衛兵セルペンチニートが護衛する。
魔装兵ルベルは、約束の時間の三十分前に大統領官邸の正門前へ跳んだ。今日の服装は、アーテル軍の都市迷彩ではなく、魔獣駆除業者の作業服だ。
既に案内役の事務官が私服姿で官邸の塀に凭れ、正門前の歩道に自転車を止めて待っていた。彼の傍らでは、背広を着崩したラズートチク少尉とスーツをきっちり着た一般兵トレウゴールカがタブレット端末でメモを取る。
官邸前の歩道は車道一車線分と同じ幅がある。塀の傍なら、植込みから距離があるので、土魚に飛びつかれる心配が少なかった。
事務官が官邸の塀から身を離し、唐突に出現した魔装兵ルベルに笑顔を向ける。
「あっ、エポプスさん、おはようございます」
「おはようございます。そちらのお二人は確か……記者さん……ですよね?」
「はい。フリージャーナリストです。今日は南瓜の珍しい栽培方法の講座があると小耳に挟みまして」
「えッ?」
ルベルは思わず、ラズートチク少尉と私服姿の事務官を見た。
「わざわざ呼んだとか知らせたとかじゃなくて、どこからか情報が洩れたみたいです」
「生配信させていただけましたら、今回の講座に参加できない方々にも伝わっていいかと思います」
トレウゴールカがさらりと言う。
「えッ……俺にメリットないですよね? あなた方は動画の投げ銭や広告収入で儲かるでしょうけど」
「それでしたら、我々からも講師料をお支払いしますが」
トレウゴールカが何も知らない記者のフリで提案する。
ルベルも、ランテルナ島の魔獣駆除業者らしいことを口にした。
「ぶっちゃけ、本土のおカネもらっても仕方ないんですよね」
「では、どのようなものが?」
私服姿の事務官が不安な声を出す。
「魔道具や魔法薬の素材、食べ物、魔力を籠められる宝石類とかの方が助かりますけど」
「食べ物や宝石は無理ですけど、素材と言うのはどんなものがいいんですか?」
「素材屋さんで買取ってもらえるものですね。魔獣由来の素材は無理でしょうけど、傷薬用の薬草なら、皆さんでも手に入れられそうですね」
ルベルが答えると、ラフな服装の事務官は更に質問した。
「傷薬用の薬草と言うのはどんな植物ですか?」
「そこら辺によく生えてる草で、名前……何だったかな……?」
魔装兵ルベルは【飛翔する蜂角鷹】学派の魔法戦士で、魔法薬には詳しくない。草を見てもどれがそうかわからなかった。
一般兵トレウゴールカがタブレット端末で画像検索して言う。
「これですね。バルバツム軍では、兵隊さんの実家で栽培して、乾燥させたものを救援物資と一緒に運んでもらって、租借地の病院での支払いに充てているそうですよ」
「えッ? それ、どこ情報ですか?」
私服姿の事務官が驚く。
トレウゴールカは淡々と答えた。
「普通の取材ですけど、新聞社には買取ってもらえませんでした」
「それは残念ですが、教えていただいてよかったんでしょうか?」
「SNSに載せたので、拡散していただけましたら、収益が増えて助かります」
トレウゴールカは、フリージャーナリストとしてのアカウントを表示させた。三年前から他の女性隊員が記者のフリで使用するものだ。
スクロールして、先月の投稿を表示させる。
事務官は自分のアカウントで開いて、賛意と拡散のボタンを押した。
「有難うございます。写真付きなので、これを園芸用品店で見せて種を」
「種は売ってませんよ」
「えッ?」
「草地ならどこにでも生える雑草で、種や苗を売っても儲かりませんから」
「で、でも、草地って土魚が居るじゃないですか」
「居ますね」
トレウゴールカが頷くと、肩に掛かった黒髪がさらりと流れた。
「って言うか、今から植えても今日の講座の報酬には間に合いませんよ」
ルベルが指摘すると、私服姿の事務官は耳まで赤くなった。
「あ、あのっ、現金しか用意してなくてすみません」
「いえ、他の物は難しそうですし、最近は本土のお店も俺たちを入れてくれるとこが増えてきたんで、大丈夫ですよ」
四人は大統領官邸の正門前から、官舎に向かって歩き出した。
アーテル共和国の国家公務員向け家族用宿舎は、大統領官邸から五ブロック離れた位置にある。
徒歩で通勤可能な距離だが、歩道脇の植込みから土魚が飛びついてくる危険がある為、大抵の職員は自転車を使う。
大統領官邸のある官庁街は水害には遭わなかったが、魔獣とバルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊の戦闘などで破損して、あちこち穴がある。穴はアスファルトやモルタルで雑に埋めただけで、オフロード仕様の自転車でなければ通行が難しい状態だ。
この事務官が押して歩く自転車も、街中で乗るには違和感のあるゴツい代物だった。
土曜日で官庁街は大半が休みだ。
車が一台も通らないのは、休日だからではない。アーテル共和国は魔哮砲戦争の開戦以来、外国為替市場で通貨が大暴落。原油の輸入量が激減した。バルバツム連邦から救援物資として届けられたものだけでは、必要最低限の車輌しか動かせないからだ。
緊急車両と公用車、物流を支えるトラック、通勤の足となる路線バスを動かす分にもやや足りない。
平日は間引き運転のバスがギュウギュウ詰めで、爆弾テロや魔獣召喚テロに遭えば、一回の犯行で多数の犠牲者を出した。
歩道を行く人の姿は疎らだ。誰もが土魚を警戒し、建物に沿って自転車を走らせる。食料品や日用品の買出しは命懸けで、家族内の決死隊なのだ。
「あれっ? 土曜なのにバス走ってるんですね」
車体にショッピングモールのロゴが描かれたバスに気付き、ルベルは誰にともなく言った。
事務官がバスに視線を向けて答える。
「あぁ、あれですか。商社系のショッピングモールが、揚げ物に使った食用油をリサイクルした燃料とか、アルコールで走るバスを導入したんですよ」
「へぇー」
ルベルは知らなかったが、ラズートチク少尉と一般兵トレウゴールカは興味なさそうにバスを眺める。
バスの車内は、荷物から手を放しても落ちないであろう密集具合で、ルベルは見ただけでげんなりした。
私服姿の事務官が、美味しそうな匂いの排気ガスを残して走り去るバスを見送って言う。
「一社が買物客に足を提供したら、他も真似して、ルフスだけじゃなくて、イグニカーンスとか大都市では何台も運行されてますよ」
「毎日ですか?」
「いえ。土日だけですね」
「どうしてです?」
「原油よりは安いですけど、食用油も値上がりが激しいですからね。アルコールは、酒造会社が酒類の製造ラインを燃料や医療用に転用してますけど、これも原料の輸入価格が高騰して大量生産できないんですよ」
「あぁ……そう言うアレですか」
「限られた経路の少ない本数でも、バスなら土魚に襲われる心配がないので、私の妻も利用していますよ」
「力なき民だと、お買物、大変そうですもんねぇ」
ルベルはしみじみ頷いた。
☆叔母のアリスタ……「3508.頑迷固陋な父」「3509.魔道具に問う」参照




