3566.一時的な同僚
印暦二二〇一年十月現在も、ラキュス・ラクリマリス王国電脳軍の魔装兵ルベルは、アーテル共和国領内でミェーフ大統領の護衛任務に携わる。
八月、アーテル共和国の大統領選挙が実施され、ミェーフ大統領が三選を果たした。国家再統合に向けての進捗は現状維持だが、再統合反対派の襲撃は未だに散発する。
ミェーフ大統領の実母が暗殺された殺人事件については、本土でも捜査が一気に進展した。
実の息子であるミェーフ大統領に対する殺人未遂の現行犯で逮捕された実父が、妻の殺害を国家再統合反対派の重鎮たちに依頼した経緯などを詳細に自供したからだ。それだけでなく、密かに録音してクラウドに保存していた音声データを自主的に証拠として提出した。
アーテルの警察はこのデータを基に捜査を進め、関与した者たちを殺人教唆やテロ容疑などで九月中に逮捕した。
ラキュス・ラクリマリス王国軍の諜報員は魔道具で姿を隠し、交代で警察署などに潜入。捜査の詳細情報や証拠データなどを入手した。
逮捕されたのは、アーテル党のハルペ党首、聖光党のテルグム党首、天球警備株式会社のプタートル社長らだ。ミェーフ大統領の母親の殺害を実行した天球警備の警備員は、ランテルナ島内で犯行当日に逮捕された。
実行犯に対する取調べで、首謀者や共犯者は事件当日に判明していたが、魔道具を用いた捜査はアーテル本土では違法だ。本土の警察ではランテルナ島での捜査結果を証拠採用できず、ハルペ党首らに手を出せなかったのだ。
実父の自供とデータ提供によって、科学捜査のみで証拠を固められ、ようやく逮捕に至った。
魔哮砲戦争後に泡沫政党に転落したアーテル党は、更に支持者が離れ、ほぼ壊滅状態だ。聖光党も釈明に追われ、野党第二党としての勢力を保てない。
国会で再統合に反対する富裕層の勢力が減り、再統合の意見が民意に即した状態で議論できるようになった。
王国軍の情報収集室分析班がそれらを分析し、佐官以上の幹部らが次の作戦計画を練る。
その結果、魔装兵ルベルたちの任務は、シポーブニク大佐の指揮下でミェーフ大統領の護衛を続けることに決定した。
ルベルはランテルナ島出身の魔獣駆除業者エポプスの偽装身分で、本職の大統領警護官と「一時的な同僚」として協力体制をとる。
ルベルは、ランテルナ島から【跳躍】でアーテル本土の大統領官邸へ戻った。食堂に直行し、タブレット端末で撮ったサンドイッチ屋のメニューを見せて聞く。
「今日のオススメ、白身魚のフライサンドですけど、大丈夫ですか?」
「うん。最近ちょっとずつ魚の美味しさがわかってきた気がするんだ」
夜勤明けの大統領警護官はメニューの写真を見て、書いてある通りの現金をルベルに払った。
ルベルが店で払ったのは、香草茶の茶葉を一リットルの袋一杯分だけで、ランテルナ島では現金価格の十分の一以下だ。他の交換品でも現金より遙かに安い。
だが、本土在住の警護官には、香草茶も塩も羊の干し肉も入手できない。それらを本土で買おうとしても、サンドイッチの数十倍の金額を出しても、ほんの一口分にしかならなかった。
本土のカフェやショッピングモールなどでも、サンドイッチを買えるようになったが、段ボール並に薄いパンにマヨネーズをうっすら塗ってレタスを一枚だけ挟んだものが一般的だ。具が少量でパンもペラペラだが、戦前の何倍もの値段がする。
葉物野菜は工場生産が軌道に乗り、養鶏場もフラクシヌス教団やランテルナ島の魔獣駆除業者の協力で、再開に漕ぎつけられた。燃料不足と魔獣による交通事情の悪化で輸送が難しく、生卵の状態での流通はほぼ不可能だ。養鶏場に併設した加工場で、マヨネーズなどの保存食にして販売するしかなかった。
「手間賃出せなくて申し訳ないんだけど」
「いいですよ、ついでなんで」
魔獣駆除業者エポプスに扮したルベルは、本土のサンドイッチより安いが、物々交換価格と比べればかなり割高な代金を素直に受取った。
単なる親切ではない。
一時的な同僚と友好的な関係を構築し、情報を引き出す為の餌付けだ。
夜勤明けの大統領警護官は、ルベルが手渡した白身魚のフライサンドの包みを押し戴いて、何度も礼を言う。配給の缶詰を上着のポケットに仕舞い、少し離れた食卓でサンドイッチを食べ始めた。
警護官の相棒が、食堂に駆け込むなり息を弾ませてルベルに聞く。
「エポプスさん! 俺が頼んだ分ある?」
「えぇ、まだありましたよ」
アーテル軍の都市迷彩を着たルベルは、【軽量】の袋から野菜ジュース五百ミリリットル入りの瓶二本とコッペパン五個が入ったレジ袋を出し、手近の食卓に置いた。
ランテルナ島のパン屋で買ってくるように頼まれたのは、彼の家族の分だ。
食料の配給は、租借地の工場で製造した魚の缶詰が中心で、パンはなかなか手に入らない。
追加で生の南瓜も一個出す。大人の拳二個分程度の小型の品種だ。
大統領警護官たちが声を揃えて驚く。
「えッ? パン屋で南瓜も売ってんの?」
食堂で朝食の配給を受ける日勤の事務官たちが、一斉にこちらを見る。
思いがけず注目を浴びてしまい、ルベルは気まずくなった。
「いえ、これはお釣りでもらったんです」
「お釣り? あぁ……物々交換だから?」
「そうです。中身を入れた【魔力の水晶】で払いました」
「これって現金だと幾ら?」
コッペパンと野菜ジュースを頼んだ警護官が、南瓜を手に取って聞いた。
周囲の卓の事務官たちが、魚の缶詰を開ける手を止めて聞き耳を立てる。
「えーっと……」
……お釣りの値段なんてわかんないよ。
ルベルはしばらく計算するフリをしてから答えた。
☆ミェーフ大統領の実母が暗殺された殺人事件……「3483.家族を巻込む」参照
☆実父によるミェーフ大統領暗殺未遂事件……「3507.決選投票の日」「3508.頑迷固陋な父」参照
☆エポプスさん……「3500.追加の駆除屋」参照




