3565.続報を調べる
クレーヴェル城の自室と違い、ラクリマリス城の客間には呪医オレニョノクたちの目がない。
セプテントリオーは横目で女官長アルボルの顔色を窺いつつ、ラクリマリス城勤務の女官アレヌーハに聞いた。
「この動画は先月、魔法薬学会で開かれた会議の様子なのですよね?」
「左様でございます。湖南経済新聞の記者が、生配信したもののアーカイブでございます」
黒髪の若い女官アレヌーハが、元伯爵令嬢らしい態度で恭しく答えた。
「会議から一月近く経ちますが、ローシカ社長は存命なのでしょうか?」
「続報が気になりますか?」
女官アレヌーハが質問に質問で返す。
緑髪の女官長アルボルは顔を険しくしたが、口を挟まなかった。
……大丈夫……なのだな?
「気になります」
「では、お調べ致しますので少々お待ち下さい」
セプテントリオーに応じたのは、青ネクタイの男性文官だ。天蓋付きの寝台の脇に設置したローテーブルの前にしゃがみ、慣れた手つきでデスクトップパソコンを操作して、バルバツム連邦のローシカ製薬株式会社に関するニュースを検索する。
瞬く間に湖南語の見出しなどが、新着順で画面いっぱいに羅列された。
ローシカ製薬創業者、続投を表明
ローシカ製薬にワクチン事業の売却打診
ローシカ製薬株、監理銘柄に
メインバンク、ローシカ製薬と取引停止
デュクス大統領、ローシカ疑獄に言及
複数の連邦議員、収賄を否定 ローシカ疑獄
サイト復旧もリンク切れ多数 ローシカ製薬
ロ社製鎮痛解熱剤の取扱中止勧告 連邦薬剤師会
ローシカ製薬、緊急株主総会開催
ローシカ製薬、株価ストップ安
バルバツム連邦議員、収賄で捜査対象に
薬物依存症患者支援団体が声明
鎮痛解熱剤の危険性に警鐘を鳴らした博士に脚光
鎮痛解熱剤の論文捏造認める ローシカ製薬
鎮痛解熱剤承認に絡む汚職に捜査のメス
医師、ローシカ製薬の過剰な接待を暴露
救援物資の鎮痛解熱剤で薬物依存症に アーテル
鎮痛解熱剤承認のロビー活動に疑惑 ローシカ製薬
ローシカ製薬サイトにアクセス集中
鎮痛解熱剤の依存性認める ローシカ製薬
レーグルス殿下、【強制】の解除を拒否
ローシカ製薬、株価大暴落
ローシカ製薬サイト閲覧不能
バルバツム薬物依存症患者家族会代表が会見
鎮痛解熱剤への不安広がる バルバツム連邦
鎮痛解熱剤に強い依存性 ローシカ製薬
ローシカ製薬CEOに【強制】で虚偽禁止
薬師を脅迫して契約を強制か ローシカ製薬
【全文】レーグルス殿下の会議冒頭演説
バルバツム人、初のミクランテラ島上陸
ローシカ製薬、紫連樹の葉調達へ
レーグルス殿下、脳解毒薬会議開催
……見出しだけでおなかいっぱいの急展開だな。
「ローシカ製薬の社長は存命なのですね?」
「そのようですね」
文官が一番上の記事を別タブで開く。
今朝、配信されたばかりの湖南経済新聞の短信記事で、本文の頭には【時流】のクレジット表記がある。どうやら、時流通信社がバルバツム連邦で取材した配信記事を湖南語訳して湖南経済新聞に載せたものらしい。
【サンデラエ 時流】バルバツム連邦の首都サンデラエ市で二十四日、ローシカ製薬株式会社の緊急取締役会が開かれた。同社を創業し、最高経営責任者として四十年余り君臨してきたローシカ氏は、創業者として説明責任を全うする為、続投を表明した。
……少なくとも昨日の時点では、ローシカ社長は存命で、会議で発言できる状態だったのだな。
他の記事の見出しによると、レーグルス王子は、ローシカ社長に掛けた“虚偽と自殺を禁止する命令の【強制】”を解除する気がないようだ。
ローシカ社長が最高経営責任者の地位を降りれば、様々な虚偽の訂正作業が難しくなる。株価下落やメインバンクに見捨てられた責任をどんなに厳しく追及されても、それが終わるまでは何が何でも地位にしがみつくだろう。
「その次の記事も見せて下さい」
「御意」
セプテントリオーの命令で、青ネクタイの文官が先に開いた記事を閉じ、次の記事を別タブで開いた。
女官長アルボルが、ラクリマリス城勤務の文官を制止する。
「お待ちなさい」
文官が困惑した顔を王族のセプテントリオーに向ける。
女官長アルボルは、主に先んじて発言した。
「セプテントリオー様、まさか、これをすべてお読みになられるのではありませんよね?」
「え? そのつもりですが……?」
「なりません。ご本も一日で一冊全部読まないよう、オレニョノク呪医から厳しく言われておりますよね?」
クレーヴェル城に帰れば読ませてもらえない気がして、セプテントリオーは食い下がった。
「このくらいの短信なら、すぐ読み終わりますよ」
「全部が全部、短信ではございませんでしょう?」
「ページを開いてみなければわかりません……開いて下さい」
セプテントリオーは、青ネクタイの男性文官に命じた。
「こんなに小さい字をたくさん読まれては、疲れてしまいます。本日は移動と立会いでいつもよりお疲れなのです。このお部屋は休息の為にご用意いただいたと言うのに三時間もあのような動画をご覧になって、まだ、新聞までお読みになるのではご負担が過ぎます」
女官長アルボルが声をやや大きくすると、男性文官の手が再び止まった。
セプテントリオーは明るい声で言う。
「今は横になっていますし、大丈夫ですよ」
「オレニョノク呪医は、読書も負担が大きいとご説明下さいましたが、お忘れでございますか?」
「それは憶えていますが、この一連のニュースが気になって眠れませんよ」
セプテントリオーは粘るが、女官長アルボルは頑として首を縦に振らない。
壁際に控えた見習い女官ランクスが、ラクリマリス城勤務の男性文官二人と女官アレヌーハ、クレーヴェル城勤務の女官長アルボルに怯えた顔で視線を巡らせた。
黒髪の若い女官アレヌーハが、にっこり笑って言う。
「セプテントリオー殿下ご自身でお読みになられるのがご無理でしたら、読み上げればよろしいのではなくて?」
「新聞記事を朗読するんですか?」
赤ネクタイの男性文官が、同僚と女官アレヌーハを見比べ、緑髪の女官長アルボルの顔色を窺う。
女官アレヌーハは、女官長アルボルに笑顔を向けた。
「いかがでございましょう?」
「これまで前例のないこと……ですが……そうですね、ご自身でお読みになられるよりは、ご負担が少なくなるでしょう」
女官長は明らかに、これも禁じようとしたが、セプテントリオーが泣きそうな顔をしたことに気付いて方針を転換した。
「お夕飯まで時間がありません。三十分だけ朗読して差し上げなさい」
「三十分……全部は難しそうですが、いかが致しましょう?」
青ネクタイの文官が女官長の限定的な許可に困惑し、記事一覧のタブを表示させてセプテントリオーに顔を向ける。
セプテントリオーは記事一覧に目を走らせた。
ローシカ製薬株式会社は、魔哮砲戦争の戦時中、ワクチン製造工場の機械が破損し、自主回収する失態を犯した。それに伴い、一時は全世界で麻疹ワクチンが供給不足に陥った。ネモラリス共和国ではその最中、折悪しく発生した麻疹の流行で多数の死者を出したのだ。
「まずはその、ワクチン事業の記事をお願いします」
「御意」
青ネクタイの文官がよく通る声で記事を読み上げる。
比較的短い記事で、すぐ読み終わった。
複数の企業が、ローシカ製薬に対してワクチン事業の買収に名乗りを上げた段階で、まだ何も決まっていない。一社が一括購入するか、各社が保有する既存工場の生産能力を見て、複数社でワクチンの種類毎に分割購入するかも未定だ。
万が一、このままローシカ製薬が倒産すれば、再び生産が止まって供給不足に陥り、多くの命を脅かす可能性を否定できない。
……まぁ、そうなれば、流石にバルバツム政府が介入するだろうが。
巨大企業は倒産の影響が広範囲に及ぶ為、悪事を働こうが、経営難に陥ろうが、不用意に倒産させるワケにはゆかないのが何とも歯痒い。
セプテントリオーは、キルクルス教徒が多数派を占める科学文明国の政府がどう動くか予測がつかず、不安がジワリと胸を焦がした。
☆ワクチン製造工場の機械が破損……「1211.懸念を伝える」参照




