3564.先を予想する
レーグルス王子が動画の中で、ローシカ製薬に対して脳解毒薬を卸す条件を提示したが、これまでの遣り取りを見る限り、バルバツム連邦では実現不可能なことばかりだ。
当然、ローシカ社長は、薬物依存症対策も犯罪組織の壊滅も、製薬会社の仕事の範疇ではなく、内政干渉だと反発する。
社長の言い分は正論に聞こえる。だが、そもそも、薬物依存症問題の発端も、犯罪組織の資金源も、ローシカ製薬が製造した鎮痛解熱剤なのだ。
レーグルス王子は原疾患を根治させ、鎮痛解熱剤に頼らずに済む状況を作れと言う。
だが、ローシカ社長はバルバツム連邦の経済格差と医療行政を盾に現状維持を主張した。
「依存性のない鎮痛解熱剤を開発して、依存性の高い従来の鎮痛解熱剤は流通量を減らせ」
レーグルス王子が共通語で命じたが、これには魔力を籠めなかったらしい。
ローシカ社長は一笑に付した。
「新薬の開発に一体どれだけの資金と人員と時間が掛かると思ってるんだ? ハイそうですかと来月から売りに出せるような簡単な話じゃないんだぞ?」
「ロビー活動で安易に販売できる体制を作れたなら、逆に医師や薬剤師に罰則をつけてでも流通量を減らす方向性でも動けるだろう」
レーグルス王子は更に言うが、ローシカ社長は貧困層を盾に頑として譲らない。
「医療行政改革が、製薬会社の仕事なワケがないだろう。ウチは役所や何でも屋じゃないんだぞ」
「保険業界と製薬業界のロビー活動が政治家を動かし、現在の医療体制を構築したんだ。日之本帝国並とはゆかずとも、もっとマシな状態に近付けるように働き掛ければいいだろうが」
レーグルス王子は次々とローシカ社長の言い訳を封じる。
SNSには、先程セプテントリオーたちが見たような切取り動画が、少なからず出回るだろう。
もしかすると、その何割かは「ラキュス・ラクリマリス王国電脳軍の兵士が作戦の一環として一般人のフリで作って拡散したもの」が含まれるかもしれない。
湖南経済新聞の公式動画で、レーグルス王子が社長を問い質す。
「大勢の命と人生を踏み躙ってまで儲けたカネで、お前は何がしたいんだ?」
「富裕層に相応しい生活と、その資金を基にした投資で更に富を増やすのだ」
ローシカ社長は、打てば響く勢いで動機を語った。
……カネの為……贅沢して、国をも支配する力として、更にカネを欲するのか。
セプテントリオーには全く理解できない発想だ。
社長の思惑はともかく、貧しいキルクルス教徒はローシカ製薬に対して深い恨みを抱いただろう。
……バルバツム連邦で暴動が起きそうだな。
セプテントリオーはニュースを検索したくなったが、女官長アルボルはこの動画の閲覧にも難色を示したので、許してくれそうもない。
星光新聞の記者がローシカ社長に質問する。
「交渉が決裂したようですが、ローシカ製薬の今後の見通しは如何でしょう?」
「今後の見通し? おい、バカ王子、お前はその魔女に脳解毒薬の作り方を教えるのもやめる気か?」
ローシカ社長がレーグルス王子を指差して問う。
あまりにも不遜で不敬な物言いだが、レーグルス王子は普通に答えた。
「彼女に限らず、魔法薬学会の会員に請われれば、脳解毒薬の製法はきちんと教える。それが【飛翔する梟】学派の導師としての私の役目だからな」
ローシカ社長が人を人とも思わぬ発言を繰り出す。
レーグルス王子は、薬師カリオンの契約違反を防ぎ、身の安全を保障した上で、ローシカ製薬との取引をきっぱり拒絶した。
ローシカ社長は、自社の製品で薬物依存症に陥った患者と直接顔を合わせたことがないらしい。
セプテントリオーは、租借地の病院で離脱症状に苦しんだバルバツム兵たちを思い出し、社長の態度に怒りを覚えた。だが、尖った心の角は、鎮花茶の薬効ですぐに丸められた。
レーグルス王子が魔力を籠めて社長に「死ね」と命じなかったのも、魔法薬学会の女性職員が鎮花茶を淹れ、会議室を薬効のある芳香で満たしてくれたお陰だ。
社長が質問で誘導され、ローシカ製薬製の鎮痛解熱剤に強い依存性があることを指摘する論文をカネの力で握り潰し、幾人もの科学者にカネを掴ませて、依存性を否定する論文を捏造させたことを明かした。
レーグルス王子が、先程の“お前の考えを何ひとつ包み隠さず正直に話せ”と言う命令を解除する。代わって【強制】を掛けて、ローシカ社長に嘘を禁じ、更に自ら命を絶って苦痛から逃れることも封じた。
先程見た切取り動画の場面だ。
経緯が判明し、セプテントリオーは色々なことが腑に落ちた。
レーグルス王子の最大の目的は、これだったのだ。
「今後一切嘘を吐かず、記録に残る嘘をすべて訂正し終われば、苦痛から解放される」
「記録に残る嘘……全部……ですか?」
レーグルス王子が告げると、社長秘書が絶望的な表情で呟いた。
三時間余りの動画が終わり、ラクリマリス城の客間の緊張が解ける。
見習い女官ランクスが、寝台の右側で誰にともなく聞いた。
「この社長は、これからどうなるんでしょう?」
「早めに嘘を訂正しなければ、睡眠不足で衰弱死しそうですね」
寝台に横たわるセプテントリオーは、左を向いた横向けの姿勢から仰向けになり、顔だけランクスに向けて答えた。
「王子様は麻酔や痛み止めは効かないとおっしゃいましたが、睡眠薬もダメですか?」
「えぇ。睡眠薬も効きません。それでも気絶はできますが……彼は高齢の常命人種ですから、体力の消耗は避けられません」
「お前はこの社長に同情するのですか?」
女官長アルボルが険しい顔で聞く。
「いッいいえッ! 滅相もない! でも、この社長が死んじゃったら、嘘を訂正する必要がなくなって、危ない痛み止めの薬がずーっと出回り続けるんじゃないかなって心配になったんです」
「成程。その懸念は尤もですね」
セプテントリオーがランクスの発言を肯定すると、女官長アルボルはそれ以上言うのをやめた。
赤ネクタイの男性文官が、寝台の左横に置かれたデスクトップパソコンの傍らで発言する。
「それ以前にこの生配信で、主力商品の売上が激減するでしょう。そうなれば、取締役会で糾弾されます。創業者であっても責任を問われ、最高経営責任者の座を追われるかもしれません」
「社長でなくなっても、レーグルス殿下の【強制】による支配は継続します。これまでに吐いた嘘を撤回しなければ、彼は苦しみから解放されないのですよ」
セプテントリオーは、力なき民の文官の為に説明した。
「会社を辞めさせられたら、ホームページに書いた嘘をホントのコトに書き換えられなくなりますよね?」
「ランクス、口の利き方に気を付けなさい」
女官長アルボルに叱られ、見習い女官が身を縮めた。
近衛兵ジャドが、サムネイルに戻った画面を見詰めて言う。
「嘘が減れば痛みも減るので、おカネの力で、その無理を押し通すかもしれませんね」
「ローシカ製薬は経営危機に陥るかもしれませんが、薬物汚染された国の人々にとっては朗報です」
近衛兵ラシーハがしみじみと感慨を漏らす。
近衛兵たちも、セプテントリオーと共に租借地の病院で、離脱症状に苦しむアーテル人やバルバツム兵を目の当たりにしてきた。
……新聞記事もカネでどうとでもなると言ったな。
もし、ローシカ製薬に対する暴動が起こったとしても、報道機関にカネを掴ませて揉み消したかもしれない。敢えて掲載する記事は、完全な被害者として同情を誘う書き方をさせるだろう。
大手SNSの多くは、バルバツム連邦に本社が所在する。カネに物を言わせる世論誘導などお手の物だろう。
ユアキャストには、まだ手を回さなかったのか、湖南経済新聞社のこの動画は今も存在する。
「同じ会議の星光新聞とクアエシートル記者のアーカイブが今もあるか、調べて下さい」
「御意」
セプテントリオーが命じると、赤ネクタイの文官がユアキャスト内で検索してくれた。どちらも検索結果の上位に表示され、閲覧数はそれぞれ数億件に達する。
セプテントリオーは安堵した。
「この分なら、削除しても、なかったことにはできないでしょうね」
「恐らく、電脳世界で揉み消しに走れば、現実世界で暴動や不買運動が起きるのではないかと思われます」
青ネクタイの文官が先を予想する。
緑髪の近衛兵ルガビークが頷く。
「どちらに転んでも、この会社はもう終わりでしょう」
「そうですね。ワクチン事業は他社が買取りに手を挙げるでしょうし、政府も公衆衛生の為に買収を支援するでしょうが、鎮痛解熱剤はどこも引き取らないでしょうね」
セプテントリオーは、そうなって欲しいと願いながら、先の予想を語った。




