3562.火種となる話
湖南経済新聞社の生配信アーカイブ動画の中で、“脳解毒薬の科学文明国に於ける調合に関する会議”出席者の自己紹介が始まる。
薬師カリオンはルニフェラ共和国人だが、流暢な共通語で名乗った。かつてクレマストラ連合王国とバルバツム連邦から植民地支配された影響だろう。
バルバツム連邦は、クレマストラ連合王国からの独立戦争の戦利品として、ルニフェラ共和国の支配権を獲得した。
多くの国が植民地支配から解放されて独立したが、経済的な支配は継続するところが多い。
現に今も、彼女はルニフェラ共和国からバルバツム連邦のローシカ製薬に無理矢理出向させられ、脳解毒薬の調合研修に派遣されたような口ぶりだ。
ラキュス・ラクリマリス王国電脳軍のラゾールニク少佐が、呼称を伏せてフリージャーナリストであると自己紹介し、バルバツム人のクアエシートル記者は名も名乗った。
続けて、バルバツム人の若い男性が、名を伏せて通訳者だと言う。
「あっ? あれっ?」
「いかがなさいました?」
セプテントリオーが驚きを発すると、青ネクタイの文官が動画を一時停止した。
「この通訳の男性は、バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊の兵士です」
「バルバツム兵が脳解毒薬の会議に……でございますか?」
赤ネクタイの文官が驚く。
「えぇ。彼は救援物資輸送部隊の隊員で、何度も租借地の病院に搬送され、私も五、六回治療したので憶えているのですよ」
「えぇ……? バルバツム兵と言うことは、力なき民でございますよね?」
「よく、今まで生き残れましたね?」
彼に続いて、青ネクタイの文官も呟いた。二人とも力なき陸の民だ。
続きを再生させると、レーグルス王子も彼に気付いて指摘した。
……バルバツム軍も薬物汚染が蔓延して喉から手が出る程、脳解毒薬が欲しいから、社長に通訳として雇われる兼業を許したのだろう。
デスクトップパソコンの大きな画面の中で、金髪に白髪の混じる男性が愛想笑いを浮かべて名乗る。
「私は……ローシカ製薬株式会社の最高経営責任者です。本日は、王子殿下との会合と言う特別な機会をお与え下さいまして恐れ入ります」
「遠路遙々、バルバツム連邦からラキュス湖のミクランテラ島へ出向いたのだ。ローシカ社長、お前の考えを何ひとつ包み隠さず正直に話せ」
レーグルス王子は共通語で命じた。
「この若造が何を偉そうに」
ローシカ社長が、毒吐いた自分の口を両手で押えて青褪める。
魔力を籠めて命令されたのでは、力なき民などひとたまりもない。しかも、レーグルス王子の魔力は強大だ。魔法使いの平民や貴族、それどころか王族の大半も逆らえない。
セプテントリオーは国家再統合式典の日、爆弾テロの負傷者対応で訪れた速水通神殿附属施療院で、軍医レーグルスが対象を定めずに命令したせいで巻き込まれた件を思い出し、何とも言えない気持ちで社長を眺めた。
レーグルス王子は、ローシカ社長に悪しき業呼ばわりされたが、半笑いで流して単なる共通語による命令だと言い放った。
確かに、逆らっても【強制】などのように苦痛をもたらすことはないが、魔力を籠めて命令したことには一切触れない。力なき民の社長がレーグルス王子の命令に逆らうなど、天地がひっくり返っても不可能だ。
星光新聞も取材するが、力なき民のキルクルス教徒ばかりの読者は、魔力による支配を知らないだろう。
レーグルス王子の言葉を額面通りに受取れる者には、ローシカ社長こそが理不尽な言いがかりをつける無礼者に映るだろう。
画面の中でローシカ社長が声を荒げる。
「命令だと? 私を誰だと思って」
「カネ儲けの為なら他人の命がどうなろうと意に介さぬ強欲な製薬会社の社長だと思っているが、それがどうした?」
レーグルス王子は、慌てて自分の口を塞いだ社長を嘲った。
……これも、面と向かって言いたかったのだろうなぁ。
セプテントリオーは遠い目になった。
動画の中で、魔法薬学会の副会長が場を仕切り直し、本題に入る。
ローシカ製薬株式会社が、脳解毒薬の開発者であるレーグルス王子に会談を申し込んだのは、紫連樹の葉の調達に関して相談があるかららしい。
社長が、紫連樹の葉を売ろうとしない総合商社パルンビナ株式会社を口を極めて罵る。
レーグルス王子はそれに答えず、ローシカ製薬株式会社による巨人薊の買占めを指摘した。買占めによる弊害についても説明するが、社長は貧乏人がどうなろうと知ったことではないと嘯く。
「貧乏人なんか死んでもいいって……そんな……」
寝台の右側に立って視聴する見習い女官ランクスが声を震わせる。
セプテントリオーは、貧しい侍女の声を背中で聞いて、やるせない思いがした。
動画の中で新聞記者二人が手を挙げて質問し、ローシカ製薬株式会社とバルバツム連邦議会の癒着が社長の口から暴露される。
「お前たちの貧乏王国ではどうか知らんが、我が国ではカネが大きな力を持つ」
「貧乏人には人権なさそうな口振りですね」
ローシカ社長が堂々と言い放ち、記者のフリをするラゾールニク少佐が共通語で指摘する。
レーグルス王子の近衛兵は、そんな遣り取りまで律儀に湖南語訳した。
「バルバツムって色々と酷い国なんですね」
見習い女官ランクスが憤りを漏らす。セプテントリオーも同感だ。
「しっ! 黙ってご覧なさい」
「申し訳ございません」
女官長アルボルと見習い女官ランクスの囁きを背中で聞きながら、セプテントリオーは生配信のアーカイブ動画を視聴した。
星光新聞の記者が、薬師カリオンについてローシカ社長に質問する。
セプテントリオーは全く知らなかったが、バルバツム連邦内で魔法薬を製造するのは違法らしい。
ローシカ社長は、彼女の身柄を確保した上で、バルバツム連邦内では何も作らせず、ルブラ王国領ミクランテラ島の魔法薬学会に送り込んだと言う。
レーグルス王子は、ローシカ製薬株式会社と薬師カリオンの間で結ばれた契約について暴露した。
……彼女から窮状を聞いて、見兼ねて助けようとしているのだな?
セプテントリオーは、レーグルス王子が一介の受講生でしかない薬師カリオンをこの会議に出席させた意図を理解した。
湖南経済新聞の記者が呆れる。
「少なくとも我が国……アミトスチグマ王国では詐欺や脅迫などの不法な手段を用いて結ばせた契約は、無効になるのですが、バルバツム連邦ではそんな契約書でも有効なのですか?」
「ラキュス・ラクリマリス王国でも、そんな契約は無効だけどね。科学文明圏って言うか、キルクルス教圏はそう言うの、アリなんだ?」
ラゾールニク少佐が半笑いで星光新聞の記者に水を向けると、彼は嫌悪感も露わに答えた。
「そんな違法な契約は、現在ではバンクシア共和国のみならず、キルクルス教圏の大抵の国では無効です」
……まぁ、常識的に考えれば、そうだろうな。
だが、星光新聞の記者が続けて語った説明によると、植民地時代にはそれが罷り通ったらしい。
レーグルス王子と記者たちの質問で、薬師カリオンの窮状とローシカ製薬の悪辣なやり口が世界中に向けて明らかになる。
……これも、私の悪評と同じく、論争になるのだろうな。
魔法文明圏の者なら、王族の強大な魔力で命じられたローシカ社長が、頭に思い浮かんだことを何もかも洗い浚い話したと理解できる。
質問された直後に虚偽を構築するのは難しいからだ。
大抵の者はまず、事実を思い浮かべ、取り繕うべき部分を考えてから、嘘で誤魔化す。魔力を籠めて命じられた社長は、「公表することが危険な事実」を思い浮かべた時点で、それを口に出してしまう。
魔法使いや魔法文明圏の常識を知る者なら、ローシカ社長の発言を事実と認識する。だが、キルクルス教圏の者は、社長の発言を「悪しき業で不利な発言をする呪いを掛けられた結果」と捉え、擁護するだろう。
例の偽告発動画で広まった呪医セプテントリオーの悪評は、動画投稿者が詐欺容疑で逮捕されたことである程度は収束しただろう。
この会議は、魔法文明圏と科学文明圏の間で、新たな論争の火種となる。
もしかすると、租借地駐留部隊と病院は、バルバツム兵の救助を完全に拒んでストライキを起こすかもしれない。
セプテントリオーは、現在も両者の間で不毛な論争が続き、荒れ狂っているであろう世論を想像して心が荒んだ。
☆レーグルス王子が対象を定めずに命令したせいで巻き込まれた件……「2944.伝わらぬ言葉」参照
☆貧しい侍女……「3518.過渡期の人材」参照




