3561.みんなで視聴
三十分ばかりして、ラクリマリス城で勤務する女官アレヌーハが、台車を押した背広姿の男性二人を伴って客間に戻った。
黒髪の男性は二人とも、衣服に魔法の刺繍がない。戦後に採用された力なき民の文官だろう。
アレヌーハがセプテントリオーに声を掛ける。
「それでは、しばらく設置作業でバタバタしますが、失礼致します」
「いえ、私がお願いしたことですから、気兼ねは無用です。あなた方が作業しやすいように進めて下さい」
「御意」
台車の一台は透明の大型プラスチックコンテナ、もう一台はローテーブルを積んできた。
アレヌーハがティーポットを持ち上げ、赤ネクタイの文官が二人掛けの小さな円卓を移動させる。青ネクタイの文官はローテーブルを下ろし、寝台左手側の円卓があった場所に置いた。
男性二人は手を休めず、大人がしゃがんで入れそうなプラコンテナから、デスクトップパソコンの本体と画面、マウスや配線などを出す。慣れた手つきで機器類をローテーブルに設置。手際よく配線を繋ぎ、転倒防止器具も取り付ける。
黒髪の女官アレヌーハは、脇に退けられた円卓にティーポットを置き直した。
セプテントリオーが、滅多に目にできない作業を飽かず眺める。クレーヴェル城の女官二人と緑髪の近衛兵五人は、壁際に控えて作業を見守った。
黒髪の三人が揃ってお辞儀する。
「お待たせ致しました」
「いえ、手際のよい作業を有難うございます」
セプテントリオーが寝台に横たわったまま礼を述べると、緑髪の女官長と近衛兵たちが微妙な顔になった。
……こんな些細なことでもいちいち嫉妬するのか。
赤ネクタイの文官が、パソコンの電源を入れて聞く。
「殿下がご覧になりたい動画は、先月、魔法薬学会で開かれた“科学文明国に於ける脳解毒薬の調合に関する会議”を取材した湖南経済新聞社の生配信とお聞きしましたが、そちらで間違いないでしょうか?」
「そうです。私は医療行政の責任者の一人として、脳解毒薬の素材調達を手配したので、レーグルス殿下が魔法薬学会の会議でどのような発言をなさったか、確認する必要があるのです」
「左様でございますか。ネットワークに接続致しますので、もう少々お待ち下さい」
赤ネクタイの文官が、セプテントリオーに背を向け、ローテーブルの前にしゃがんでパソコンを操作する。
文官の肩越しに画面が見える。彼は、セプテントリオーの見たことがないアプリケーションを起ち上げ、何やら操作した。
次に現れたのは、見知ったポータルサイトのトップページだ。そこから更に操作して、やっとユアキャストの湖南経済新聞公式チャンネルが表示された。
文官が立ち上がり、ローテーブルの傍らで一礼する。
「お待たせ致しました」
「いえ、申し分ない働きです」
セプテントリオーは言葉少なに労った。
「みなさんも一緒に視聴しましょう」
セプテントリオーが言うと、女官三人と近衛兵五人が寝台の右側に整列し、男性文官二人はデスクトップパソコンの両脇に残った。
青ネクタイの文官がマウスを操作して、生配信のアーカイブの中から最新の動画を再生させる。
セプテントリオーは寝台で横向けに寝転がって、横幅五十センチはある大きな画面を注視した。
画面の中で、木製の扉が大きく開かれる。
緑髪の男性二人が、左右それぞれを片手で押さえて宣言した。
「レーグルス・ラキュス・ネーニア王子殿下の御出座しです」
会議室に入ってきたレーグルス王子はいつになく表情が険しい。
円卓を囲む面々には、セプテントリオーの見知った顔もあった。
……クアエシートル記者と……ラゾールニクさん?
王国軍が情報発信の為に動いたのだ。
セプテントリオーは驚いたが、波立った気持ちは鎮花茶の薬効ですぐに凪ぐ。
円卓では湖南経済新聞の他、星光新聞の腕章を巻いた記者も起立してレーグルス王子を迎える。
唯一人、金髪に白髪の混じった男性だけが座ったままだ。
レーグルス王子が彼に近付くと、年配の男性は共通語でごにょごにょ言った。王子は共通語が堪能なので普通に返事をする。
セプテントリオーは共通語を学ぶ機会がなかったので、二人が何と言ったかわからない。雰囲気から察するに、先程見たような罵詈雑言の類ではなさそうだ。
……時間が有り余っているし、共通語の勉強でもしようかな?
セプテントリオーが視線を向けると、青ネクタイの文官は動画を一時停止して教えてくれた。
「この金髪の男はローシカ製薬株式会社の最高経営責任者でございます。彼が階段で足を傷めたと言うので、レーグルス殿下が診察なさろうとしたところ、社長は治療が必要な酷さではないと言って断りました」
「立てないくらい痛いのにですか?」
「素人の自己申告ですので、足の痛みが事実か否かわかり兼ねます」
「成程……レーグルス殿下に対して礼儀を示したくない傲慢な気持ちから出た嘘だから、診察を受けたくなかった可能性があると言いたいのですね?」
文官たちは、セプテントリオーの推測を否定も肯定もしなかった。
青ネクタイの文官が再び動画を再生させる。
レーグルス王子は共通語が堪能だが、会議の冒頭演説を敢えて湖南語でした。しかも、その口調がいつになく硬く、表情も険しい。
演説の途中、ローシカ社長が口を挟んだ。ラキュス・ラクリマリス王国は勿論、他国でも王族の言葉に口を挟むなど、有り得ないことだ。
セプテントリオーはあまりの非常識さに驚いた。だが、バルバツム連邦が建国時から共和制を敷き、一度も王を戴いたことがないことを思い出して考え直した。
……きっと、その辺りの礼節について学ぶ機会がなかったのだろう。
レーグルス王子は、ローシカ社長の無礼を咎める代わりに声を大きくして彼の話を遮り、演説を続けた。
具体的な会社名こそ出さないが、医療ニュースを注意深く読む者が聞けば、バルバツム連邦のローシカ製薬のことだとわかる悪行をつらつら並べる。
話がラキュス・ラクリマリス王国軍のアーテル領租借地隣接地に於ける救助活動に及ぶと、ローシカ社長は再び口を挟んだ。
レーグルス王子は、愛想笑いで言われた礼の言葉を受け流し、薬物依存症患者の増加とローシカ製薬株式会社の株価上昇の連動を指摘した。
……レーグルス殿下は、ニュースの情報を【明かし水鏡】で調べてから、この会議に臨んだのだろうな。
ローシカ製薬株式会社の悪行について、すべて伝聞や統計情報として語るが、王子は社長に怒りの籠った眼差しを向けて演説を続ける。
「私は、薬とは傷や病で苦しむ患者を救う為のものだと考えている」
レーグルス王子の言葉に否やはない。
セプテントリオーにも、それ以外の用途がわからなかった。
「魔法薬の調合と販売は、魔法薬学会の指針に基づき、どこの国のどんな属性の患者に対しても、救いを与えるものでなければならない
これも、当たり前の話だ。
セプテントリオーには、レーグルス王子が敢えてこれを言う理由がわからない。
「私は、鎮痛剤系違法薬物に限らず、様々な薬物依存症で苦しむ患者たちを救う為に脳解毒薬を開発した。右手で依存性薬物を売捌きながら、左手で高価な治療薬を売りつけるような道義に悖る行為を許すつもりはない」
……成程。レーグルス殿下が、クアエシートル記者経由でローシカ製薬から会談の打診を受けて断らなかったのは、これを社長に直接言う為だったのだな。
セプテントリオーはこの会議が開かれた目的を了解した。
怒りの籠った冒頭演説が終わり、ラクリマリス城の客間に居合わせた誰からともなく溜息が漏れた。
☆冒頭演説……「3541.開発者と会談」「3542.開発者の宣言」参照




