3552.虚偽を封じる
レーグルス王子が呆れた顔で聞く。
「ローシカ社長は、お前の経営する製薬会社が製造販売する鎮痛解熱剤の依存性を調べた論文をすべて握り潰しているのだな。かなりの金額が動いた筈だが、その不正なカネの流れを帳簿ではどう処理したのだ?」
「そんなコトもわからんのか。経済音痴のバカ王子めが。そんなもの、表の帳簿に載せらせるワケがないだろうが。裏帳簿に載せたんだよ。裏帳簿。どこの会社でもそうだ。こんな常識も知らんとは世間知らずにも程がある」
緑髪の近衛兵が怒りを抑えて湖南語訳を終えると、魔法薬学会の会議室に沈黙が降りた。
レーグルス王子の傍らと扉脇で二人ずつ控える近衛兵が、ローシカ製薬株式会社の最高経営責任者を鋭い視線で射貫く。
バルバツム連邦経済界屈指の大企業の社長は、顔色を喪って自分の口を両手で押えた。だが、記者四人のカメラがこの会話の一部始終を生配信して、世界中に知れ渡った後だ。
ラキュス・ラクリマリス王国のレーグルス王子が、少し考える顔をして言う。
「つまりお前は、ローシカ製薬が製造する鎮痛解熱剤には、鎮痛剤系違法薬物程ではないにせよ、強い依存性があることを知りつつ、それをカネで揉み消して販売を続けているのだな?」
「それがどうした。そんなコトはどこの会社も普通にしている。常識だ!」
ローシカ社長は顔色を喪い、首を激しく横に振りながら叫んだ。
レーグルス王子が薄く笑って席を立つ。
「ローシカ社長、先程の“お前の考えを何ひとつ包み隠さず正直に話せ”と言う命令は解除してやろう」
ローシカ社長は露骨に安堵した顔で首の動きを止める。
レーグルス王子が円卓を回り込み、扉に近いローシカ社長の席に来た。社長の肩に手を置い力ある言葉で何事か言う。続けて、共通語で命じた。
「この男ローシカは生涯、如何なる手段を用いても、何者に対しても、事実と異なる情報を伝えることを禁ず」
再び力ある言葉で何か言うが、通訳として雇われたバルバツム連邦陸軍のデルタ伍長には、単語のひとつも拾えなかった。
緑髪の近衛兵は、レーグルス王子が力ある言葉で発した部分を共通語訳しない。
ローシカ社長が隣に座ったデルタ伍長に蒼白な顔を向ける。
「お、おい! さっさと通訳ッ……ぐッ」
「今のは湖南語ではなく、力ある言葉なので何と言ったかわかりません」
「うッうぁッわからないだと? 高い料金をぼったくった癖にぐぁッ!」
ローシカ社長が自分の両肩を抱いて円卓に突っ伏した。額に脂汗を浮かべ、歯を食いしばって言葉もない。
秘書が席を立って社長の顔を覗き込んだ。
「社長、どうされました? どこか具合でも?」
「私が【強制】の術を掛けたから、嘘を吐くと全身が苦痛に苛まれるようになったのだ」
レーグルス王子がさらりと答え、秘書が緑髪の王族に有り得ない物を見る目を向けた。
「力ある言葉の呪文を知りたいなら共通語訳してやろう。
言の葉が編む強き約定の縛鎖 汝を縛る。
“この男ローシカは生涯、如何なる手段を用いても、何者に対しても、事実と異なる情報を伝えることを禁ず”
我が声に違いしは斧鉞の合図。約定の縛鎖を以て苦痛の獄に汝を繋ぐ」
キルクルス教圏出身の社長と秘書、記者二人とデルタ伍長には魔法の知識がないので、本当に正しく共通語訳されたかすらわからない。
星光新聞バンクシア本社の記者が恐る恐る質問する。
「あの……これは何の魔法なんでしょう?」
「特定の行為を強いる【強制】の術だ。類似の術に【制約】の術があるが、あちらは特定の行為を禁止する専門だ。【強制】は禁止を含む様々な行為を強いることができ、逆らえば激痛に苛まれる」
レーグルス王子は澱みなく答えた。
星光新聞の記者が怯えた顔で問いを重ねる。
「えぇ……? もしかして、呪いではありませんか?」
「呪いなどと人聞きの悪いことを言うな。魔法文明圏では合法的に使用できる術だ」
レーグルス王子が当たり前のような顔で言うと、ラキュス湖周辺地域出身の近衛兵四人と魔法薬学会の三人、湖南経済新聞の記者とフリージャーナリストのラゾールニク記者だけでなく、アルトン・ガザ大陸南部に位置するルニフェラ共和国出身の薬師カリオンまでもが頷いた。
アミトスチグマ王国に本社を置く湖南経済新聞の記者が付け加える。
「使用が許される状況や命令の内容は国によって異なりますが、嘘を禁止する命令での【強制】や【制約】の使用は、大抵の国で合法ですよ」
「あの……これはどうすれば、痛みがなくなるのでしょう? 鎮痛剤は効くのでしょうか?」
秘書がローシカ社長の背中をさすりながら、レーグルス王子に聞いた。
「嘘を吐くのをやめればいい。先程の話なら、彼が多額の通訳料を徴収したと言うのが虚偽なのだろう? それを訂正して事実を伝える発言をすればいい」
「えぇ……?」
秘書が社長を見た。
ローシカ社長が顔を上げ、息も絶え絶えに言う。
「伍長はッ……はぁ……通訳を断わってッ……カネをッ求めなかった。わッ、私がッ……軍に手を回して一方的に札束を押し付けて雇った」
だが、社長の顔色は土気色のままだ。脂汗を浮かべ、苦悶に歪んだ顔を王子に向けた。
「私は“如何なる手段を用いても”と言う条件を盛り込んだからな。お前自身の口で嘘を吐くだけではなく、お前が従業員に命じて吐かせた嘘も対象に含まれる」
「それって範囲広過ぎません?」
フリージャーナリストのクアエシートル記者が、驚きと呆れの混じる声を漏らした。彼のノートパソコンに表示された生配信の画面でも、同様のコメントが猛烈な勢いで流れてゆく。
レーグルス王子はクアエシートル記者を一瞥したが、すぐローシカ社長に視線を戻した。
「他にも色々嘘を吐いているのだろう? 例えば、お前の指示でローシカ製薬の公式サイトに虚偽を掲載しているなら、それを訂正しなければならないし、裁判で偽証したなら、その記録も訂正が必要だ」
「なッ何ッ?」
ローシカ社長が目を剥いた。
「科学者にカネを掴ませ、お前の会社が製造した鎮痛解熱剤の依存性を過小評価する論文を書かせたなら、その論文も訂正しなければならない」
「えッ? あの、本当にそれらすべてを訂正するまで、社長は一生、痛みに苦しみ続けるんですか?」
秘書が傍らで社長を見下ろすレーグルス王子に視線で縋った。
「そうだ。もうひとつ禁止しておこう」
レーグルス王子は再びローシカ社長に手を触れ、力ある言葉で先程と同じ呪文を唱えた。命令の部分だけは共通語だ。
「この男ローシカは、如何なる手段を用いても自ら命を絶つことを禁ず」
ローシカ社長は生涯に亘って嘘を禁じられた上、死と言う逃げ道も封じられ、力なく項垂れた。
レーグルス王子が秘書に声を掛ける。
「あぁ、それから、この術による激痛には麻酔も鎮痛剤も効かないからな」
「えぇッ?」
「身体に不具合が出たワケではないからな。今後一切嘘を吐かず、記録に残る嘘をすべて訂正し終われば、苦痛から解放される」
「記録に残る嘘……全部……ですか?」
秘書が呆然と呟いた。




