3551.欲を捨てれば
星光新聞バンクシア本社の記者がローシカ社長に質問する。
「交渉が決裂したようですが、ローシカ製薬の今後の見通しは如何でしょう?」
「今後の見通し? おい、バカ王子、お前はその魔女に脳解毒薬の作り方を教えるのもやめる気か?」
ローシカ社長が薬師カリオンを指差した。
無礼な物言いに近衛兵たちが額に青筋を浮かべて拳を固める。
「彼女に限らず、魔法薬学会の会員に請われれば、脳解毒薬の製法はきちんと教える。それが【飛翔する梟】学派の導師としての私の役目だからな」
「なら、ドラクラのゲリラどもにカネを掴ませて紫連樹の葉を採りに行かせればいいな。植民地のゲリラが死んでも痛くも痒くもない。それどころか世界平和にも貢献できると言うものだ」
デルタ伍長は思わず、隣に座るローシカ社長の顔を見た。
ドラクラ共和国がバルバツム連邦の植民地だったのは六十年余り前までで、現在は独立国だ。バルバツムの大企業がドラクラ領の鉱山など、主要産業の利権を握って放さないせいで経済的には支配が継続するが、少なくとも国際法上の植民地ではない。
ラキュス・ラクリマリス王国のレーグルス王子は、形のいい緑色の眉を吊り上げて、ローシカ製薬株式会社の最高経営責任者を批難する。
「少なくとも、お前たちがその肥大化した欲望を捨てない限り、取引には応じない。人並程度にまで欲を抑えることを覚えれば、自らの過ちに気付けるだろう」
「オカマ臭い小僧が偉そうに。何様のつもりだ?」
レーグルス王子は、ローシカ社長の暴言を無視して続けた。
「医薬品業界が揃ってバルバツムの医療行政改革を働き掛け、患者にとっていい方向性で改革が果たされた後ならば、取引を考えてやらんでもない」
「そんな日は来ない。そもそも、お前の発言は内政干渉だ。貧乏王国のバカ王子風情が生意気な口をきくな! 身の程を弁えろ!」
ローシカ社長は円卓に拳を叩きつけた。
ラキュス・ラクリマリス王国のレーグルス王子が、【飛翔する梟】学派の呪医としての顔で質問する。
「ローシカ社長、お前の会社の鎮痛解熱剤や、鎮痛剤系違法薬物で依存症になった患者と直接会って話したことはあるか?」
「あるワケがなかろう。私にはそんなモラルの低い知合いなど居ないからな」
バルバツム連邦の製薬業界最大手の最高経営責任者は、唇を歪めて答えた。
「ま、仕事関係の人や知合いに会う時は、イケナイおクスリ使って離脱症状を抑えて取り繕うだろうから、居ても気付かないだけかもしれないけどね」
ラキュス・ラクリマリス王国のフリージャーナリストが半笑いで言う。緑髪の近衛兵は、ラゾールニク記者の湖南語を律儀に共通語訳した。
ローシカ社長が何とも言えない顔になる。
フリージャーナリストのクアエシートル記者が、ローシカ製薬の最高経営責任者に質問する。彼は遠路遙々バルバツム連邦からルブラ王国領ミクランテラ島まで取材に来た。
「アーテルで脳解毒薬の治験をした時、俺と星光新聞の記者さんが、薬物依存症のバルバツム兵を取材したんですけど、ローシカ社長はその記事を読んでおられませんか?」
「確か……星光新聞の記者が、アーテルの空軍病院で入院中のバルバツム兵を看護する体験取材をした記事のことだと思います」
社長秘書がタブレット端末をつついて検索しながら小声で助け舟を出した。
レーグルス王子が思い出した顔で言う。
「あぁ、あの取材か。記者には対処できなかったので、私も手伝った件だな」
「その節は、弊社の記者が大変お世話になりまして恐れ入ります」
星光新聞バンクシア本社の記者が席を立ち、バルバツム本社の記者の件でレーグルス王子に頭を下げた。
「あの記者はその後、どうなった?」
「部署が異なりますので、わかりかねます」
「そうか。今も元気にしているといいのだが」
レーグルス王子が遠い目になる。
記者は、再び一礼して着席した。
クアエシートル記者が、生配信するノートパソコンでブラウザの別タブを開いた。検索してすぐ件の記事を表示させる。
デルタ伍長は隣の席からクアエシートル記者の画面を覗いた。
秘書も同じ記事をみつけたらしく、ローシカ社長が彼の端末で読む。
「……この記者さん、よく生きてましたね」
「セプテントリオー医官なら、即死でない限り、骨折程度は瞬時に癒せる」
デルタ伍長が思わず呟くと、レーグルス王子が得意げに言った。
ローシカ社長が目を見開いて吐き捨てる。
「そんなバカな」
デルタ伍長は命の恩人の働きをたった一言で切り捨てられ、一瞬で頭に血が上った。
「見たことすらない癖にそんなコト言うのやめてもらえませんか? 租借地の病院であのウィッチドクターが助けてくれなかったら、救援物資輸送部隊の殉職者はもっと多かったし、俺も死んでた可能性高いんですけど?」
「通訳の癖に無駄口を叩くな!」
社長がぴしゃりと撥ねつける。その隣で、秘書がデルタ伍長に申し訳なさそうな顔を向けた。
レーグルス王子が提案する。
「ローシカ社長は、脳解毒薬の販売を手掛ける前に鎮痛剤系違法薬物の離脱症状で苦しむ薬物依存症患者の看護を体験してみた方がよいのではないか?」
「何をバカなコトを。そんなものは、移民の看護師にでもやらせておけばいいんだ」
ローシカ社長はそっぽを向いた。
レーグルス王子は落ち着いた声で更に言う。
「バカなことだと? バルバツム連邦をはじめとする世界の多くの国で、ローシカ製薬が製造販売した鎮痛解熱剤を発端とする薬物依存症が蔓延しているのだぞ。その症状を知ることは、決して無駄にならないと思うが?」
「バカ王子にはわからんようだから何度でも教えてやるが、製薬会社の仕事は、薬を作って売ることだ。薬物依存症問題の解決や患者の世話などではない」
「またまたそんなコト言って~。ホントはこの記者さんみたいになるのが怖いから、やりたくないだけなんじゃないの?」
ラゾールニク記者がニヤリと笑って共通語でチャチャを入れる。
ローシカ社長は、ラゾールニク記者ではなく、レーグルス王子に顔を向けて言った。
「我が社の主力製品を侮辱するのも大概にしろよ。バカ王子めが。その記者にカネを掴ませて言わせているのだろうが、そもそもウチの製品にはそんな激しい依存性なんぞない。犯罪組織の連中がゲオドルムから材料を仕入れて粗悪な違法薬物を作って、貧乏人どもが安物の違法薬物に手を出すからヤク中になるだけだ」
「ローシカ製薬の鎮痛解熱剤と薬物依存症の関係を調べた論文は悉く否定されているが、一体、幾らバラ撒いたのだ?」
「そんなもの、件数が多過ぎていちいち覚えていられるワケがなかろうが。毎年毎年、性懲りもなく青臭い正義感に駆られた連中が似たような論文を書いてキリがないんだ」
レーグルス王子が質問を重ねると、その件を思い出した社長の口がべらべら喋った。
社長秘書が苦い顔になる。
記者四人が、ローシカ社長の発言に眉を顰めた。
魔法薬学会の副会長と新薬承認部長が何とも言えない顔で、科学の製薬会社で最高経営責任者を務める男を見る。
デルタ伍長と薬師カリオンは、驚きのあまり言葉もなく社長を見詰めた。
☆星光新聞の記者が看護の体験取材……「3041.体験取材する」~「3043.体験でわかる」参照




