3549.飛び交う批難
湖南経済新聞の記者が質問し、緑髪の近衛兵が共通語訳する。
「体調の悪い人が遠方まで通院するのは大変ですし、時間と交通費が余分に掛かります。身体的にも経済的にも負担が大きくなるので、受診を諦めて症状を悪化させる患者が増えますが、ローシカ社長はその辺りをどうお考えなのでしょう?」
「植民地の貧乏人がどうなろうと知ったことか」
バルバツム連邦屈指の大企業ローシカ製薬株式会社の最高経営責任者は慌てて自分の口を押さえたが、大手紙二社とフリージャーナリスト二人のカメラが、この発言を世界中に向けて生配信した後だ。
レーグルス王子が、脳解毒薬の開発者として、ローシカ製薬の社長に聞く。
「共通語圏に住む貧しい患者には、脳解毒薬を売る気がないと言うことか?」
「魔法薬製造は未知の領域だ。情報収集、合法化に向けてのロビー活動、その上でヒトとモノを揃えるのに一体幾ら掛かったと思ってるんだ? 少なくとも投資を回収できる価格設定にして当然だ。この経済音痴め。王族がそのザマだからいつまで経っても国が貧しいままなのだ」
ローシカ社長は身振り手振りを交えて力説した。
ラキュス・ラクリマリス王国のレーグルス王子が反論する。
「我が国の経済状況が芳しくないのは、戦時中のみならず、戦後も理不尽な経済制裁が続いたせいだ」
「理不尽? 国連安全保障理事会の決議が理不尽だと? バカも休み休み言え。王族の癖に国際政治もわからんバカめ。お前のような専門バカは、大人しく薬だけ作ってればいいんだ」
「お前はこの地の歴史と国際情勢を何も知らないどころか、ほんの数年前に起きた戦争のニュースすら見ていないのだな?」
レーグルス王子が、ローシカ社長の暴言に呆れる。
近衛兵四人は殺気を漲らせるが、先程から何度も王子に制止され、今も険しい顔で自制する。
バルバツム連邦陸軍所属のデルタ伍長は、どうしたものかと思案した。
近衛兵に代わって社長の思い込みを訂正しなければ、アーテル共和国に派遣された部隊の救助が更に遅れ、病院に搬送してもらえなくなるかもしれない。
……通訳として連れて来られたけど、カネは社長に返せばいいよな。
命には代えられない。
思い切って発言した。
「我が国のデュクス大統領と当時のアーテルの大統領が結託して魔哮砲戦争を起こして、アーテル軍は我が国が提供した兵器でネーニア島の都市を無差別爆撃したんですよ。戦争を起こすこと自体が国連憲章違反ですし、無差別攻撃も文民保護法違反。でも、安保理は国際法違反したアーテルはお咎めなしで、無差別大量虐殺の被害者に経済制裁したんです」
ローシカ社長がデルタ伍長を横目で見てぴしゃりと言葉を叩きつける。
「通訳の癖に勝手に喋るな」
「通訳以前の問題ですよ。あの扱いは俺も理不尽だと思いますし、我が国がアーテルの後ろ盾になって国際法違反させて、国連ではネモラリス代表の発言に聞く耳持たなかったせいで、どこの国もこちらを批難できなくなったんです」
「お前は一体どっちの味方だ? あの黒い化け物が兵器化した魔法生物なのを知らんのかッ? 全く連邦軍人の風上にも置けん奴だ」
社長が顔だけデルタ伍長に向けて吐き捨てる。
デルタ伍長は開き直った。
「えぇ。何度も辞表を出してますけど辞めさせてくれないんで、軍人失格で結構ですよ」
「あぁ言えばこう言う! 最近の若いモンはこれだから」
「では、バカが作った薬は要らないと言うことでいいな」
レーグルス王子が言い放つと、ローシカ社長は弾かれたように向き直った。
「要るに決まってるだろう! 何の為にこんな辺境くんだりまでわざわざ足を運んだと思っとる! ヤク中は世界中に掃いて捨てる程居るんだ! カネに糸目をつけん上流階級にも客が居るのにみすみす商機を逃すワケにはゆかん!」
「力なき民の医療者では正しく扱えない劇薬を売りつける気か? 患者を副作用で殺す気満々だな?」
レーグルス王子が嘲る。
……王子様、ローシカ製薬に薬も材料も売る気ないよね。
デルタ伍長は遠い目になった。
円卓の向かいに座る薬師カリオンと目が合ったが、彼女も罵り合いを呆然と見守るしかない。
「何度も言わせるなバカ王子! 医者を用意するのは製薬会社の仕事ではないと言っとるだろうが!」
ローシカ社長が円卓に拳を叩きつけた。
レーグルス王子は冷たい声で指摘する。
「薬物汚染が酷いアルトン・ガザ大陸北部はキルクルス教国ばかりで、魔法使いの医療者が一人も居ない。南部の両輪の国には、脳解毒薬の服用後に実施すべき高度な治療を実行できる呪医が一人も居ない。それで、患者がどのようにして、高度な治癒魔法を行使できる呪医をみつけられるのだ?」
「この辺の国に薬を持ち込んで医療ツアーすればいい」
ローシカ社長が足下を指差し、思い付きを得意げに口にする。
レーグルス王子は、間髪入れず状況を語った。
「我が国は、バルバツム連邦がアーテルを嗾けて起こした戦争のせいで、医療関係者もその他の専門家も大勢殺されて人手不足だ」
「なんか……すみません」
デルタ伍長は、いたたまれなくなって詫びを口にした。
「君はアーテルの復興支援で救援物資輸送部隊として派遣されただけで、戦時中は従軍していなかったのだろう? 一兵卒が大統領や連邦議会の責任まで負わなくていい」
レーグルス王子にやさしい声を掛けられ、デルタ伍長はますます申し訳なくなった。
ラキュス・ラクリマリス王国のフリージャーナリストが、微妙な顔でローシカ社長に言う。
「生き残りでどうにか仕事を回すしかないんだけど、王族出身の呪医が過労死寸前で倒れたって言ったら、どのくらい酷い人手不足かわかるかな? 租借地の病院ではアーテル兵やバルバツム兵も受容れるけど、その中にヤク中が混ざってるせいで病院の人たちどんどん辞めてくんだ。大変過ぎて」
「根性なしめが」
ローシカ社長が一言で切り捨てる。
デルタ伍長は、鎮痛剤系違法薬物の離脱症状に苦しんだ部下や同僚たちの姿が脳裡を駆け巡り、社長を殴りそうになった。拳を固く握ってどうにか堪える。
魔法薬学会の女性職員が【操水】を唱え、鎮花茶を宙で沸かした。カップなどに淹れず、円卓の中央に浮かせて維持する。
薬効のある甘い芳香が濃くなり、デルタ伍長はささくれた心がほんの僅かに落ち着きを取り戻した。意識的に深呼吸して薬効成分を取り込む。
星光新聞バンクシア本社の記者が、表情を消した顔で指摘する。
「薬物依存症患者の負担が重く、医療従事者の退職が相次いでいるのは、バルバツム連邦などキルクルス教圏の病院でも同様です」
「記者風情がいちいち煩い! 黙ってろ!」
「成程、それがローシカ社長の本音ですか」
星光新聞の記者が諦めを含んだ声音で言う。
ローシカ製薬株式会社の最高経営責任者は鼻で笑った。
「新聞記事などカネを掴ませればどうとでもなるじゃないか」
「少なくとも私は、聖者キルクルス様への信仰と人間としての良心に従って記事を書いています」
星光新聞バンクシア本社の記者は、胸を張って反論した。
フラクシヌス教の女神の血を引くレーグルス王子が、ローシカ社長が口を開くより先に流暢な共通語で聞く。
「何度も言うが、薬物依存症患者を生み出す一方でその治療薬を製造販売しようなど、言語道断だ。お前たちが崇める聖者キルクルスは、そんな汚い稼ぎ方を賢い儲け方だと褒めてくれるのか?」
ローシカ社長はレーグルス王子を指差した。
「もし、聖者様が今の時代に在せば、お前らのような選民思想に取り憑かれた魔法使いどもを断罪なさるに決まってる!」
「はい、出ましたー。悪口は自己紹介の法則」
「野良記者風情が! チャチャを入れるな!」
社長の指がフリージャーナリストのラゾールニク記者に向く。
「えぇ~? でも、さっきから聞いてると、社長さんは貧しい人とお金持ちを別の生き物レベルで差別してますよね? 何があっても金持ちだけは特別! みたいな? それって貧富の差による選民思想じゃないんですか?」
ラゾールニク記者は、社長に一喝されても全く動じた様子がない。
……怖いものなしって言うか、煽りスキル高いなぁ。
デルタ伍長は毒気を抜かれて観戦モードになった。
ローシカ社長を挟んで秘書と目が合う。彼も見守るしかないらしく、すっかり諦め顔だ。
会議を取り仕切る魔法薬学会の副会長がパンと手を打った。
「議題と無関係な話題は謹んで下さい。脳解毒薬の素材調達に関しての発言と質問に限定してお願いします」
ローシカ社長が振り上げた拳をゆっくり下ろす。
ラゾールニク記者は、ニヤけた笑いを引っ込めて肩を竦め、副会長に軽く会釈した。




