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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十六章 連携

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0355.シャツの刺繍

 「お兄ちゃん、できたよー」

 玄関を開けると、アマナが廊下を駆けてきた。クルィーロは妹を抱き止め、やわらかな頬に自分の頬を寄せる。

 「危ないから廊下走んなよ。で、何ができたって?」

 「うん、あのね、お兄ちゃんのTシャツ」

 アマナが手に持った布を広げる。アーモンドの花のような薄紅色で、アマナとお揃いだ。

 「ずーっと魔法のマント着てたら、疲れるんでしょ?」

 「ん? うん、まぁ……これ、アマナが作ってくれたのか?」

 「うん。切るのはアミエーラさんがしてくれたけど、縫うのは全部私がしたの」

 「スゴイじゃないか! よく頑張ったなぁ」

 はにかむ妹を抱きしめて礼を言い、手を繋いで食堂へ向かう。


 「今日でTシャツ、みんなの分できたから、明日はズボン縫うの」

 「忙しいんだな。肩凝るし、あんまりムリすんなよ」

 「平気。今日はね、アミエーラさんが切ってる間、ティスちゃんとピナ姉ちゃんは刺繍してたよ」

 「刺繍?」

 「パン屋さんだから、ここんとこに、ちっちゃいパンの絵、付けてたの」

 アマナが自分の左胸を指差す。クルィーロは頷いて食堂の扉を開けた。


 ……店の制服みたいな感じにしたのかな?


 冬服を袖捲(そでまく)りしたレノが、首に巻いたタオルで汗を拭きながら配膳する。

 手伝うピナティフィダとエランティスの左胸には、食パンとコッペパンの刺繍があった。パン屋の姉妹はやさしい緑色のTシャツだ。椅子のひとつに同じ色の布が掛かる。クルィーロとアマナも少し手伝い、食卓に着いた。



 他の者たちも、ぞろぞろ食堂に入って来る。みんなが揃って食事が始まった。

 パン、塩茹でしてスパイスで()えた白詰草、タンポポの冷製スープの質素な献立だ。あの冬の日々を思えば、食べられるだけでも有難い。誰からも文句は出なかった。

 「自分で刺繍したんだって? スゴイなぁ」

 「これね、お母さんのマネしたの」

 クルィーロが話を振ると、エランティスは嬉しそうに笑って、ポケットからハンカチを引っ張り出した。

 四隅に小さな刺繍がある。食パン、コッペパン、サンドイッチ、椿の花。レノたちの実家、パン屋の椿屋を表した図柄だ。


 ……おばさん。


 おかみさんの愛想のいい笑顔が甦り、クルィーロは胸が詰まった。あの状況では到底、助かったとは思えない。

 「へぇー……おばさん、パン作りだけじゃなくて、刺繍も上手いんだ」

 声の震えを抑え、精いっぱい明るい声で褒めた。


 レノが、椅子の背もたれに掛ったTシャツを広げる。

 やさしい緑の地にサンドイッチが小さく刺繍してあった。ピクニックのような図柄だ。

 「こんな細かいの、よく頑張ったなぁ。ちゃんとサンドイッチに見える」

 「お兄ちゃんのは、お姉ちゃんがしてくれたの」

 「ピナ、こんなコトまでできたのか。スゴイなぁ」

 「お嬢ちゃんたち、いろんな技術持ってんだなぁ」

 ピナティフィダは兄とメドヴェージに褒められ、ふふっと笑ってパンを一切れ口に入れる。

 少年兵モーフがパンを頬張ったまま動きを止め、その笑顔に釘付けになった。しばらく見惚(みと)れ、ふとクルィーロと目が合う。モーフはスープ皿を持って、顔を隠すように残りを飲み干した。


 右袖を小さく引かれ、アマナを見る。

 「お兄ちゃんも、刺繍欲しい?」

 「ん? アマナが大変だし、俺はいいぞ」

 「大変じゃなかったら、欲しい?」


 ……刺繍、したいのか。


 「そうだな。俺、工員だし、工具とかあったら嬉しいけど、忙しいだろうし、ムリしなくていいぞ?」

 「うん。ムリしないよ」

 「()(ばさみ)が一丁しかなくて、ズボンの裁断、待ってもらってるんです」

 針子のアミエーラが恐縮して口を挟む。クルィーロは慌てて言い(つくろ)った。

 「あぁ、いえ、別にズボン、急かしてるワケじゃないんです。細かい作業、大変そうだなって思っただけで」

 「そうですか」

 プロの針子は少しホッとした顔で食事を続けた。

 クルィーロは工場の制服のツナギだ。Tシャツだけでは着替えられない。


 ……まぁ、どうせヒマだし。それで息抜きになるんなら、いいか。


 昼食後、クルィーロとファーキル、ソルニャーク隊長、呪医セプテントリオーは情報整理で資料室へ行く。

 アマナ、ピナティフィダ、エランティスは、針子のアミエーラと一緒に裁縫の続き。ピナティフィダは、既にズボンの縫製に手を着けた。

 メドヴェージと少年兵モーフ、ロークは、採ってきた素材の下処理。蔓草(つるくさ)細工の帽子も全員に行き渡り、今は少しでも生活費などの足しにと、量産体制に入った。


 レノは、台所に残って明日の分のパンの仕込み。老婦人シルヴァが三日に一回、顔を出すようになった。食糧の補充は、呪医セプテントリオーと葬儀屋アゴーニだけの頃より増えたが、物資が手に入り(にく)いのか、おかずは増やせない。小麦粉が手に入ってパンを焼けるのは、かなり恵まれた部類だろう。


 薬師(くすし)アウェッラーナは部屋に引き揚げて休息。葬儀屋アゴーニが素材を持って戻れば、また明日から忙しくなる。

 休める時は、ゆっくり休んでもらうことになった。

☆あの状況……「0021.パン屋の息子」「0022.湖の畔を走る」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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