3547.罵り合う会議
「脳解毒薬の調合研修に来た術者たちは、いずれもアルトン・ガザ大陸南部出身だが、練度不足で中間素材すら作れない者が大半だった」
講師を務めたレーグルス王子が共通語で言う。
ローシカ社長が茶髪の若い女性薬師を見た。研修に参加した薬師カリオンは、無言でローシカ社長を見詰め返す。
「彼女は研修生の中では優秀で、ひとつ目の中間素材を高品質で調合できるようになった」
脳解毒薬の開発者が腕前を認めた瞬間、ローシカ社長が表情を緩めた。
レーグルス王子は表情のない声で続ける。
「だが、彼女が脳解毒薬の調合技術を身につけたところで、バルバツム連邦の臨床現場で投与できるようになるワケではない」
「何故だ! この魔女は大枚叩いて引き抜いたんだぞッ?」
ローシカ社長が薬師カリオンを指差して叫んだ。
レーグルス王子は落ち着いた声で応じる。
「魔導書にも記載したが、脳解毒薬は劇薬だ。単に服用させただけでは、患者の消化管が爛れて命に関わる」
「猛毒じゃないか!」
打てば響く勢いでローシカ社長が叫び、円卓に両拳を叩きつけた。
ガタイのいい秘書が、社長の右肩に手を置いて首を横に振る。
「服用後、直ちに発動の呪文を唱えれば、消化管の損傷は発生しない」
「その呪文を彼女に教えないつもりだな? 幾ら払えば教えるんだ?」
ローシカ社長が薬師カリオンに顎をしゃくった。
レーグルス王子は動揺することなく答えた。
「呪文は魔導書に掲載済みだ。脳解毒薬を調合できた術者ならば、問題なく発動できる」
「では、どんな汚い手で我が社の製造を妨害する気だ?」
「妨害も何も、脳解毒薬だけあったところで、患者は救えない」
「どう言うことか、詳しくお聞かせ願えませんか?」
星光新聞の記者がレーグルス王子に質問した。
レーグルス王子が、バンクシア共和国から訪れた新聞記者に向き直って答える。
「まず“脳解毒薬を調合して発動の術を行使できる呪医か薬師”と言う高度人材が必要だ」
「はい……それは、無原罪の清き民である私にも理解できます」
「それに加え、最短で三時間は【見診】を維持できる呪医か薬師が、患者の状態を見守る必要がある」
答えを聞いたキルクルス教徒の新聞記者が首を傾げる。
「機械のバイタルモニターでは代替できないのですか?」
「脳解毒薬は、脳の“薬物汚染で変質した部分”を破壊して再構築する魔法薬だ」
「えッ?」
星光新聞の記者とローシカ社長の秘書が息を呑む。
レーグルス王子が、キルクルス教圏から魔法薬学会を訪れた者たちに視線を向けて答える。
「再構築は、患者の体質や重症度によって開始がまちまちだ。変質部位の破壊が完了した時点で、脳内の水分に直接【癒しの水】を掛ければ、数時間で完治する」
「薬物依存症が、たった数時間で……アーテルでの記者会見でもお話がありましたが」
星光新聞の記者が呆然と呟いた。
「脳解毒薬の薬効のみによる再構築は、薬効を促進する【薬即】を掛けても数日を要する。その間、脳腫瘍などの外科手術後と同様、鎮静剤で眠らせた上で生命維持を継続しなければならない」
「つまり【青き片翼】学派の優秀な呪医が居れば、すぐ完治するけど、居なければ、何日も綱渡りの状態が続いて看病が大変なんだよ」
ラゾールニク記者が、レーグルス王子の説明を簡単な言葉でまとめた。
レーグルス王子が冷たく言い放つ。
「研修生を見た限り、彼らの魔力は我が国の一般的な医療者とは比較にもならないくらい弱い。あれでは三時間どころか、五分たりとも【見診】を維持できないだろう」
「そのくらいCTかMRIで代替できるだろう」
ローシカ社長の口から楽観的な見通しがこぼれ出る。
「研修生たちから、アルトン・ガザ大陸南部には、開頭せず、脳内の水分に直接【癒しの水】を掛けられる呪医も居ないと聞いた。しかも、バルバツム連邦では医療費が高額で、富裕層ではない国民がICUに入院すれば、その多くが破産すると言う」
レーグルス王子は全く動じる様子がない。
脳解毒薬の研修を受けた薬師カリオンが頷いて王子の言葉を肯定したが、ローシカ社長は平然と言い放った。
「貧乏人がどうなろうと知ったことではないし、医者を調達するのは製薬会社の仕事ではない」
「魔法による治療なら、患者の身体的負担も経済的負担も少なく済み、入院日数を短縮できる。だが、科学の治療を取り入れざるを得ない状況ならば、治療を受けられる者は、数多存在する薬物依存症患者のほんの一握り……いや、ほんの一摘み程度になる」
「それが何か? カネを払えない貧乏人なんぞ、治療を受けられなくて当然だ」
ローシカ製薬株式会社の最高経営責任者が、脳解毒薬の開発者を鼻で笑う。
「私は、薬とは傷や病で苦しむ患者を救う為のものだと考えている。決して、他人の命を食い物にするカネの亡者を肥え太らせる商材などではない」
「若造がキレイ事を」
「私は、古代の偉大な呪医パニセア・ユニ・フローラの血に連なる者だ。少なくとも、魔法医療に関しては、腐敗や汚職を防ぎ、患者を救うことを第一にする理想を掲げ、癒し手たちに身を以て示し続けなければならない」
フラクシヌス教徒から「ほぼ女神様」と称えられるレーグルス・ラキュス・ネーニア王子が宣言する。
デルタ伍長はアーテル共和国に派遣されて以来、租借地の病院で十回以上も入院し、魔法使いの医療者たちに命を救われてきた。キルクルス教徒だが、フラクシヌス教徒が腕のいい呪医を神様扱いする気持ちなら、痛い程よくわかる。
ローシカ社長が吐き捨てる。
「神の末裔を自称するなどと不遜な。これだから悪しき業を使う者は信用ならんのだ」
「信用ならないのにこんな遠方まで、紫連樹の葉の調達を依頼しに来たのか?」
レーグルス王子が呆れる。
緑髪の近衛兵たちは怒気を露わにしたが、通訳担当の近衛兵は、感情を押し殺して二人の共通語を湖南語に訳した。
「先程も言ったが、巨人薊など、脳解毒薬の素材を買占めるのをやめろ。あれは他の魔法薬にも使うのだ。このままでは、助かる筈の患者が助からなくなる」
「欲しければ我が社以上にカネを積めばいい。お前の貧乏王国は、戦争の復興でカネが要るんだろう? 幾ら出せば紫連樹の葉を……いや、完成品の脳解毒薬を売るんだ? 今なら言い値で買ってやらんこともないぞ?」
ローシカ社長が粘っこい笑みをレーグルス王子に向ける。
脳解毒薬の開発者レーグルス王子は、嫌悪感も露わに共通語で発した。
「大勢を薬物依存症で苦しめて稼いだ汚いカネなんぞ要らん! 私の話はそんなに難しかったか? 脳解毒薬だけあっても患者は救えないと言っただろう」
「バカ王子め! 医者の調達は製薬会社の仕事ではないと言っただろう! そんなこともわからんのか!」
クアエシートル記者は普段の取材や生配信では饒舌だが、この会議の場ではほとんど口を開かず、レーグルス王子とローシカ社長の罵り合いを見守った。




