3544.ダダ洩れの欲
ローシカ製薬株式会社の最高経営責任者が、レーグルス王子に対する暴言を取り繕おうと再び口を開いた。
「あ、あのッ、これは、そのッく、口が勝手に動いてッこの化け物王子に何か悪しき業を掛けられたに違いない」
「悪しき業……? 私は“お前の考えを何ひとつ包み隠さず正直に話せ”と命令したに過ぎない。力ある言葉による【強制】の術ではなく、力なき民のお前にも理解できるよう、共通語で発した単純な命令だ。逆らったところで【強制】や【制約】のように苦痛をもたらすことはない」
瑞々しい緑髪のレーグルス王子は、金髪に白いものが混じるローシカ社長に半笑いで応じた。
……怖ッ!
デルタ伍長が租借地の病院で診察を受けた際、レーグルス王子は安心感を与える柔和な笑みを浮かべてアン中佐の無礼な態度を受け流し、怒りを露わにした近衛兵を窘めさえした。
今のレーグルス王子は、別人のように怒りを滲ませ、ローシカ社長を嘲る。
彼の魔力や権力を以てすれば、無原罪の清き民であるローシカ社長の命など、風の前の塵のようなものだろう。
「命令だと? 私を誰だと思って」
ローシカ社長は自分の口を両手で押えて黙らせた。
レーグルス王子は表情を変えず、共通語で答える。
「カネ儲けの為なら他人の命がどうなろうと意に介さぬ強欲な製薬会社の社長だと思っているが、それがどうした?」
……大丈夫なのか? これ、生配信だよな?
デルタ伍長は隣席のノートパソコンを横目で覗いた。
クアエシートル記者が自身のユアキャストチャンネルで生配信中だ。画面右側で共通語のコメントが流れてゆく。
〈バルバツム経済界屈指の大物VSフラクシヌス教のほぼ女神様〉
〈スゲー対戦カードだなぁ〉
〈王子様、超正直でワロタ〉
〈カワイイ顔して言うなぁ〉
〈俺を誰だと思ってんだ系のことリアルで言うヤツ初めて見たゎ〉
〈魔法使わなくても命令で言うコト聞かせられるってどう言うコト?〉
〈これって権力? 魔力?〉
〈思ったコト何でも口走るんなら余計なコト考えなきゃいいのに〉
〈今夜のおかずとか考えればいいんじゃね? グリルチキンとか〉
〈逆に余計なコト考えとけばマズいコト口走らなくて済むんだ?〉
〈天才の発想〉
〈サビだけやたら脳内再生される時あるけど、そうなったらいきなり歌うの?〉
〈ちょっと見てみたいよな〉
〈誰か社長が何かの歌を思い出しそうなコト言ってくんないかな?〉
生配信の視聴者は、見世物的な意味で面白がる。
魔法薬学会副会長が湖南語で告げ、近衛兵が淡々と共通語訳する。
「皆様、それぞれお仕事をお持ちでお忙しいでしょうから、そろそろ本題に入りましょう」
「まッ待てッ! 使えない司会者めッ! この勝手に喋る口を何とかしてからにしろッ!」
ローシカ製薬の社長が緑髪の魔法使いを共通語で罵る。近衛兵はこれも湖南語訳した。
魔法薬学会の副会長が湖南語で冷たく言い放つ。
「私の役目はこの会議の司会進行です。それに、私めは使えない司会者なので、レーグルス殿下のご命令を解除し得るだけの魔力を持ち合わせておりません」
「事前連絡によると、ローシカ製薬の要求のひとつは、紫連樹の葉の調達だそうだな?」
レーグルス王子が普通に今日の議題に入った。
ローシカ社長の興味が商売に移り、思ったことをべらべら喋る。
「そうだ! パルンビナの連中が頑なに紫連樹の葉だけ売ろうとせんのだ! カネなら幾らでも出すのにどいつもこいつも足を引っ張りおって! 我が社は工場のラインをひとつ潰してまで減圧室を確保して他の材料も買占めたんだぞ!」
「巨人薊がアルトン・ガザ大陸南部の市場から消えたのは、お前の仕業だったのだな」
レーグルス王子の顔が再び険しくなる。
ローシカ製薬株式会社の最高経営責任者が顔色を喪った。
レーグルス王子が形のいい緑色の眉を吊り上げて言う。
「あれはアルコール依存症の治療薬など、他の魔法薬の調合でも必要とする薬草だ。あれが供給不足に陥ったせいで、どれ程の患者やその家族が困難な状況に陥ったと思っているのだ?」
「アル中の治療なんぞ、薬価が安過ぎて儲からんからどうでもいい」
「成程……それがお前の本音か」
レーグルス王子は共通語で吐き捨てた。
ローシカ社長が失言に気付いて自分の口を押えたが、世界中に向けて生配信された後だ。
四人の記者が、手許に広げたノートパソコンの画面を見詰める。
「巨人薊の種子や蕾、葉などは、他の魔法薬の素材にもなる。種子を買い占められてしまっては、生産にも悪影響を及ぼすが、お前は自社で製造できない魔法薬の素材を買占めてどうするつもりだ?」
「頃合いを見て市場に放出すれば、利鞘で稼げる。貧乏王国の王子だけあって経済音痴だな」
ローシカ製薬株式会社の最高経営責任者が、慌てて自分の口を押える。
近衛兵たちが瞬時に殺気を漲らせたが、レーグルス王子は片手を小さく挙げて制した。
緑髪の王子が、金髪に白髪の交じる社長に静かな声で質問する。
「投機目的で魔法薬素材を買占め、人為的に価格の高騰を招けば、魔法薬を製造する企業や店舗の経営を圧迫するが、それでも構わないと?」
「その連中も薬を値上げすればいい。ウィンウィンだ」
「大抵の国では、基本的な薬価を決定するのは政府だ。素材が急騰してもすぐには反映できず、経営を圧迫する」
「そんなもの、その国の政府がのろまなせいで、私のせいではない」
ローシカ社長は鼻で笑った。
「薬価を引き上げれば、その魔法薬を必要とする患者に経済的な理由で行き渡らなくなる」
「貧乏人がどうなろうと知ったことか」
バルバツム連邦の経済界重鎮は、取り繕うのを諦めたらしく、堂々と言い放つ。
……会社のイメージダウン待ったなしだけど、いいのか?
デルタ伍長は、社長の失言と暴言のせいで抗議の矢面に立たされるであろう一般社員が気の毒になった。
クアエシートル記者とラゾールニク記者、星光新聞の記者が顔を引き攣らせる。緑髪の近衛兵が湖南語訳すると、湖南経済新聞の記者と魔法薬学会の職員たちも微妙な顔になった。
レーグルス王子は、共通語で淡々と問題点を指摘する。
「貧しい患者に治療薬が行き渡らなくなれば、社会的損失が増大する。依存症が増悪し、暴力や暴言、家計の破綻が生じれば、家族など患者の周囲の人々が被害を受ける。アルコールを入手する為に患者が罪を犯せば、治安も悪化する。富裕層も他人事ではないと思うが?」
「我が国は今も魔法薬なんぞ流通しておらんが、何の問題もない」
「薬物依存症やアルコール依存症は、バルバツム連邦でも深刻な社会問題と聞いたが?」
どこでどう調べたのか、レーグルス王子はラキュス・ラクリマリス王国とは国交のないバルバツム連邦の状態を把握済みらしい。
社長は、これにも冷笑で応じた。
「貧乏人なんぞ我々とは住む世界が違う。接点がないのに問題など起きるワケがない」
「お前は患者をカネ蔓としか思っていないのだな?」
レーグルス王子が確認する。
ローシカ社長はニヤリと唇を歪ませた。
「お前も似たようなものだろう? 世の中から病人や怪我人が居なくなれば、医者も商売あがったりだ」
流石にレーグルス王子も、緑色の眉を吊り上げて閉口した。
……魔法のせいにして後でまとめて言い訳するとか?
デルタ伍長には何をどう言い訳すれば、これを取り繕えるかわからなかった。
☆巨人薊がアルトン・ガザ大陸南部の市場から消えた……「3462.帰国して報告」参照




