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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十六章 連携

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360/3503

0354.盾の実践訓練

 もうすぐ七月も終わる。

 移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)のトラックが、ランテルナ島に逃げ込んでから二カ月近くが過ぎた。

 窮屈な苗ポットから庭に植替えた野菜がぐんぐん育つ。トラックの荷台に引っ込める期間が長かったせいで生育が遅れ、花も遅れたが、小さな実はついた。

 ソルニャーク隊長の見立てでは、茄子とトマトはもう一週間くらいで収穫できるらしい。


 クルィーロは、葬儀屋アゴーニが北ザカート市の拠点から持ち帰った素材の下処理を手伝う。

 もうひとつの机では、薬師(くすし)アウェッラーナが、クルィーロの知らない術で様々な薬を作り出す。プラ容器に詰めた軟膏は傷薬の他に何種類も増え、ドレッシング用の容器にも色とりどりの水薬が満ちた。

 粉薬を薬包紙(やくほうし)で包み、ペンで薬の名称を書く。

 作業机の傍には、木箱がふたつ置いてある。武闘派ゲリラに渡す分と【無尽袋(むじんぶくろ)】の対価にする分を別に詰めた。

 一日の作業の終わりに数と種類を確認するが、袋代の半分にもまだ遠い。


 ……いや、もう、トラック置いてってもいいんじゃないか?


 ちらりとそんな思いが頭をかすめるが、いつ、ここを出られるかわからない。することがなくなってしまえば、不安に押し潰されてしまうだろう。

 「今日はもう、素材がないので」

 「そうですね。お疲れさまでした」



 昼食にはまだ早い。クルィーロは、資料室に寄って呪医セプテントリオーに声を掛け、庭に出た。一緒に情報整理を担当するファーキルもついてくる。

 湖の民の呪医セプテントリオーに教えられた呪歌【癒しの風】は、みんなすっかり覚えた。

 今は、湖の民アウェッラーナが教えてくれた【霊性の鳩】学派の基本的な術を練習中だ。キルクルス教徒の四人を除いて、少しずつ身を守る力をつけつつあった。


 クルィーロもアマナたちを守る為、改めて魔法を勉強し直す。ゼルノー市の図書館で書き写した術をおさらいし、確実に使えるように練習を重ねた。

 呪医セプテントリオーに教えを乞い、一昨日からは【不可視(みえず)の盾】の実践的な訓練も始めた。



 間違いなく呪文を唱えて、術を発動させるだけでは、魔法を「使える」とは言えない。例えば、【急降下する(ワシ)】学派の【鳥撃ち】は、呪文を唱えて不可視(ふかし)の矢を放つ初歩的な攻撃魔法だが、対象に当たらなければ意味がない。



 庭の草取りと地虫捕りをするロークも、鎌を片付けて訓練に加わった。

 「私は旧王国時代、軍医でしたが、防禦系の術は鎧頼みであまり覚えていないのですよ」

 湖の民の呪医セプテントリオーが、申し訳なさそうに言う。


 クルィーロたちは、盾の扱いだけでも四苦八苦だ。【不可視(みえず)の盾】は、魔法と物理攻撃両方に有効だが、大きさは術者の魔力による。一度防げば消える使い捨てだが、ちょっとした衝撃でも「攻撃を防いだ」として消えてしまう。できればギリギリまで温存したいが、なかなか咄嗟の攻撃に対応できなかった。


 「自分が作った【盾】の効果範囲をしっかり確認して下さい」 

 緑髪の呪医は注意を与えて【操水】の呪文を唱え、井戸水を起ち上げた。井戸から伸びた水塊が夏の日射しを含んで宙に漂う。


 「先具(さきそなえ) 不可視(みえず)(もり)を 此処(ここ)に置く 置盾(おきたて)其の名 “盾開け”」

 クルィーロは左手の手袋に【不可視(みえず)の盾】を掛けた。アマナが盾用に作ってくれた指なし手袋だ。手の甲に魔力が収斂し、術が待機状態になったのを感じる。準備が整った、と呪医に頷いた。


 「行け」

 呪医セプテントリオーが、力ある言葉で短く命じた。薄く広がった水の壁が、クルィーロに迫る。来るのがわかっていても、水に籠められた魔力の大きさに圧倒され、舌が強張った。

 「……“盾開け”」

 なんとかギリギリで声を絞り出し、左手の甲を顔の前にかざす。手袋に(こご)った魔力が一気に展開した。魔力を帯びた水壁が眼前に迫る。思わず、目を(つぶ)った。

 「よく見て!」

 呪医に怒鳴られ、瞼をこじ開けた瞬間、水壁が【不可視(みえず)の盾】にぶつかった。水が丸くくり抜かれ、残りが形を保ったまま、クルィーロの後ろへ抜ける。

 上半身は大体、守れたが、ヘソから下はずぶ濡れだ。自力で展開した【不可視(みえず)の盾】は、折畳み傘より少し小さい。


 ……俺、やっぱ魔力弱ぇよなぁ。


 今は、アウェッラーナに譲られた魔法のマントを置いてきた。あれを着れば、マントに掛けられた護りの分も魔力を消耗し、盾はもっと小さくなる。

 マンホールの蓋くらいの盾で、一体どれだけの攻撃を防げるだろう。それに、機関銃や自動小銃が相手ならひとたまりもない。

 クルィーロはそっと溜め息を()いた。

 呪医セプテントリオーが【操水】で飛び散った水を呼び戻す。ずぶ濡れになったズボンから水が抜け、カラカラに乾いた。



 ファーキルと場所を代わり、【守りの手袋】と【魔力の水晶】で守る様子を見学する。

 「先具(さきそなえ) 不可視(みえず)(もり)を 此処(ここ)に置く 置盾(おきたて)其の名 “盾開け”」

 力なき民のファーキルも、力ある言葉をしっかり発音できるようになった。

 忘れるといけないので、三人とも同じ合言葉を繰り返し使う。展開の合言葉は、力ある言葉でなくとも構わない。わかりやすい言葉が一番だ。


 道具と【水晶】を使えば、力なき民でも一部の術を行使できるが、その威力はタカが知れている。

 「“盾開け”!」

 ファーキルは、呪医が飛ばした水の壁をキッと見据(みす)え、盾を開いた。大きめの鍋の蓋くらいの盾が、水を防いで消える。

 この盾は、展開する時にも魔力を消耗する。今は【魔力の水晶】を握ってこの大きさだが、ない時や、あっても魔力切れなら、折角手袋に収斂した魔力が、盾を開くのにも消費され、ずっと小さくなってしまう。


 ……そりゃまぁ、全く何もないよりはマシだけど。


 この【不可視(みえず)の盾】は、【鎧】を着て戦える魔法戦士用の補助的な防禦魔法でしかない。

 呪医セプテントリオーは、パッと見は、のほほんとした湖の民のおじさんだが、旧王国時代には軍医として騎士団と共に各地を転戦したと言う。

 当時の“敵”は、人間の軍隊ではなく、魔物や魔獣。春の陽だまりの木立のようなおじさんは、非戦闘員だが、【鎧】を発動させられる魔力を持ち、盾を使いこなして化け物相手にある程度、自分の身を守れるのだ。しかも、半世紀の内乱を生き延びた。

 何歳か知らないが、この長命人種の呪医は、近代兵器の攻撃からも逃げ切った強者なのだ。



 次のロークは展開が遅れ、全身濡れ鼠になった。

 「この程度で怖がっていては、生き残れませんよ」

 セプテントリオーが術で水を回収し、ロークに厳しい言葉を掛ける。ロークは大きく頷いて、早口に呪文を唱えた。

 「もう一回、お願いします」

 再び水の壁がロークを襲う。

 今度は盾の展開が間に合った。が、【水晶】の魔力が尽きたのか、盾は皿くらいの大きさにしかならなかった。ロークの顔だけを守って消える。

 「魔力を補充しましょう」

 呪医は回収した水を畑に撒き、(てのひら)を出した。ロークとファーキルが、お願いします、と【魔力の水晶】を渡す。呪医の手に触れた【水晶】の中心が淡い輝きを宿した。


 日が高く昇り、肌をじりじりと焦がす。そろそろ森へ素材集めに行った星の道義勇軍の三人が戻る頃だ。クルィーロは門を出て迎えに行った。

☆【無尽袋】の対価……「0335.バックアップ」参照

☆教えられた呪歌【癒しの風】……「0348.詩の募集開始」「0349.呪歌癒しの風」参照

☆ゼルノー市の図書館で書き写した術……「0147.霊性の鳩の本」「0167.拓けた道の先」~「0171.発電機の点検」参照

☆【不可視の盾】……「0261.身を守る魔法」「0283.トラック出発」「0288.どの道を選ぶ」「0292.術を教える者」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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