0036.義勇軍の計画
この計画は、もう何年も前から、極秘裏に進められていた。
半年前から、ロークもその会議に参加させられた。
自治区と他地域とのヒトとモノの往来は、自治区内に魔術に関する物品を流入させない為、政府が厳しい制限を敷く。
ただ、物品は量が多い為、全量検査ではなくサンプル調査だ。
魔力探知は厳重に行うが、そうでない物品が、ザル調査を逃れるのは容易い。
輸入した工業用素材の中に少しずつ、武器の部品や弾薬を混ぜ、飲み物の瓶に燃料を入れて運び込んだ。
建設途上の廃工場などに物品を隠し、一般人が近付かぬよう、また、ゴロツキの手に渡らぬよう、義勇兵がそれとなく警備に当る。
それらの物品の出所は、アーテル共和国とその隣のラニスタ共和国だが、第三国を経由させ、隠蔽工作を行った。
ラキュス湖南岸のキルクルス教国は、勢力拡大の為には援助を惜しまない。
武器弾薬、燃料の供与は勿論、近代兵器を使用する戦闘、市街戦、ゲリラ戦法の指南なども極秘裏に行う。
多くの魔法文明国や、魔法に重きを置く両輪の国では、テレビ放送自体がないか整備が遅れていた。
ネモラリス共和国と南隣のラクリマリス王国も、そうした国のひとつだ。
自治区内の廃工場に電波塔を建て、そこからケーブルを敷設し、ラニスタ共和国のテレビ放送を受信した。
星の道義勇軍は、堂々とテレビ放送を受信し、ラニスタ共和国の支援の許、戦闘の訓練を行った。
武器の組み立てと訓練も廃工場で行われる。
星の道義勇兵は少数精鋭。錬度ならネモラリス正規軍とも充分、渡り合える軍に育った。
ロークは、自宅に集まる年配の信者と祖父が、半世紀の内乱時代の話をするのを何度も耳にした。
呪符は、魔法使いの攻撃を無効化する為に、身を守る為に、どうしても必要だ。
星の道義勇軍の指導者らは、これらの呪符を対魔法使いの切り札として、積極的に利用することを決定した。
魔力を吸収する【吸魔符】は、機械類の筺体内部に隠し、魔法を無効化する【消魔符】は、力なき民の商社マンが、買付時に持ち込んだ。
「攻撃は、武器がありゃ何とでもなる」
「ちんたら呪文を唱えるより、引き金を引く方が早いからな」
「身内に魔法使いが居りゃ、そいつに頼んで作ってもらえるから、困らんわな」
「自分で作るんでなけりゃ、教えに反することもなかろう」
ロークは、老人たちの勝手な言い分に呆れたが、口には出さなかった。
……何言ってんだか。魔法は魔法なのに。自分が助かる為なら、魔法も使うってバカじゃねーの。
元々、信仰心が篤くないからこそ、フラクシヌス教に改宗したフリをして、平気な顔で魔法使いの住む街に住めるのだ。
ロークは、二重規範を何とも思わない祖父たちの生き方を、卑怯だと思った。
その祖父たちに守られ、ぬくぬくと暮らす自分も、堪らなくイヤだった。
今回もそうだ。
祖父たち自治区外の隠れ信徒と、自治区の過激派が結託して、テロを計画したと知りながら、漫然と放置してしまった。
……まさか、ホントにこんなコトするなんて……
大人たちは昨夜、祝杯をあげていた。
自治区外の酒場や酒屋は、力なき民専用だ。力なき民には魔力がない為、酔っていても素面でも、魔物や魔獣に対抗できない。
日々のストレスを酒で紛らわせた方が、生きて行くのに都合がいい。
湖の民と力ある民は、そんな酔っぱらいに可哀想な物を見る目を向ける。
魔法使いには、飲酒の習慣がない。
フラクシヌス教の戒律ではなく、酩酊状態で魔物に襲われては、対処が難しくなるからだ。
酔うと魔力の制御が覚束なくなる。
周囲に掛かる迷惑は、力なき民とは比べ物にならない。
彼らは、自分と周囲の生命を守る為に、自らを律して酒を口にしないのだ。
ロークは、祖父と両親が恐ろしかった。
ほんの数日前までの優しい両親も、孫に甘い祖父も、どこか遠くへ行ってしまった。
今、家に居るのは、街を焼き、多くの人の命と住む家を奪って祝杯を上げる、人殺しの仲間だ。
……帰りたい。
自宅のベッドの中で、ロークは強く思った。




