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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十六章 連携

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358/3502

0352.王国領の被害

 「最近、ラクリマリス王国領でも、魔物や魔獣が活性化しているそうです」

 「なんと……」

 スニェーグが、食卓に紙を広げた。大判封筒の中身は、支援者が取りまとめた最近の情勢だ。項目を大きな字で、概要を箇条書きにしてある。


 ネーニア島の南半分は、ラクリマリス王国だ。

 クブルム山脈の稜線が天然の国境だが、魔物や魔獣にとっては障壁にならない。空襲以降、目に見えて増えたと、スニェーグは別紙のグラフを示した。最終は六月分だ。

 「レサルーブ古道などが結界なのですが、保守できなくて、(ほころ)びができてしまったのでしょうね」

 「ふむ……(もろ)いものだな」


 魔術の知識が乏しいラクエウスにも、破綻(はたん)の理由は容易(たやす)くわかる。

 アーテル・ラニスタ連合軍による空襲で、保守管理の人手が失われた。死体を喰らった魔物は力を付け、より多くの魔力を求めて南の王国領に侵入したのだろう。

 湖上でも、先日の護衛艦の件で魔獣が増えたらしい。

 大半はネモラリス軍が倒したが、討ち漏らしたモノはラクリマリス領にも逃れただろう。



 「これは、報道規制されておりますので、ご内密に願いたいのですが」

 スニェーグは声を潜め、食卓に身を乗り出した。彼の自宅で二人きりだが、ラクエウスも身を乗り出し、雪色の頭に耳を寄せる。


 「モースト市の守備隊が、魔獣の群に襲われて全滅したそうです」


 ラクエウスは、声もなく目を見開いた。

 老いた心臓には大変よろしくないニュースだ。ラクリマリス王国は、ほぼ魔法文明国と言っていい。軍人は全て魔法戦士で、それぞれが魔物や魔獣に対抗し得る力を持つ筈だ。


 ……何故だ?


 半世紀の内乱で失われた人材が、まだ回復途上だとしても、妙な話だ。

 キルクルス教徒主体のアーテル軍では、実体のない魔物には対抗できないが、ラクリマリス軍はそうではない。旧王国時代からの戦い方が引継がれ、魔物や魔獣相手なら、守るも攻めるも、魔術や戦術の心得がある筈だ。

 疑問を口にすることもできずに居ると、スニェーグは更に声を落とした。


 「他の部隊に応援を要請しましたが、そちらも別の群に襲われ、援軍を要請せざるを得ず、なんとか退(しりぞ)けた頃には、モースト市の部隊は全滅、救援部隊も大打撃を受けたそうです」

 「では、モースト市民も……?」

 「いえ、昔の名残で『市』と呼んでいますが、大橋の再建後も人が(ほとん)ど戻らず、実質的に村の規模ですね」

 「なんと……そんなことになっておったのか」


 ラクエウスは、半世紀の内乱前の繁栄を思い、胸が痛んだ。



 北ヴィエートフィ大橋のお陰で、モースト市はネーニア島とランテルナ島、大陸本土を結ぶ交通の(かなめ)として、人と物の行き来が盛んだった。文化や学問も盛んで、ラクエウスがハルパトールと呼ばれた青年時代には、今はなきラキュス・ラクリマリス交響楽団の一員として、何度もコンサートで足を運んだ。

 清潔に整えられた街並は、工夫を凝らした看板に彩られ、人々は垢抜けた衣服に身を包んで、石畳の道を闊歩(かっぽ)した。街のそこかしこで知識人が議論を交わし、アマチュア演奏家が腕前を披露する。

 市壁の内側は魔法に守られ、魔物や魔獣の襲撃に怯える者は一人もなかった。



 スニェーグも老人だが、ラクエウスよりやや若く、当時を記憶に留める年齢ではない。淡々と現在の状況を説明する。

 「はい。それも、人が少なくて儲けがないから店が少なく、不便だから人も集まらない悪循環で、(ほとん)どが空家だそうです」


 部隊相手の店は数軒あるが、どれも他所からの通勤だ。日中だけ営業し、夕方には帰ると言う。この件を伝えたのも、店の者らしい。

 魔獣が防壁を突破するのを見て逸早(いちはや)く【跳躍】で逃げ、三日程してから戻ったところ、大変な状態だったと言う。


 「報道規制されていますが、人の口に戸は立てられませんからね。インターネット上にそれを裏付ける写真が公開されているそうです」

 「何ッ? いいのかね?」

 「いいも悪いも、今、申し上げた通りですよ」


 人の口に戸は立てられない。


 昔ながらの口コミなら、【跳躍】を使っても伝播の範囲と影響は限られるが、インターネットでは瞬時に世界中へ広まってしまう。どんな影響が出るか、ラクエウスには想像もつかなかった。


 「支援者の連絡係が、ランテルナ島で撮影者らしき人物と接触できたそうです」

 「何ッ? それは本当かね?」

 「それとなく水を向けたそうですが、警戒されて(かわ)されたそうです。彼の感触では、まず、間違いないだろうとのことです」

 「インターネットとやらは、そんなことまでわかるのかね?」

 スニェーグは小さく首を横に振った。

 「流石にそこまではどうでしょう。状況証拠から、そうだろうと見当を付けたそうですよ。その人物がSNSに公開した情報と照らし合わせて」

 「何故、そんな所に居るのかね?」

 「乗っていたトラックが魔獣に追いかけられて、助けを求めてモースト市に逃げ込んだそうです」



 北ヴィエートフィ大橋の守備隊は、トラックを橋上へ逃がして魔獣と戦ったが、敗北した。その戦闘で大橋の鉄扉が壊れて開けられなくなった、と破壊された扉などの写真を公開し、ネーニア島へ戻る手段を求めたと言う。



 「ランテルナ島側に検問はないのかね?」

 ラクエウスは、疑わしく思えてならない。それには、スニェーグも首を傾げた。

 「さぁ? ですが実際、連絡係は、それらしい人物と接触したそうですからね」

 「ランテルナ島のどこで?」

 「武闘派ゲリラの隠れ家だそうです。今は留守番の呪医(じゅい)が居るだけだそうで、ある意味よかったんじゃありませんか?」

 「ふむ……流石に街へ出るワケにはゆかぬだろうが」


 ……とんだ疫病神だな。いや、彼らに悪気があったワケではなかろう。


 力なき民(ゆえ)に戦う力がなく、助けを求めて(すが)った先にも、彼らを守る力が足りなかっただけだ。よもや、ラクリマリス軍の部隊が全滅するなど、夢にも思うまい。

☆先日の護衛艦の件……「0274.失われた兵器」参照

☆モースト市の守備隊が、魔獣の群に襲われて全滅……「0300.大橋の守備隊」「0301.橋の上の一日」→「0302.無人の橋頭堡」「0303.ネットの圏外」参照

☆ラクエウスがハルパトールと呼ばれた青年時代……「0214.老いた姉と弟」「0220.追憶の琴の音」「0277.深夜の脱出行」参照

☆それを裏付ける写真が公開……「0303.ネットの圏外」→「0322.老婦人の帰還」参照

☆支援者の連絡係/それとなく水を向けた……「0346.幾つもの派閥」参照

☆ランテルナ島側に検問……「0312.アーテルの門」「0313.南の門番たち」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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