0351.手作りの夏服
身体が小さい分、子供の方が暑さに弱い。
手伝ってくれる三人には、それぞれ自分の分を作ってもらい、針子のアミエーラはモーフとロークの分を先に完成させた。
ファーキルは、ヘンな柄だが一応、老婦人シルヴァに夏服一式を調達してもらえた。アウェッラーナとクルィーロは、魔法の服とマントがあるので不要。アミエーラ自身も、他人には言えないが、コートと肌着は魔法の品で、暑さ寒さは平気だ。
レノ店長は室内作業が多いから、後回しにしても大丈夫だろう。
……あれっ? 意外と楽勝?
ミシンがなく手縫いだから、もっと大変だと思ったが、実際に作ってみると、思いの外早くできあがった。
上をTシャツに着替えるだけでも相当、マシになる。残り三枚できれば、次はズボンだ。
……ゴムがないから、紐を作らなきゃね。
本体はアミエーラが作り、真っ直ぐ縫うだけで簡単な紐は、三人に作ってもらおうか、などと次の作業にあれこれ考えを巡らせながら、針を進める。
パン屋の姉妹とアマナは、初日こそ指を針で刺したが、もうすっかり慣れて、針の運びから危うさがなくなった。
外の日射しは強く、微かに蝉の声も聞こえるが、この家の中はとても涼しい。魔術の知識のないアミエーラには、どんな仕組みの術か、全くわからなかった。
……魔法が使えたら、こんな楽に過ごせるのね。
昨日は自治区のみんなと一緒に部屋を出てしまったが、癒しの魔法を教えてくれると聞いて、アミエーラの心は揺らいだ。
レノ店長は、癒しの呪歌だと言った。何を治せるか聞きそびれたが、少しでも良くなるなら、どれだけ助かるだろう。
……でも、今更なんて言えばいいの?
それ以前に、聖者キルクルスの教えを完全に捨てられる自信がなかった。
クブルム山脈で、聖者に祈ったところで何の助けも得られないと身を以て思い知らされた。
それでも、これまでの人生を全て否定するようで、信仰を手放せない。
昼の明るい空の下、地に落ちた影で時を計る度、日輪の偉大さと聖者の英知を思い出すだろう。
夜空を仰ぎ、聖なる星の道を見る度、教会で父や近所の人たちと聞いた教えを思い出すだろう。
アミエーラは、リストヴァー自治区で生まれ、キルクルス教以外の教えを知らずに育った。休みの日には父と二人でバラック街の教会へ行き、聖者に祈りを捧げ、清掃奉仕などにも積極的に参加した。
……時々、使い古しの箒や雑巾をもらえるからだけど。
一緒に教会に通った父や近所の人たちを思い出し、溜め息が漏れる。
みんなが力ある民なら、火を消せた。火が回る前に逃げられた。いや、そもそも自治区に押し込められて、あんな惨めな暮らしを送らなくて済んだ。
下町はバラックが密集して風通しが悪く、夏は暑さと悪臭に悩まされた。熱中症は勿論、汗疹が爛れ、それが元で亡くなる人も大勢居る。そのくせ、冬は隙間風に震え、凍死者も後を絶たなかった。
……魔法が使えれば、みんなもっと幸せになれたのかな?
魔法使いだからと言って、何でもできるワケではないのは、この数カ月でよくわかった。そんなコトができるなら、アーテル軍の空襲で街を焼かれずに済んだだろう。
アミエーラを助けてくれたゾーラタ区の老婆は、とても親切だった。
力ある民で余裕があるから、見ず知らずの娘を家に入れ、手当てして何かと世話を焼けたのだ。
……おじいさんが魔物に乗っ取られてなかったら、あのままずっとあの家に居たかもね。
そうしたら、どうなっていたのだろう。玉留めにした糸を切って想像する。右袖を縫い終え、左袖に取り掛かった。少し厚いが通気性が良く、丈夫な生地だ。薬師候補生に感謝しながら、針穴に次の糸を通す。
……あぁ、でも、きっと無理ね。
ゾーラタ区の農村は、他に人の気配がなかった。あの老夫婦と三人きりの暮らしで、嘘を吐き通せる自信はない。今でさえ、湖の民の薬師に口を滑らせてしまったのだ。あの家に留まれたとしても、親切な老婆を騙し続ける罪悪感に押し潰されただろう。
それに、老婆が薬師アウェッラーナと同じ寛容さを持ち合せたとは限らない。騙されたと知れば、大抵の人は怒るものだ。
……どっちに転んでも、私はダメなのね。
「アミエーラさん、できました。ちょっと見てもらっていいですか?」
「えっ、もうできたの?」
ピナティフィダの声で、暗い思考から意識を引き揚げられた。
やさしい緑のTシャツを受け取り、確認する。手縫いとは思えないくらい揃った縫い目だ。引き攣れや縫い残しはなく、糸の留め忘れもない。
「うん。大丈夫。初めてとは思えないくらいキレイにできてます」
「アミエーラさんの教え方が上手だから」
「そんな……全部、店長の受け売りですよ。実際に着て着心地を確めて下さい」
アミエーラは席を立ち、カーテンを閉めた。呪医が天井に点してくれた【灯】が部屋を淡く照らす。
自分で作った無地のTシャツに着替え、ピナティフィダがはにかんだ。
「お姉ちゃん、すごーい!」
エランティスとアマナが笑顔で拍手した。アミエーラも拍手に加わり、いつも店長がしたように褒める。
「すごく良くできてます。仕事が丁寧で縫い目もキレイだし、どこに出しても恥ずかしくない出来栄えですよ」
「有難うございます」
素直に礼を言われ、アミエーラは戸惑った。何の屈託もなく向けられた感謝に言葉が出てこない。
……店長は、なんて言ってたっけ?
「えっ、えっと、こちらこそ、有難うございます。私一人でみんなの分、作ると思って大変なの心配してたんです。助かりました」
「そんな……まだ、自分の分しかできてませんし、教えていただけて、こっちこそ助かってます」
「お姉ちゃん、有難う」
「有難うございます」
エランティスとアマナにも礼を言われ、何度も頭を下げた。
昼食前にソルニャーク隊長の分も完成した。
小学生二人もなんとか仕上げ、自分で作ったTシャツに着替える。涼しいように少しゆったりした大きさで、三人とも身体の線は出ない。
ファーキルが老婦人シルヴァに調達してもらったTシャツは、身体に沿う素材とデザインだ。
改めてピナティフィダを見たが、少し厚い生地は下着の線も出なかった。
……これなら大丈夫ね。
食堂で、ソルニャーク隊長に薄青いTシャツを渡す。
「すまんな」
「あ、いえ、いつもお世話になってますから。メドヴェージさんのは、まだなんです。すみません」
「いいってコトよ。俺は暑いの慣れてっからな。坊主たちの分、ありがとよ」
お互いに、いえいえ、まぁまぁ、などと言い交わしていると、ロークにそっと背を押され、モーフが進み出た。後ろ手に何か持っている。ロークがモーフの耳元で一言二言囁いた。
モーフは俯いて、持っていた物を差し出した。
「ねーちゃんの分」
蔓草細工の帽子だ。鍔が広くて大きいのがふたつと、それより一回り小さい物がふたつ。
「暑くなるから」
「モーフ君が作ってくれたの?」
受け取りながら聞くと、モーフはこくりと頷いて、さっさと食卓に着いた。ロークが申し訳なさそうに会釈する。
「有難う」
アミエーラが礼を言う。
呆気に取られた女の子たちも口々に「有難う」と声を掛けた。モーフは硬い表情で食卓を見詰め、微かに首を縦に動かすだけで、こちらを見ようともしない。
「……嬢ちゃんたちのそれ、よく似合ってるなぁ」
メドヴェージが申し訳なさそうに苦笑し、話題を変えてくれた。
☆ヘンな柄だが一応、老婦人シルヴァに夏服一式を調達……「0332.呪符屋で再会」「0341.命懸けの職業」参照
☆聖者に祈ったところで何の助けも得られない……「0118.ひとりぼっち」「0141.山小屋の一夜」参照
☆ゾーラタ区の老婆……「0153.畑の道を行く」→「0172.互いの身の上」参照
☆おじいさんが魔物に乗っ取られ……「0180.老人を見舞う」参照
☆湖の民の薬師に口を滑らせてしまった……「0252.うっかり告白」参照




