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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十六章 連携

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357/3508

0351.手作りの夏服

 身体が小さい分、子供の方が暑さに弱い。

 手伝ってくれる三人には、それぞれ自分の分を作ってもらい、針子のアミエーラはモーフとロークの分を先に完成させた。


 ファーキルは、ヘンな柄だが一応、老婦人シルヴァに夏服一式を調達してもらえた。アウェッラーナとクルィーロは、魔法の服とマントがあるので不要。アミエーラ自身も、他人(ひと)には言えないが、コートと肌着は魔法の品で、暑さ寒さは平気だ。

 レノ店長は室内作業が多いから、後回しにしても大丈夫だろう。


 ……あれっ? 意外と楽勝?


 ミシンがなく手縫いだから、もっと大変だと思ったが、実際に作ってみると、思いの(ほか)早くできあがった。

 上をTシャツに着替えるだけでも相当、マシになる。残り三枚できれば、次はズボンだ。


 ……ゴムがないから、紐を作らなきゃね。


 本体はアミエーラが作り、真っ直ぐ縫うだけで簡単な紐は、三人に作ってもらおうか、などと次の作業にあれこれ考えを巡らせながら、針を進める。

 パン屋の姉妹とアマナは、初日こそ指を針で刺したが、もうすっかり慣れて、針の運びから危うさがなくなった。

 外の日射しは強く、(かす)かに蝉の声も聞こえるが、この家の中はとても涼しい。魔術の知識のないアミエーラには、どんな仕組みの術か、全くわからなかった。


 ……魔法が使えたら、こんな楽に過ごせるのね。


 昨日は自治区のみんなと一緒に部屋を出てしまったが、癒しの魔法を教えてくれると聞いて、アミエーラの心は揺らいだ。

 レノ店長は、癒しの呪歌だと言った。何を治せるか聞きそびれたが、少しでも良くなるなら、どれだけ助かるだろう。


 ……でも、今更なんて言えばいいの?


 それ以前に、聖者キルクルスの教えを完全に捨てられる自信がなかった。

 クブルム山脈で、聖者に祈ったところで何の助けも得られないと身を(もっ)て思い知らされた。


 それでも、これまでの人生を全て否定するようで、信仰を手放せない。


 昼の明るい空の下、地に落ちた影で時を計る度、日輪(ひのわ)の偉大さと聖者の英知を思い出すだろう。

 夜空を仰ぎ、聖なる星の道を見る度、教会で父や近所の人たちと聞いた教えを思い出すだろう。

 アミエーラは、リストヴァー自治区で生まれ、キルクルス教以外の教えを知らずに育った。休みの日には父と二人でバラック街の教会へ行き、聖者に祈りを捧げ、清掃奉仕などにも積極的に参加した。


 ……時々、使い古しの(ホウキ)や雑巾をもらえるからだけど。


 一緒に教会に通った父や近所の人たちを思い出し、溜め息が漏れる。

 みんなが力ある民なら、火を消せた。火が回る前に逃げられた。いや、そもそも自治区に押し込められて、あんな惨めな暮らしを送らなくて済んだ。


 下町はバラックが密集して風通しが悪く、夏は暑さと悪臭に悩まされた。熱中症は勿論(もちろん)汗疹(あせも)(ただ)れ、それが元で亡くなる人も大勢居る。そのくせ、冬は隙間風に震え、凍死者も後を絶たなかった。


 ……魔法が使えれば、みんなもっと幸せになれたのかな?


 魔法使いだからと言って、何でもできるワケではないのは、この数カ月でよくわかった。そんなコトができるなら、アーテル軍の空襲で街を焼かれずに済んだだろう。

 アミエーラを助けてくれたゾーラタ区の老婆は、とても親切だった。

 力ある民で余裕があるから、見ず知らずの娘を家に入れ、手当てして何かと世話を焼けたのだ。


 ……おじいさんが魔物に乗っ取られてなかったら、あのままずっとあの家に居たかもね。


 そうしたら、どうなっていたのだろう。玉留めにした糸を切って想像する。右袖を縫い終え、左袖に取り掛かった。少し厚いが通気性が良く、丈夫な生地だ。薬師候補生に感謝しながら、針穴に次の糸を通す。


 ……あぁ、でも、きっと無理ね。


 ゾーラタ区の農村は、他に人の気配がなかった。あの老夫婦と三人きりの暮らしで、嘘を()き通せる自信はない。今でさえ、湖の民の薬師(くすし)に口を滑らせてしまったのだ。あの家に留まれたとしても、親切な老婆を騙し続ける罪悪感に押し潰されただろう。

 それに、老婆が薬師アウェッラーナと同じ寛容さを持ち合せたとは限らない。騙されたと知れば、大抵の人は怒るものだ。


 ……どっちに転んでも、私はダメなのね。


 「アミエーラさん、できました。ちょっと見てもらっていいですか?」

 「えっ、もうできたの?」

 ピナティフィダの声で、暗い思考から意識を引き揚げられた。

 やさしい緑のTシャツを受け取り、確認する。手縫いとは思えないくらい揃った縫い目だ。引き攣れや縫い残しはなく、糸の留め忘れもない。


 「うん。大丈夫。初めてとは思えないくらいキレイにできてます」

 「アミエーラさんの教え方が上手だから」

 「そんな……全部、店長の受け売りですよ。実際に着て着心地を確めて下さい」

 アミエーラは席を立ち、カーテンを閉めた。呪医が天井に(とも)してくれた【灯】が部屋を淡く照らす。


 自分で作った無地のTシャツに着替え、ピナティフィダがはにかんだ。

 「お姉ちゃん、すごーい!」

 エランティスとアマナが笑顔で拍手した。アミエーラも拍手に加わり、いつも店長がしたように褒める。

 「すごく良くできてます。仕事が丁寧で縫い目もキレイだし、どこに出しても恥ずかしくない出来栄えですよ」

 「有難うございます」

 素直に礼を言われ、アミエーラは戸惑った。何の屈託もなく向けられた感謝に言葉が出てこない。


 ……店長は、なんて言ってたっけ?


 「えっ、えっと、こちらこそ、有難うございます。私一人でみんなの分、作ると思って大変なの心配してたんです。助かりました」

 「そんな……まだ、自分の分しかできてませんし、教えていただけて、こっちこそ助かってます」

 「お姉ちゃん、有難う」

 「有難うございます」

 エランティスとアマナにも礼を言われ、何度も頭を下げた。



 昼食前にソルニャーク隊長の分も完成した。

 小学生二人もなんとか仕上げ、自分で作ったTシャツに着替える。涼しいように少しゆったりした大きさで、三人とも身体の線は出ない。

 ファーキルが老婦人シルヴァに調達してもらったTシャツは、身体に沿う素材とデザインだ。

 改めてピナティフィダを見たが、少し厚い生地は下着の線も出なかった。


 ……これなら大丈夫ね。


 食堂で、ソルニャーク隊長に薄青いTシャツを渡す。

 「すまんな」

 「あ、いえ、いつもお世話になってますから。メドヴェージさんのは、まだなんです。すみません」

 「いいってコトよ。俺は暑いの慣れてっからな。坊主たちの分、ありがとよ」

 お互いに、いえいえ、まぁまぁ、などと言い交わしていると、ロークにそっと背を押され、モーフが進み出た。後ろ手に何か持っている。ロークがモーフの耳元で一言二言囁いた。

 モーフは(うつむ)いて、持っていた物を差し出した。

 「ねーちゃんの分」

 蔓草(つるくさ)細工の帽子だ。鍔が広くて大きいのがふたつと、それより一回り小さい物がふたつ。

 「暑くなるから」

 「モーフ君が作ってくれたの?」

 受け取りながら聞くと、モーフはこくりと頷いて、さっさと食卓に着いた。ロークが申し訳なさそうに会釈する。


 「有難う」

 アミエーラが礼を言う。

 呆気に取られた女の子たちも口々に「有難う」と声を掛けた。モーフは硬い表情で食卓を見詰め、微かに首を縦に動かすだけで、こちらを見ようともしない。

 「……嬢ちゃんたちのそれ、よく似合ってるなぁ」

 メドヴェージが申し訳なさそうに苦笑し、話題を変えてくれた。

☆ヘンな柄だが一応、老婦人シルヴァに夏服一式を調達……「0332.呪符屋で再会」「0341.命懸けの職業」参照

☆聖者に祈ったところで何の助けも得られない……「0118.ひとりぼっち」「0141.山小屋の一夜」参照

☆ゾーラタ区の老婆……「0153.畑の道を行く」→「0172.互いの身の上」参照

☆おじいさんが魔物に乗っ取られ……「0180.老人を見舞う」参照

☆湖の民の薬師に口を滑らせてしまった……「0252.うっかり告白」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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