0350.平和への活動
星の道義勇軍と針子のアミエーラが、おやすみなさい、と部屋へ引き揚げる。
クルィーロが、メモにざっと目を通して頷いた。
「これ、アウェッラーナさんも何回か使ってたな」
その時の状況を思い出したのか、クルィーロの顔が曇る。他のみんなも、あの冬の日々に思いを寄せ、暗く沈んだ。
……あの時、この呪歌を知ってて、質のいい【魔力の水晶】があったら。
父は死なずに済んだかも知れない。あの女の子も、他の人たちも、助かったかも知れない。レノは自分の……力なき民の無力にペンを持つ手が重くなった。
「あ、さっき言い忘れたんですけど、お昼に来た人、連絡係だそうですよ」
運悪く、冬の空襲に遭ったラクリマリス人のファーキルが、殊更に明るい声で言う。
「あの人は武闘派ゲリラじゃなくて、早く戦争を終わらせたいグループの人で、武器を使うんじゃなくて、戦争をやめたい人に勇気を与えたり、外国に難民支援を呼掛ける活動とかしてるそうです」
「昼に誰か来たんだ?」
レノは全く気付かなかった。ピナとティスも驚いた目でファーキルを見る。
クルィーロがアマナと顔を見合わせた。
「俺らも知らなかったよな」
「うん」
庭で作業したロークが説明する。
「陸の民の若い男の人で、えーっと……ラゾールニクさんって言うそうです。信用できるかわかんなかったから、こっちのことはあんまり説明しないで、やり過ごしたんですけど」
「呪医に用があって来たんだそうです。それで『みんなで歌おう』で難民支援してるって言ってました」
「国民健康体操の替え歌で?」
ファーキルの説明にみんなが首を傾げた。一緒に説明を聞いたロークが、ファーキルに視線を送る。
「難民キャンプでこんな端末を配って、避難してる人に歌ってもらって、その動画をネットに公開してるそうです」
「それが、支援なんですか?」
ピナが疑問をこぼす。
あの端末は小さいのに色々便利だが、歌ってどう支援になるのか。確かに、平和の為に作ったが、歌だけでアーテルが戦争をやめてくれるとは、小学生のティスとアマナでも思わない。
「動画の下に広告が表示されて、再生回数に応じて広告料が入るんです。それで食糧とか買えるようになるし、ネットなら世界中の人が見られるから、外国にも、寄付とかで支援してくれる人が居るそうです」
「すごーい! 外国の人も助けてくれるなんて」
「私たちの歌……困ってる人の役に立てたのね」
「お歌、頑張って作ってよかったね」
ファーキルの説明で、ティスとアマナに喜びが弾け、一緒に作詞したピナが嬉しそうに二人を労った。
……歌でそんなコトもできるんだな。
妹たちが、遠く離れた知らない誰かの助けになれたことを喜ぶ。その姿に、レノの胸の奥であたたかな灯火が点った。
「あれっ? ファーキル君も動画出してたよね?」
クルィーロが気付いて聞いた。
「はい。広告料の振込は、二カ月後の月末なんで、まだもう少し先になります。それで、街に行った時、お店の人に支払いの件で相談したんですけど、道具屋さんには薬と交換がいいって言われました」
「道具屋さん『は』ってことは」
「運び屋さんは、ウェブマネーでもいいって言ってくれました。幾ら入るかわかんないんで、アレですけど」
レノは慌てて、申し訳なさそうなファーキルに言った。
「いやいや、そんな! 逆にここまでしてもらって、有難過ぎてなんて言えばいいのかわかんないくらいだし!」
「あ、いえ、そんな……俺の方こそ、あの時の焼魚、美味しかったです。トラックに乗せてもらえなかったら、どうなってたかわかりませんし」
お互い頭を下げ合い、何となく笑う。
……でも、あと少しでファーキル君の地元だったのに、こんなとこまで連れて来ちゃったしなぁ。
レノたちを気遣ってくれるのだろう。文句ひとつ言わず、がっかりした顔も見せずに居てくれるが、ファーキルの身に何かあっては申し訳が立たない。
レノは一人分の料金が貯まったら、ファーキルだけでもグロム市に運んでもらおう、と思いながら、呪歌を書き写した。
この部屋に居るのは、全員、癒しの術の有資格者だ。
他はみんな子供だが、クルィーロもまだ資格があるのは、ちょっと意外だ。
……中学の時、割とモテてたけど、社会人になってから何もなかったんだ?
力ある民ならともかく、力なき民の庶民の娘には、わざわざ【白鳥の乙女】の術で護りを掛けたりしない。
やんごとなき身分の子女なら、性別や魔力の有無を問わず、そうするらしいが、レノたちの故郷ゼルノー市に元貴族は居なかった。
レノには、そこまで仲良くなった娘は居ないが、高校生の頃、同級生が密かに婚前交渉して、噂になったのを思い出した。ほんの二、三年前が、ずっと昔のように遠い。
……あいつら、無事に逃げられたのかな?
癒しの呪歌からの連想で、冬の記憶が甦る。
レノは、無関係でノーテンキなコトを思い出そうとしたが、全ての思い出が焼跡の風景に繋がり、上手く行かなかった。
☆運悪く、冬の空襲に遭ったラクリマリス人のファーキル……「0198.親切な人たち」「0199.嘘と本当の話」「0201.巻き添えの人」参照
☆お店の人に支払いの件で相談……「0334.接続料の補充」参照
☆あの時の焼魚……「0199.嘘と本当の話」参照
☆ファーキル君の地元……グロム市「0198.親切な人たち」参照




