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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十六章 連携

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0346.幾つもの派閥

 玄関を開けた途端、パンの焼ける香ばしい匂いが漂う。どんな魔法なのか、中の涼しさにホッとする。ロークは帽子を脱いだ。


 「セプテントリオー呪医(せんせい)、居る?」

 「資料室だ」

 「兄ちゃん、どっか怪我してんのか?」

 ソルニャーク隊長が短く答え、少年兵モーフが聞く。青年は笑って手を振った。

 「いや、平気だ。呪医(せんせい)にちょっと話があるんだ」

 「俺も、ファーキル君に用があるんで、一緒に行っていいですか?」

 「俺、命令できる権限とかないし、用があるんだろ?」

 ロークが頷くと、ソルニャーク隊長が地虫の袋を預かってくれた。白や薄茶色の地虫が中で蠢く。これから術で水抜きされて、熱冷ましの薬に加工されるのだ。


 「じゃ、また後で~」

 青年と並んで廊下を通り、ロークも資料室へ入った。

 ファーキルが集めてきた情報を呪医セプテントリオーに見せ、呪医は要点を新聞の切抜きの余白にメモする。

 ロークには、それにどんな意味があるかよくわからないが、口は出さなかった。


 「よっ。呪医(せんせい)、久し振り。ちょっと見ない間に随分、賑やかになったな」

 「お久し振りです。彼らはゲリラではありませんよ」

 「さっき聞いたよ。成行きで流れ着いた戦争難民ってどう言うコト?」

 青年は、呪医の向かいに腰を降ろしながら聞いた。

 ロークもファーキルの向かい、青年の隣に座る。やわらかなソファの座り心地は良かったが、居心地は良くなかった。この人に詳しい事情を説明していいものか迷い、ファーキルを見る。

 ファーキルは、困惑気味にタブレット端末から顔を上げた。


 「あれっ? 君ら、ネモラリスの難民じゃないの? 何で端末持ってんの?」

 「俺は、ラクリマリス人なんです。家族で知合いのとこに行った時に戦争に巻き込まれて、一人だけ助かって……俺は力なき民なんで」

 「あぁ、ネット関係の仕事できるように、小さい頃から持たされてたのか」

 青年は納得したようだが、暗い顔で説明したファーキルに同情する様子はなかった。ロークたちの警戒に気付いたのか、軽いノリで自己紹介する。

 「俺、ラゾールニク。武闘派ゲリラじゃなくて、ただの連絡要員だから、そんな怖がんないでくれる?」

 「連絡要員?」

 ロークが聞くと、ラゾールニクと同時に呪医セプテントリオーも頷いた。


 「俺ら、軍隊みたいなきっちりした組織じゃないんだ。それどころか、指導者も居ない。方針もバラバラだ」

 「えっ?」

 「考えてもみなよ。半世紀の内乱の生き残りは、戦い方知ってる奴いっぱい居るんだぞ? 力ある民なら個人でも、アーテル本土に土地勘がありゃ、性質(タチ)悪いテロを仕掛けられるんだ」

 ラゾールニクは、力なき民の少年二人に向き直って説明した。



 例えば、【鳥撃ち】と【跳躍】ができれば、鳩や鴉の死骸を物陰に放置して、雑妖を涌かせ、呼び寄せた魔物を受肉させられる。

 アーテルは、キルクルス教を国教とする科学文明国だ。【結界】も何もない。街の中で魔獣を発生させるだけで、死と恐怖を撒き散らせる。



 「拠点持ってる大きい団体だけでもたくさんあるし、小さいのはネモラリス政府も把握しきれてない」

 「そんなにあるんですか?」

 ファーキルが驚いて聞くと、ラゾールニクは当然だと言いたげに頷いた。

 「色々あって、正規軍はアーテルを直接叩きに行けない。それでみんなイラついてるんだ」

 「徴兵や命令じゃなくて、自主的に戦争してる普通の人が、そんな大勢居るんですか?」

 「志願兵にならずに……ですか?」

 「あぁ。全然一枚岩じゃないけどな。自分でやった方が早いと思う個人なんて、軍も把握しきれない」

 ロークとファーキルが聞くと、ラゾールニクは悲しそうに言って唇を(ゆが)めた。


 ……葬儀屋さん、ここが拠点のゲリラたちは、兵隊さんに差入れしてるって言ってたよな?


 ロークは猪肉でバーベキューをした夜、葬儀屋アゴーニから聞いた話を思い出した。今は留守の武闘派ゲリラが、どんな立場で何を成そうとするのか、上手く想像できない。


 湖の民のおっさんの話では、北ザカート市に駐屯するネモラリス正規軍は、彼らの差入れを受け取った。下級兵士の中には、武闘派ゲリラのアーテルでの活動を歓迎する者が居るらしい。

 ネモラリス軍は少なくとも、この一団の存在を把握済みだ。ゲリラの支援はしないが、放置することで、ある意味、お墨付きを与えたのだ。



 「ここに来てるのは、何もかも失くして、復讐の為に活動してる人たち。俺は、とっとと戦争終わらせたいチームのパシリ」

 「私は、武闘派ゲリラに戦闘をやめるよう、説得しているのですが」

 呪医セプテントリオーが悲しげに目を伏せる。ロークは思わず聞いた。

 「戦争、どうすれば終わるんですか?」

 「それがわかりゃ、苦労しないんだけどな。アーテルの目的がわかんねぇから」

 「アーテルの目的でしたら、見当がつきましたよ」

 ラゾールニクは、湖の民の呪医に信じられないものを見る目を向けた。


 呪医セプテントリオーが、ローテーブルに広げたファイルとタブレット端末を掌で示す。

 「(もっと)も、複数の情報を整理して得た感触で、私見なんですけどね」

 そう断って語ったアーテルの目的は、恐ろしいものだった。



 ロークも、これまでのことと照らし合わせて納得はできたが、信じたくはない内容だ。アーテル政府が、ネモラリス人を根絶やしにするまで戦争をやめる気がないなら、どんな説得も通用しないだろう。

 ロークはファーキルを見た。ラクリマリス人の少年も、青褪めた顔で二人の話に耳を傾けた。

☆呪医、久し振り/ラゾールニク……「0285.諜報員の負傷」参照

☆半世紀の内乱の生き残りは、戦い方知ってる奴いっぱい居る……「0015.形勢逆転の時」参照

☆猪肉でバーベキューをした夜……「0320.バーベキュー」参照

☆私は(中略)説得している……「0279.悲しい誓いに」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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