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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十六章 連携

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351/3502

0345.菜園を作ろう

 朝靄が漂う庭に出て、葬儀屋アゴーニは北ザカート市の廃墟へ【跳躍】した。

 老婦人シルヴァが昨夜、普通の袋に詰めた傷薬と素材のメモをオリョールら武闘派ゲリラに届けに行く。

 シルヴァも昨夜は病室に泊まり、今朝はアゴーニより先にどこかへ跳んだ。


 二人が居なくなると、外界から隔絶された別荘の空気が緩んだ。


 ロークは、星の道義勇軍の三人と共に庭で作業する。

 レノ店長が昨日、老婦人シルヴァに苗を植える許可をもらった。薬草園の傍の雑草が生い茂った場所だ。店長は、家庭菜園にしていい範囲と農具の場所を説明すると、パンの仕込みに台所へ行った。


 ……今はいいけど、今日も暑くなりそうだなぁ。


 ロークは、昨日できたばかりの蔓草(つるくさ)細工の帽子をしっかり被り、ソルニャーク隊長の説明を聞く。

 「(くわ)が一本しかない。(うね)は私が作ろう」

 「隊長、うねって何スか?」

 少年兵モーフが元気よく質問した。ロークはホッとした。昨日の話で少し心配したが、この分なら大丈夫だろう。


 「畑の土を耕して筋状に盛り上げた部分だ。野菜などが育ちやすいよう、また、我々がその後の作業をしやすくする為そうする」

 多分、畑を見たことがないのだろう。少年兵モーフは、わかったようなわからないような顔で頷く。

 ロークはゾーラタ区で畑を見たことがある。あの部分は「(うね)」と言うのか、と隊長のわかりやすい説明に納得した。


 ……隊長さんって、農家の人だったんだ?


 ソルニャーク隊長が、他の隊員と全く雰囲気を(こと)にする理由はわかったが、別の疑問が生じた。

 リストヴァー自治区では、西部の農村地帯の住人はエリートで富裕層だ。それが何故、バラック地帯の住人が主体の星の道義勇軍に参加し、こんな所に居るのかわからない。



 「三人は、草取りの続き。根ごと引き抜いてくれ」

 指示を与えられ、声を揃えて返事をした。

 ビニール紐を括った棒切れが、薬草園の傍の地面に刺してある。レノ店長が、畑にしていい場所を囲んでくれたのだ。三分の一くらいは草取りが済んだが、後は薬にも食用にもならない雑草が蔓延(はびこ)る。


 「雑草は強いから、根が残っていると、また生えてくる。鎌で根を断ち切って引き抜くように」

 雑草(ソルニャーク)隊長の説明にメドヴェージが苦笑する。隊長も薄く笑い返して、自分の作業に取り掛かった。


 鎌は五丁ある。三人は一丁ずつ手にして、言われた通り草取りを始めた。

 刃を雑草の根元に突き立て、根を切りながら掘り起こす。草熱(くさいき)れの中に湿った土の匂いが立ち昇る。軽く振って土を落とすと、地虫も一緒に落ちた。ドーシチ市の屋敷でうんざりする程すり潰したあれだ。

 生きた地虫は思いの(ほか)動きが速く、あっと言う間に土に潜って見えなくなった。


 「根を齧って野菜を枯らすことがある。地虫も取り除いてくれ」

 「坊主、小さい袋、三枚持って来てくれ」

 少年兵モーフがトラックに走った。


 ロークは黙々と作業を続ける。抜いた草をゴミ袋に入れ、次々と根を切り、掘り起こす。逃げる地虫は敢えて追わず、草取りに専念した。


 「ありがとう」

 戻ってきたモーフからA4サイズくらいのビニール袋を受け取り、まだ半分見える地虫を摘まんで入れる。

 透明の袋に入れられた地虫は、土に向かって白い身体をくねらせた。丸々と太った地虫がどんなにもがいても、目の前にある地中に潜れない。地虫の小さな脚では袋を破れず、つるつる滑るばかりだ。

 赤い頭の下三分の一くらいが口だが、根を噛み千切れても、ビニール袋は食い破れないらしい。


 ……【結界】って、こう言うもんなんだよな。


 ロークたち、力なき民は【結界】に阻まれ、この別荘に自力で入れない。

 透明な袋の中でもがく地虫が自分のように思え、ロークはそっと脇に退()けた。



 「あんたら、新入りか? ご苦労さん」

 日射しが強くなってきた頃、不意に声を掛けられ、ロークは顔を上げた。

 ソルニャーク隊長が(くわ)を持ち直し、若い男性を観察する。


 麦藁色の髪が昼前の日射しに輝き、印象の薄い顔が人懐こい笑みを浮かべる。目を離せば次の瞬間には忘れてしまいそうだ。どこかの街で再会しても、きっとわからないだろう。

 メドヴェージと少年兵モーフが立ち上がった。ロークも立ち上がり、帽子を取って会釈する。露草色の瞳は無邪気に見えた。


 ……こんな人が、武闘派ゲリラやってんの?


 「……成り行きで、ここに流れ着いた戦争難民だ」

 「婆さんの許可はもらってる」

 ソルニャーク隊長の説明にメドヴェージが言い添えた。少年兵モーフが額の汗を袖で拭う。

 青年は、三人のボロボロの服とロークの冬服を見て言った。

 「暑そうだな。中で話そう」

 「そうだな」

 青年の提案に隊長が同意し、四人は井戸端へ行った。青年もついて来る。


 隊長とメドヴェージが井戸を覗き、周囲を見回した。何かを探す顔だ。

 「あれっ? ひょっとして、みんな力なき民? どうやってここ入ったの?」

 「あれ」

 少年兵モーフが、庭の隅に停めたトラックを指差す。青年の視線がトラックから門に移り、ソルニャーク隊長で止まった。

 「ここ、力ある民専用の別荘だから、魔法使えないと不便でしょ」

 「……まぁな」


 ……あ、井戸水汲み上げる桶がないんだ。


 ロークはゾーラタ区で見たロープ付きの桶を思い出した。メドヴェージが隊長と素早く視線を交わし、笑顔で言う。

 「多分、力ある民が一緒に乗ってたから、通れたんだろ。今、中で別の作業してて忙しいんだ」

 「そっか。じゃ、洗ったげるよ」

 「すまんな」

 隊長が軽く頭を下げ、ロークたちもそれに(なら)った。

 青年が【操水】で井戸水を汲み上げ、一人ずつ洗ってくれる。日射しに焙られた身体に水の冷たさが心地良かった。

☆昨日の話で少し心配……「344.ひとつの願い」参照

☆隊長さんって、農家の人……「0046.人心が荒れる」「338.遙か遠い一歩」参照

☆西部の農村地帯の住人はエリートで富裕層……「0156.復興の青写真」参照

☆ドーシチ市の屋敷でうんざりする程すり潰したあれ……「0250.薬を作る人々」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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