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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十六章 連携

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0344.ひとつの願い

 「そんなの、死にに行くようなモンじゃねぇかッ! あんたはあの化けモン見てねぇからンなコト言えんだよッ!」

 「モーフ君、残念だけど、アーテルも今、平和じゃないんだよ」

 ファーキルの暗い声が、激昂した少年兵に冷や水を浴びせた。ファーキルは食卓の一点を見詰め、インターネットで知ったアーテルの治安状態をポツポツ語る。



 ネモラリス人のテロも脅威だが、それに便乗した略奪や、脱獄した囚人によって治安が乱れた。取締る警察署もテロに遭い、普段通りに機能しない。

 ラクリマリス王国の湖上封鎖で周辺国の物流が滞り、アーテル共和国とラニスタ共和国も、物価の高騰に喘ぐ。

 改宗したところで、ネモラリス人の難民が受け容れられるとは到底、思えない。


 ……そうよね。あの兵隊さんたちは、リストヴァー自治区のキルクルス教徒だと思ったから、通してくれただけだし。


 これから一生、嘘を()き続けよと言うのは酷だ。自治区民だと偽って受け容れられたとして、付け焼刃の信仰は簡単に見破られるだろう。

 本当の事情が知られた時、どんな扱いを受けるか想像に(かた)くない。

 それに、何の後ろ盾もない力なき民の女の子たちが、【白鳥の乙女】の制約のないアーテルの社会で、無事に暮らせる望みは薄い。商品価値がある間は命までは取られないだろう。だが、その生活は幸せからは程遠い。


 少年兵モーフは歯を食いしばり、アーテルの現実を語るファーキルに射るような視線を注いだ。


 「坊主、俺は帰るぞ」

 メドヴェージの宣言で、少年兵モーフの目が大きく見開かれ、涙が溢れる。メドヴェージは、声もなく涙を流す少年兵の肩を押さえて座らせ、みんなを見回した。

 「みんなにゃ世話んなったからな。行きてぇとこに落ち着けるまで、トラックは要るだろ。ちっとばかり遠回りになるが、俺はついてくぞ」

 ソルニャーク隊長が首を縦に振る。少年兵モーフは、涙に濡れた顔を歪ませた。



 呪医セプテントリオーはあぁ言ったが、仮設住宅に空きがあるとは限らない。移動手段としてだけでなく、トラックは住居と収入源も兼ねる。

 アウェッラーナは、背筋を伸ばしてキルクルス教徒の運転手の目を見た。揺るぎない決意を(みなぎ)らせた大地の色の瞳が、湖の民の緑の瞳を見詰め返す。


 「私も……エランティスちゃんが言ったように親戚がどこかの港に居るかもしれません」

 名を呼ばれたパン屋の末娘が、兄の肩越しに漁師の娘アウェッラーナを見る。

 「王都やネモラリス島でも消息を尋ねたいので、みなさんとご一緒しますよ」


 アウェッラーナはゼルノー市出身で、他の土地を(ほとん)ど知らない。【跳躍】できる場所は元々限られる。

 更に、冬の空襲で街の様子がすっかり変わってしまった。鉄鋼公園や市民病院、放送局の廃墟くらいしか現在の様子を思い描ける場所がない。

 呪医セプテントリオーも同じだろう。アウェッラーナより長く生きるが、半世紀の内乱で、旧ラキュス・ラクリマリス共和国の全ての街が様変わりしてしまった。


 ……【跳躍】が使えるからって、どこでも好きな所へ行けるワケじゃないのよ。


 アウェッラーナはラクリマリス人の少年に声を掛けた。

 「ファーキル君、その運び屋さんって、グロム市は知らないの?」

 「はい。あの……その人、南ザカート市出身らしくて、何でランテルナ島に居るのかは聞いてないんですけど」

 ネーニア島や聖地へ行きたい人々を片道切符で送り届ける仕事なのだと言う。


 「あ、でも、王都だったら、グロム港に直行便があるんで」

 「ファーキル君の情報で色々助かりましたから、船賃分のお薬、作りますよ」

 「えっ……いいんですか? 有難うございます」

 驚いた目でアウェッラーナを見て、頬を緩めた。


 ……私、そんな薄情者に見えるのかな?


 「俺とアマナも、クレーヴェルに行きたいから、王都を経由するのに賛成です」

 クルィーロが言う。友達のエランティスにもらい泣きするアマナも、ハンカチを顔に押し当てたまま、兄の言葉にこくりと頷いた。

 ロークが何も言わず、モーフを見る。少年兵は、一人の賛同も得られなかった自分の両拳を睨む。

 「俺、どこにも行く宛ないんで」

 高校生のロークは、それ以上の言葉が見つからないのか、ふっつり黙った。



 「婆さん、この子ら、いつまで置いてくれるんだ?」

 葬儀屋アゴーニが聞くと、老婦人シルヴァは茶器を置いた。

 「私ゃ別にいつまでだって構いませんよ。ただ、いつ、何があるかわかりませんから、宛があるなら、さっさと行った方がいいでしょうね」

 素っ気なく言われ、みんなは何とも言えない表情で顔を見合わせた。

☆脱獄した囚人によって治安が乱れた……「0265.伝えない政策」参照

☆取り締まる警察署もテロに遭い……「0261.身を守る魔法」参照

☆物価の高騰に喘ぐ……「0285.諜報員の負傷」参照

☆あの兵隊さんたち(中略)通してくれた……「0312.アーテルの門」「0313.南の門番たち」参照

☆【白鳥の乙女】の制約……「0084.生き残った者」「0108.癒し手の資格」参照

☆クレーヴェルに行きたい……「0082.よくない報せ」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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