表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二章 印歴二一九一年二月二日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/3488

0035.隠れ一神教徒

 ロークは、幼い頃からずっと、自治区民の苦しい生活を聞かされて育った。

 祖父と両親は、地区の信者団体の役員だ。その関係で、ディアファネス家は人の出入りが多い。

 ロークは毎週、休日の礼拝に参加させられ、その後の報告会で、自治区で暮らすキルクルス教徒の様子も聞かされた。


 大いなるラキュスは塩湖だ。

 そのままでは湖水を利用できない。


 沿岸部の井戸は塩分を含む。

 淡水化施設は一カ所しかなく、リストヴァー自治区では、真水が貴重品だ。

 水の購入で家計が圧迫され、貧しい家が多い。

 真水を買うことすらできない家は、塩気混じりの井戸水をそのまま飲むしかない。腎臓や循環器系をやられるが、医療費を捻出できず、短い生涯を終える。


 どうせ短い人生なら、と刹那的な生き方を選ぶ者が多く、治安もよくない。

 南の国境、クブルム山脈を越え、ラクリマリス王国を目指す者たちもいる。


 ネーニア島の南西部は、北ヴィエートフィ大橋でランテルナ島と繋がる。

 越境者の最終目的は、ラクリマリス王国ではなく、キルクルス教国のアーテル共和国領ランテルナ島だ。

 その(ほとん)どが、ラクリマリス王国を通過するどころか、山越えの途中で魔物や魔獣に襲われるのか、消息を断つ。


 ラキュス湖上も魔物だらけ。

 女神の加護を得られる湖の民などの魔法使いでなければ、対抗できない。


 ネモラリス共和国全体で見れば、漁業と水運が主要産業だが、リストヴァー自治区のキルクルス教徒は、そのどちらも不可能だ。

 湖に近い土地は塩分を含み、農業に適さない。

 魔法使いならば、土地の塩抜きをして農地を広げられる。

 自治区民には不可能だ。

 自治区の南側に広がる山での林業と、裾野の僅かな農地での農業、機械部品製造などで生計を立てる。

 林業も、魔物が麓に降りてこないようにする為の伐採が目的で、植林はしない。日中に裾野近くで伐るだけで、山奥へは行けない。


 親戚や友人知人がリストヴァー自治区に居る信者たちは、涙を流しながら、彼らの窮状を語る。

 毎週毎週、飽きもせず。

 セリェブロー区で暮らす信者は、密かに食糧などを援助していると言うが、ロークには信じ(がた)かった。

 涙ながらに語られる話は、どれも大袈裟で、却って空々しく聞こえた。

 どこまでが本当で、どれだけ話を盛っているのか。

 自治区の様子を実際に見たことのないロークには、彼らの「可哀想アピール」をどこまで信じていいかわからなかった。


 ……大体、貧乏がイヤなら、キルクルス教なんて止めて、こっちに引越してくればいいのに。何でこっちに火ぃ付けてんだよ。



 魔力の有無は遺伝的なものだ。

 陸の民と湖の民の間に子供は生まれないが、陸の民なら、力なき民と力ある民の間にも、子孫を残せる。

 ラキュス湖南地方では混血が進み、家族や親戚の中に、力ある民と力なき民が混在する家も多い。


 キルクルス教の教えは、魔術を全面的に否定する。

 信仰の違いでバラバラになった家族もあった。


 ロークのディアファネス家は、バラバラにはならなかった。

 知っている範囲の身内には、力ある民が一人も居ないからだろう。

 キルクルス教徒だが、三十年前の強制移住を前にして、フラクシヌス教に改宗した。それは表向きの話で、実際には密かに信仰を守っている。

 同様の家はたくさんあった。


 湖には魔物が多い。

 湖よりは少ないが、人が住む陸地の平野部にも魔物は居る。島の内陸部の湿地や山林は、強い魔物や魔獣が多くて人が住めない。

 魔物から身を守るには、どうしても魔法の力を借りなければならない。

 この地方で生き延びるには、魔術を完全に捨て去ることなど不可能なのだ。


 魔術を完全に排除する自治区の未来がどうなるか。

 予測できた者たちは、表向き、聖者キルクルスの教えを捨てた。


 両親は、そんな隠れキルクルス教徒の信者団体役員で、祖父は相談役を務め、司祭のように敬われる。

 セリェブロー地区には、船会社や商社などに勤務する者が多い。大人たちは仕事で自治区へ(おもむ)いた際、個人的な援助や情報収集も行っていた。

 設定などの詳細は「野茨の環シリーズ 設定資料」でご覧ください。

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ