3422.街での居場所
ファーキルは、緑髪のピペルと共にランテルナ島へ渡った。
今日のピペルは、マリャーナ宅のお仕着せではなく、ファーキルと似たような背広で会社員に見える。
いつも通り、光の導き教会のある名もなき村で納品と御用聞きを済ませると、地下街チェルノクニージニクに足を運んだ。
扉にランテルナ魔獣駆除協同組合のシールを貼ったサンドイッチ屋に入り、店員に声を掛ける。
「駆除屋さんを一人お願いしたいんですけど」
「はいよ。今、暇してるよ。ホルィさーん!」
若い女性店員が野菜を刻む手を止めて、カウンターの一番奥の席に声を掛けた。
「駆除? 護衛?」
ホルィと呼ばれた【急降下する鷲】学派の魔法戦士が、細長い店の入口に顔を向ける。
ファーキルはピペルと一緒に身体を斜めにしてカウンター席の奥へ近付いた。
「護衛をお願いしたいんですけど、今日一日、いいですか?」
「君ら二人だけ? 他の人も居る?」
「二人だけですけど、ルフスのショッピングモールに行きたいんです」
「いいけど、あんたは力ある民か?」
「いえ。力なき民です」
「私は【霊性の鳩】学派の術しか使えません」
「わかった。非戦闘員二名様、一日分の護衛代はこれだ」
緑髪のホルィが空になった珈琲カップを脇に退け、カウンターのお品書きをひっくり返した。
サンドイッチメニューの裏は、魔獣駆除業者の料金表だ。
駆除する魔獣の種類、護衛対象と行き先などで細かく分かれ、報酬を物納する場合の例も並ぶ。
ファーキルが思ったより安い。
「えっ? 丸一日護衛なのにこれだけでいいんですか?」
「組合に入ってる奴の基本料はこんなもんだ。あそこは大きい避難所があって、フラクシヌス教団の神官戦士が週一で駆除してるから、他所へ行く時より安くできるんだ」
「あ、そうなんですか」
ファーキルは、運び屋フィアールカの情報が裏付けられて安堵したが、油断は禁物だ。薬物依存症などで死亡した遺体を扉に魔物が涌く事故は、アーテル本土のどこでも発生する。
「もし、魔獣に襲われたら、その分は駆除代を上乗せするし、俺の分の食費と宿泊費と、俺が怪我したら医療費も別途実費でそっち持ちだ」
ホルィはにっこり笑って説明を付け加えた。
「はい。経費で落ちるんで大丈夫です」
「ん? あんたらどっかの会社の人?」
「アミトスチグマのパルンビナ株式会社です」
ファーキルは、首から提げた社員証をYシャツのポケットから引っ張り出して見せた。
「なら、支払いは安心だな」
ホルィは本当に安心した顔で笑った。
ピペルが恐る恐る聞く。
「踏み倒す人、居るんですか?」
「戦時中、アーテル軍やバルバツム軍の仕事請けた同業者が、何人も踏み倒されてたな」
「戦時中……今は軍隊もちゃんと払うんですか?」
「やたら値切る奴はこっちからお断りだ。踏み倒された連中がみんなに言い触らしたから、用心してこっちの公証役場で契約書を作るようになって、踏み倒したら司令官の指が腐るし、まぁ、今は誰も引受けてないけどな」
駆除屋のホルィが唇を歪める。
「ん? 対策したのに今は誰も軍隊と契約してないって、どうしてです?」
ピペルが聞くと、駆除屋のホルィは微妙な顔になった。
「何でって……あんた、商社なのにニュースとか見てないのか?」
「あッ! もしかして、例の動画絡みですか?」
ファーキルが気付いて確認すると、ホルィは苦い顔で頷いた。
「なんだ、わかってんじゃないか」
「あぁあぁあぁ……」
緑髪のピペルがわかった顔で何度も頷く。
ファーキルは、仲介料として大森林産の百花蜜一キロ入り一瓶を店員に渡した。
「領収証下さい」
「はいよー」
彼女が領収証を書く間、ホルィにも護衛代二人分の基本料を先払いする。
「何か出たら、それは帰りに精算しますので、先に基本料だけ領収証下さい」
「よっしゃ」
ピペルが【軽量】の掛かった鞄から革袋を出してカウンターに置く。大森林産の砂鉄二キロ入りだ。
ホルィが口紐を緩めて首を傾げた。
「これは……?」
「鱗蜘蛛の群生地で採れた砂鉄です。普通の砂鉄と違って、魔力を帯びやすいので、武器や防具を作るのに便利ですよ」
「へぇー……そんなモンあるんだな? アビョース伯爵様が喜びそうだ」
「つかぬことをお伺いしますが、その、アビョース伯爵様は、もしかして、王都で素材屋さんを経営しておられるお方ですか?」
ファーキルが確認すると、駆除屋のホルィは嬉しそうな笑顔を見せた。
「おっ? 流石、総合商社の正社員だな。そのお方だ」
「はい。弊社もプートニク様のお店と懇意にさせていただいております」
……素材を売りに行ってたら、そりゃ知合いになるよな。あれっ? 伯爵?
ファーキルは納得しかけたが、ふと気付いて念の為に聞いてみた。
「ホルィさんも、旧王国時代は貴族だったんですか?」
「昔の話だ」
それ以上は聞かれたくなさそうなので、ファーキルは話を終わらせた。
改めて呼称を名乗り、地上の街カルダフストヴォー市の西門前に出る。
「ピペルさん、あんた、自分でルフスまで跳べるのか?」
「いいえ。初めてなので、道案内もお願いします」
「よっしゃ」
ファーキルとピペルは、駆除屋のホルィを真ん中に手を繋いだ。
ホルィが【跳躍】の呪文を唱え、風景が一変する。
どこかの駐車場だ。
十トントラックが三台並び、体格のいい都市迷彩の兵士が荷下ろしする。肩に付いた記章は星を抱えた蛇……バルバツム連邦陸軍だ。
トラックのフロントには、共通語と湖南語が上下に並ぶ「救援物資」の横断幕、荷台の側面には「バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊」の文字と連邦陸軍の記章があった。
台車を押す音が聞こえ、ファーキルは振り向いた。
粗末な身形の男性たちが小型の台車を押して来る。
ホルィが西と東を指差した。
「あのテントとプレハブが避難所で、そっちの建物がショッピングモールだ」
「えっ? 戦争が終わって七年以上経つのにまだテントなんですか?」
ファーキルは知っているが、驚いた顔をしてみせた。
呪文と呪印のないテントだ。よく見ると、バルバツム連邦陸軍や、アーテル共和国陸軍の記章ならある。
「予算がなくて、プレハブもキルクルス教団が寄付を掻き集めて送ってきたもんらしいぞ」
「あんなテントで大丈夫なんですか?」
ピペルが緑色の眉を顰める。
「フラクシヌス教団のボランティアが来た日は【簡易結界】を掛けるから大丈夫だけど、あんなの一日しか持たないからな」
「大丈夫じゃないんですね」
「流石に避難民が住むとこはプレハブだ。テントは物資の仕分けとか救護……情報料くれる?」
駆除屋のホルィに掌を差し出され、ファーキルは苦笑した。
今日はテナントで情報収集する予定だ。
喉飴、堅パン、ドライフルーツ、スープの缶詰、乾電池、魔法薬の傷薬、【魔除け】の呪符と【魔力の水晶】など渡しやすいものを色々持って来た。
駆除屋のがっしりした掌に【魔力の水晶】を一個乗せて聞く。
「ホルィさんはこのショッピングモールによく来るんですか?」
「遺体安置所になってるテントでちょくちょく魔物が涌くんだ。あそこ」
駆除屋のホルィが広大な駐車場の端を指差した。アーテル陸軍の都市迷彩を着た一団がテントに向かって立つ。
「あいつらは、アーテル軍の特殊部隊、対魔獣特殊作戦群で、遺体から魔物が涌いたら即対応できるように待機してるんだ」
「アーテル軍なんかで魔物に対応できるんですか?」
ファーキルは戦前、魔獣駆除特殊作戦群が小型の魔獣を駆除したニュースなら何度も目にしたが、実体を持たない魔物を倒した話は、噂すら聞いたコトがない。
「あいつらの得物は、キルクルス教の聖典に載ってる光ノ剣、旧王国時代の制式武器に似たヤツで、あの部隊の連中には一応、魔力があるから、斬れなくはない」
「えっ? そうなんですか?」
ファーキルは本気で驚いた。
それなら何故、戦前はそんな話がひとつもなかったのか謎だ。
「魔力さえありゃ素人でも光ノ剣を媒体に【光の矢】が使えるんだけど、呪文を途中で止めたら、飛ばないで刃に矢の魔力が纏わりついたままになるから、それでぶった切るんだ」
「へぇー……そんな戦い方があるん……呪文? キルクルス教徒の部隊が?」
今日のファーキルは驚いてばかりだ。
「アビョース伯爵様が教練して、あいつらも使えるようになったけど、飛ばしても当てらんないから、諦めて斬れってことになったそうだ」
「それは、アビョース伯爵様がお話しなさったんですか?」
「そうだ。教えたのは戦時中だけど、時々素材採取に来られて、土魚に負けそうになってた連中を見兼ねて改めて手解きなさったんだ。おやさしいお方だよな」
「そうだったんですか」
……面倒見いい人だけど、アーテル人も世話するんだなぁ。
ファーキルは感心した。
「魔物が涌いて、死体喰らって即受肉した時は、あいつらじゃ手に負えなくて、モールの支配人がランテルナ島の組合に助けてくれって泣きついて来るんだ」
「ホルィさんはそれでここに何度も来られたのですか?」
ピペルが同族を意外そうに見上げる。
「そうだ。特殊部隊の連中が食われたら魔獣が強化されて、避難民も大勢犠牲になるからな」
「駆除屋さんに常駐してもらわないんですね?」
ファーキルは、何とも言えない気持ちで駐車場の端にあるテントを見た。
「まぁ、戦争と水害で経営が傾いて、テナントすっかすかだからな」
「あぁ……毎日は無理なんですね」
「週一回、神官戦士がボランティアで来てる」
ピペルが肩を落とすと、駆除屋のホルィは明るい声で言って肩をポンと叩いた。
天気のいい朝だが、外で遊ぶ子供の姿はない。
男性たちが段ボール箱を満載した台車を押して、別々のテントに入ってゆく。
バルバツム連邦軍の兵士も段ボール箱を抱え、アーテル人の避難民に続いた。
プレハブの傍には物干し台が並び、洗濯物がはためくが、タオル類ばかりだ。
プレハブを出た女性たちが、遺体安置所の方をチラ見しながらテントに入る。
避難民は誰も彼も、粗末な身形で疲れた顔だ。栄養状態がいいとは言い難い。
彼らの多くは失業中で、土魚など魔獣のせいで教会へ祈りに行くこともできず、街での居場所が避難所しかないのだ。
「今も避難所に住んでるのは、水害で住むとこなくした北部の労働者で、財産とか元々ないから無事な地区に引越せなくて、居場所が避難所しかないんだ」
「つまり、災害の被災者から経済難民に立場が変わったんですね?」
「そう言うこった。あの正月、魔獣に家踏み潰された連中は引越すカネ持ってるから、とっくの昔に出てったってよ」
ファーキルが確認すると、駆除屋のホルィは侮蔑に顔を歪めて吐き捨てた。
……なんでホルィさんが怒るんだ?
「カネ持ってる奴や運よく仕事にありつけた奴は、働けない連中のやっかみで洗濯物汚されたりとか、いじめに遭って、引越し代貯まったらすぐ出て行くんだ」
ホルィが心を読んだように続ける。
ファーキルは何とも言えない気持ちで、テントに行列を作った避難民を眺めた。
☆魔獣駆除協同組合のシール……「3206.文民統制の枷」参照
☆あの正月、魔獣に家踏み潰された……「2473.ルフスの現況」→「2483.生存者を治療」参照
 




