0342.みんなの報告
夕飯後、香草茶を飲みながら、ちょっとした報告会をする。
薬師アウェッラーナは、朝からずっと傷薬を作り通しだ。疲れ切った頭にぼんやり霞が掛かる。香草茶の香気を胸いっぱいに吸い込み、みんなの話に耳を傾けた。
「俺らの蔓草細工は、坊主の発案で、みんなの帽子を作ってる。今んとこ、特に困ったこたぁねぇ」
メドヴェージの発言に高校生のロークと少年兵モーフがこくりと頷いた。
……そうよね。午前中もそろそろ暑くなってきたものね。
どちらの「坊主」かわからないが、いいところに気が付いたなと感心する。
アウェッラーナたち湖の民や、力ある陸の民は、衣服に掛かった術で寒暑を防げるので、力なき民のその辺りの対策を忘れがちだ。
レノ店長に聞かれ、ロークが今日までに完成した帽子を答え、蔓草班は報告を終えた。
端の席から発言し、次は針子のアミエーラの番だ。
「私たちの方も順調です。今は四人でTシャツを作ってます。ミシンがないから時間は掛かりますけど、今日は一着完成して、明日にはもう少しできそうです」
キルクルス教徒の針子は一気に言って会釈した。それを受け、薬師アウェッラーナが口を開く。
「私とクルィーロさんは、今日も傷薬を作りました。お庭の薬草を摘んで、種類毎に分けて水抜きもしました。虫綿もたくさん採れたので、後で咳止めにします」
「庭の薬草で、何のお薬ができるのかしら?」
老婦人シルヴァが、ポケットからペンとメモ帳を取り出して聞く。薬師アウェッラーナは薬の種類と足りない素材を列挙した。
ここの素材だけで作れるのは、傷薬と咳止めの他、解熱剤と香草茶、強心剤。他の薬も、戦場で必要とされるものではなく、内科系の病気の治療薬ばかりだ。
……ゲリラの手伝いをさせられてるんなら、傷薬だけでいいハズよね。
あまりいい気はしないが、ここに置いてもらう以上、従う他ない。
老婦人シルヴァは、薬の種類と不足する素材を書き留めた。
「……これで合ってるかしら?」
「はい、大丈夫です」
メモを読み上げて確認すると、シルヴァは葬儀屋に言った。
「アゴーニさん、後でメモと傷薬をお渡ししますから、明日、オリョールさんに渡して下さいな」
「それは別に構わんが」
葬儀屋アゴーニは、その先の言葉を飲み込んだ。
言わんと欲するところは、アウェッラーナにも何となくわかった。だが、今、それを言ったところで、誰にも、どうにもできないこともわかる。
湖の民の薬師には、何も言えなかった。
……いつまでこんなコトを続けるの?
アーテル領内でテロを行うネモラリス人有志ゲリラの世話になる身では、とても口には出せない。
「森の方はどうだ?」
ソルニャーク隊長が何気ない調子で聞く。食堂の空気が張り詰めた。
葬儀屋アゴーニが、シルヴァの顔色を窺う。老婦人は香草茶を啜って何も言わなかった。
「うん、まぁ、あっちの連中も今んとこ無事だ。元々あの森へ素材を採りに行く薬師の用心棒だった奴が何人も居るからな。勝手知ったるなんとやら、だ」
「その人たち、素材の目利きもできるんですか?」
アウェッラーナは思わず聞いた。アゴーニが軽く顎を引く。
「ジャーニトルさんたちは、薬師と一緒にあれこれ見てるから、ちったぁわかるみてぇだな。それに職人が二人居るんだ。【飛翔する鷹】と【編む葦切】だ」
【飛翔する鷹】学派を修めた者は、何でも武器にして戦う。
少しの魔力で最大限の攻撃を行い、自身も魔物や魔獣と戦う魔法戦士となり得るが、弱い者の為、様々な物を応用して武具や呪符を作り出し、戦う力と護る力を補うことこそが本分だ。
【編む葦切】学派は、呪符も含めて様々な魔法の道具などを作る職人で、戦う力はない。どちらかと言えば、暮らしを便利にする道具類が主だ。
呪符の素材には、薬としても使える物がある。
「それなら……大丈夫でしょうね」
アウェッラーナは喜んでいいかわからず、曖昧な微笑を浮かべるしかなかった。
薬草園の素材で作れるのは、ちょっとした副作用はあるが、基本的に害のない薬ばかりだ。
テロの資金源にされるとは言え、薬の使用者には罪がない。少なくとも、病人の生命は助かるだろう。
みんな同じことを考えたのか、暗い顔で黙り込む。
老婦人シルヴァ一人が涼しい顔で香草茶を啜った。
「あ、あのっ、俺の方も、似たような感じです」
ファーキルが、鞄から小さく畳んだ紙片を取り出した。卓上を滑らせ、アウェッラーナの手許へ寄越す。薬と素材をびっしり書き連ねた一覧表だ。
「あの……これは?」
戸惑うアウェッラーナにファーキルが申し訳なさそうに言う。
「傷薬のお陰で、接続料の支払いはちゃんとできました。有難うございました。でも」
「でも?」
幾つもの声が重なった。
「でも、ネモラリス領へ帰るのは、莫大な費用が掛かるって」
「それが、これなんですか?」
「いえ、それは、トラックを入れられる高性能の【無尽袋】代だけなんです」
みんなの顔が驚きで固まった。
アウェッラーナもきっと同じ顔だろう。トラックを入れられる【無尽袋】の存在には驚かないが、対価の高さに気が遠くなりそうだ。
量は大したことないが、素材も自分たちで調達しなければならない。
ドーシチ市では、商業組合長が材料を全て揃えてくれた。量は膨大だったが、薬師候補生の実習も兼ね、今回の件に比べれば遙かにマシだ。
「火の雄牛の角って、これ……私たちに戦えってコトですか?」
北ヴィエートフィ大橋の袂でラクリマリス王国軍の部隊が全滅した。ファーキルに写真を見せられただけでも背筋が凍った。空を飛ぶ魔獣の群も居たが、火の雄牛の火球で鉄扉がひしゃげ、移動販売店見落とされた者は戻れなくなったのだ。
「あんまり無理するなとは言ってくれましたけど」
素材や薬を揃えられなかった時のことは聞かなかったのか、消え入りそうな声で言って、ファーキルは口籠った。
重苦しい沈黙の中、老婦人シルヴァが台所へ行き、みんなに香草茶のおかわりを淹れる。爽やかな香気に動揺が薄らいだ。
「運び屋さんは、ネモラリス島には行ったコトないそうです。でも、聖地までなら、連れてってくれるそうです」
ファーキルは、その対価には触れずに話を終えた。葬儀屋アゴーニが頷く。
「今、王都からは難民用の船がいっぱい出てるそうだからな。そこまで行けりゃあまぁ」
呪医セプテントリオーが、葬儀屋アゴーニに視線を送って発言する。
「王都ラクリマリスでしたら、私たちも【跳躍】できますよ」
「呪医、まさかそれっきり……なんてコトないでしょうね?」
老婦人シルヴァの声に棘が生える。湖の民の男性二人は応えなかった。
今、ゼルノー市に帰っても生活が成り立たない。それどころか、立入制限が解除されていないかも知れないのだ。
☆ドーシチ市では、商業組合長が材料を全て揃えてくれた……「0245.膨大な作業量」参照
☆ラクリマリス王国軍の部隊が全滅……「0302.無人の橋頭堡」「0303.ネットの圏外」参照
☆立入制限……「0128.地下の探索へ」「0168.図書館で勉強」「0181.調査団の派遣」「0190.南部領の惨状」「0304.都市部の荒廃」参照




