3413.報道が繋がる
租借地にある仮設アルブム港湾病院の病室に回診が来た。赤毛の女性院長と研修医のヴェスペルゴ王女、医療秘書官、看護師と護衛の物々しい一団だ。
赤で刺繍が施された白衣を纏うヴェスペルゴ王女が微笑む。
「あ、あら。もう起き上がって大丈夫なんですの?」
「治癒魔法の反動で倦怠感が残っています。今の状態では突然、力尽きて倒れることがあるので、あまり感心しませんね」
水色の刺繍が入った白衣の院長が、髪と同じ色の赤い眉を顰めた。
王女と同じ緑髪の護衛が、二人の会話を共通語訳する。
「すみません。部下と動画を見ていました」
「動画?」
デルタ伍長が頭を下げる。
共通語を解する護衛が首を傾げて、布団の上のタブレット端末を見た。
先に気付いたヴェスペルゴ王女がにっこり笑う。
「あぁ、これ、去年の国家再統合式典ね」
デルタ伍長は湖南語がわからないフリで無反応を貫く。
護衛の共通語訳を聞いて、部下が王女に端末を向けた。
「これ、お姫様っスよね?」
「あら、ホント。よくみつけましたわね」
アニメの魔法少女と同年代にしか見えない王女は無邪気に微笑むが、護衛の兵士は苦い顔で、右足を失ったバルバツム兵を睨みつける。
部下は空気を読まず、満面の笑みでヴェスペルゴ王女に応じた。
「お姫様が魔法少女みたいって話の流れで伍長が見せてくれたんっす」
「は? まほうしょうじょ?」
通訳を担当する護衛が微妙な顔で聞き返す。
部下は端末を素早く操作し、先程のアニメを再生させた。
「これっス」
院長と医療秘書官、看護師たちは明らかに苛立った顔だが、部下も王女も空気を読まずに動画を視聴する。
看護師の一人が諦めた顔で溜息を吐き、デルタ伍長の体温と血圧を測定した。
測定値を大判のタブレット端末に入力した医療秘書官が咳払いする。
「王女殿下、畏れながら申し上げます。患者はこの二人だけではございません」
「あッ、そうだったわ。ごめんなさいね」
ヴェスペルゴ王女は素直に謝ったが、目は名残惜しそうに端末を見たままだ。
……あれっ? 若く見える長命人種じゃなくて、リアル子供?
デルタ伍長は、ヴェスペルゴ王女もレーグルス王子のような長命人種の大人だとばかり思っていたが、自信がなくなった。
レーグルス王子は、黙っていればボーイッシュな女子高生に見えるが、百年以上生きてきた大人だ。
常命人種しか居ないバルバツム連邦なら、役所に表彰されるレベルの超高齢者と言える。だが、デルタ伍長たちの祖国には、彼と同い年の人物など居ないだろう。
ヴェスペルゴ王女が、院長の指導を受けながら魔法で二人を診察する。回診の一団は、慌ただしく病室を出て行った。
「お医者さんたち、忙しいんだから余計なもん見せるなよ」
「はい。すみません」
「端末返して」
お互い足が重傷で身動き取れない。部下は申し訳なさそうに端末を投げ返した。
デルタ伍長が、動画共有サイトからポータルサイトのニュースに表示を戻す。
バルバツム連邦のスラム街で子供が誘拐された記事が目に留まった。
スラム街ではよくあることらしく、警察はまともに捜査しない。住民の一部は、軍の車輌が誘拐に関与したと言うが、この記者は、目撃証言以外の証拠をみつけられなかったようだ。
アン主任研究員の非情な計画が脳裡を過る。
……これって、もしかしなくても、【魔力の水晶】の充填要員だよな。
デルタ伍長は、バルバツム連邦国防省兵器開発庁のシーザー研究員が、酒の勢いで漏らした愚痴で知った。
不法移民の子供が、魔力を持つ場合は【魔力の水晶】の充填要員として基地で飼い殺し、無原罪の清き民だった場合は口封じする。
軍の施設で魔力を充填させた【水晶】は、治癒魔法【癒しの風】の訓練を施して前線に送ったアーテル人の孤児に使わせる。
アーテル人の無原罪の清き民を「治癒魔法が使える衛生兵」にしたのは、無力だからだ。【魔力の水晶】がなければ、ただの子供に過ぎない。
彼らが送られたのは、アルトン・ガザ大陸南部の紛争地だ。自力では、逃げるどころか命を守ることすらできない。逆らえない状況に置くことで、「バルバツム連邦軍を絶対に裏切らない魔法使い」として便利に使えるのだ。
魔力を持つ不法移民の子に治癒魔法の訓練を施した方が、【魔力の水晶】が要らない分、安上がりだが、そんなことは決してしない。派遣先の紛争地で親戚や知人などが彼らを発見すれば、奪還される可能性があるからだ。縁も所縁もない土地であっても、自前の魔力で魔法を使えるなら、連邦軍から逃げてゲリラに合流する危険が付き纏う。
記事と研究員たちの話が繋がって、デルタ伍長は気持ちが沈んだ。窓に目を遣ったが、回診に来た看護師にカーテンを閉められてしまい、何も見えない。
端末に目を戻すと、関連記事のひとつが心に引っ掛かった。
バルバツム軍、不法移民を採用
犯罪歴と精神疾患の病歴のない不法移民限定の求人だ。軍務に就く間は正式な在留資格を与え、三年間、問題なく勤め上げれば、バルバツム国籍を与えると言う。
在留資格も国籍も本人だけで、家族については、記事のどこにも言及がない。家族や親戚と共に密入国した者は、一人だけ在留資格と国籍を得られても、家族と引き離されるのだ。
……え? 魔力のある不法移民が同僚になるかもってこと?
報告書に目を通して内容をきちんと理解したなら、魔力があるだけで魔法を使えない者をアーテル共和国に派遣することはないと思うが、デルタ伍長はイヤな予感がした。
端末が震え、メールの着信を知らせる。
デルタ伍長は、新聞社からの返信の早さに驚いた。
☆去年の国家再統合式典……「2932.大神殿の祭壇」~「2935.祈りを捧げる」参照
☆【魔力の水晶】の充填要員
アン主任研究員の非情な計画……「3251.情報収集任務」「3252.闇を知った兵」参照
スラム街で子供を誘拐……「3262.連邦の選挙戦」参照




