0341.命懸けの職業
「坊主、意外と器用だったんだな。うめぇじゃねぇか。ちょっと試しに被らせてみ?」
「ダメだッ!」
少年兵モーフが、おっさんの手から帽子をひったくる。完成したばかりの蔓草細工はまだやわらかく、モーフの手の中でしなった。
驚いた目を向けるメドヴェージに怒鳴る。
「見てわかれよ! こんな小っせえの、おっさんの頭に入るワケねぇだろッ! 壊す気かッ!」
「あぁ、ハイハイ、わかったわかった。俺が悪かったよ」
メドヴェージは肩を竦め、「何もそんな怒鳴らんでもいいだろうに、おぉ怖い怖い」とおどけた調子で言って作業に戻る。
ソルニャーク隊長は、レノ店長と一緒に呪医の所で情報収集中だ。
少年兵モーフは素材と完成品を持って、ロークの隣に移動した。後はせっせと手を動かし、日除けの帽子を編む。
おっさんがちんたら編む間に、モーフは小学生二人の分を編み上げた。小さいのなら、すぐ編み上がる。数をこなして練習して、一番いいのを渡したかった。
ピナたちは今、別の部屋で近所のねーちゃんアミエーラから教わりながら、夏用の服を作る。
みんなが暑さでやられないように慣れない作業を頑張ってくれているのだ。ピナのが兄貴、針で手を刺さないか、もう一人の妹を心配していた。
……どうやって作んのか知らねぇけど、危ねぇ作業なんだろうな。
道理で針子のアミエーラが高給取りで、近所の女連中にリボンやら何やら配り歩けるワケだ。納得と同時にピナが心配になる。
ピナの兄貴は口先で心配するだけで、素人の妹たちが危険な作業を手伝うのを止めなかった。
……人手が足んねぇからって、あんまりじゃねぇか。
それとも、彼らはフラクシヌス教徒だから、呪医をアテにしてそんなコトをさせるのか。イライラしながらも手は休めない。
「あっ……」
考えごとをしながら素材に伸ばした手が、ロークの指を掴んだ。慌てて放し、ついでに聞いてみる。
「なぁ、兄ちゃん、服作んのって、危なくねぇのか?」
「えっ?」
「店長が、針刺すのなんの言ってたから」
「あぁ……うん。大きい鋏も使うし、確かにうっかりしてると大怪我するかもしれないけど、気を付けてゆっくりやれば大丈夫だよ」
気を付けたくらいでなんとかなるものなのか、少年兵モーフは疑わしく思った。
それでは、自治区でモーフをコキ使った工員や工場長が「根性気合い入れてどうにかしろ」と言ったのと何も変わらない気がする。
「プロのアミエーラさんがついてるし、きっと大丈夫だよ。ミシンじゃなくて、手作業だし」
「みしんって何だ?」
「服を縫う機械。電動のはスゴイ速さで縫うから、うっかりしてると手を縫い込んじゃったりして、大怪我することもあるらしいけど、手作業だからそんなコトないし、大丈夫だよ」
「そ……そうなんだ」
少年兵モーフは、父を思い出してゾッとした。
何年も前に工場の機械に巻き込まれて亡くなった。弔慰金は、操業を止めた賠償金と相殺され、一家はただ、働き手を失った。
借金を背負わされなかっただけ、マシと思うしかなかったが、母と祖母は理不尽だと泣いた。
手だけなら死にはしないだろうが、近所のねーちゃんアミエーラは、そんな危険な仕事で稼いでいたのかと、尊敬と同時に空恐ろしくもなった。
「坊主、プロってなぁ何でも、命懸けで仕事してんだ。お前さんがそんな心配したって何もなんねぇぞ」
説教臭いことを言われ、少年兵モーフは思わずおっさんを睨んだ。だが、すぐにメドヴェージの職業を思い出し、表情を緩めた。
運転手は、あんな大きなトラックを動かすのだ。工場前で起きた交通事故、ゼルノー市を襲撃した時も、横転したトラックが民家や逃げ惑う市民を巻き込んだ。
レノ店長たちの料理やパン焼きには火を使う。下手をすれば、火傷するだろう。
クルィーロも工員だ。いつ、父と同じ目に遭わないとも限らない。
薬師アウェッラーナとあの湖の民の呪医が失敗したら、患者は死んで、葬儀屋アゴーニの手に渡ってしまう。
……そうか。自治区の外でもみんな、命懸けで働いてんだ。
少年兵モーフは納得して、手元の作業に集中した。時々自分の頭を触って大きさを確め、帽子の大きさと比べる。
ピナの頭は多分、モーフと同じくらいの大きさだろう。
大き過ぎず、小さ過ぎず、丁度いい大きさになるように編み進める。
……なんて言って渡そう。
他意も下心もないが、下手なことを言ってメドヴェージにからかわれ、ピナたちに迷惑が掛かると厄介だ。
あれこれ考えながら編み進め、完成間際に気付いた。
……服作んの忙しくて、当分、外で草取りなんかしねぇや。
拍子抜けした瞬間、どっと疲れが押し寄せた。
「ただいまー」
夕飯の準備中、老婦人シルヴァとファーキルが、ランテルナ島の街から戻った。
ファーキルは涼しそうな服だ。その半袖の胸元には爆弾の絵があり、傍にモーフには読めない文字が書いてある。何かの宣言だろうか。
メドヴェージもファーキルの服に気付いて笑いだした。ファーキルが赤くなって俯く。
「あぁ、いや、すまんすまん」
目尻の涙を拭いながら、おっさんが謝る。ファーキルはバツの悪そうな顔で横を向いてしまった。
「隊長、あれ、なんて書いてあるんスか?」
「ん? いや、知る必要はない。共通語でくだらない戯言が書いてあるだけだ」
ソルニャーク隊長は、ファーキルに気の毒そうな目を向けて言葉を濁した。
……何だよ、おっさんのクセに共通語、読めんのかよ。
モーフにはわからないのに、メドヴェージが共通語の冗談を理解し、笑い転げたことが悔しい。少年兵は吐き捨てた。
「おっさん、笑うな」
メドヴェージが、鳩が豆鉄砲でも食らったような顔でやっと笑い止んだ。だが、すぐニヤリとして言う。
「坊主、あれな、『お色気爆弾』って書いてあんだよ」
「それがどうしたってんだよ。あの兄ちゃんが自分で書いたんじゃあんめぇし。そんな笑ってやんなよ」
「あぁ、ハイハイ。悪かった、俺が悪かった。坊主にゃまだ早かったな」
ピナたちパン屋の三兄妹が配膳を始め、くだらないお喋りはそこで終わった。
☆もう一人の妹を心配……「0339.戦争遂行目的」参照
☆近所の女連中にリボンやら何やら配り歩ける……「0027.みのりの計画」「0098.婚礼のリボン」参照
☆工場の機械に巻き込まれて亡くなった……「0037.母の心配の種」「0038.ついでに治療」「0053.初めてのこと」参照
☆ファーキルは涼しそうな服……「0332.呪符屋で再会」参照




