3404.語られる事実
格安ホテルの一室で、フリージャーナリストに扮したラゾールニク少佐と魔装兵ルベルは、コールガールに身を窶した密入国者の魔女と対峙する。
ラゾールニク少佐はマコデス人記者の顔で、掃除の魔女ザフィーアに言う。
「君の事情を聞いて、俺たちに可能なコトなら、君の望みを叶えるのを手伝うって言うのに嘘偽りはない。これは信じて欲しい」
「それがこのインタビューの報酬ってワケ?」
汗で金髪が額に張り付いたザフィーアが、忌々しげに吐き捨てる。
魔装兵ルベルは、彼女の手首を掴んで石のように動かない。
ラゾールニク少佐が水を向けた。
「バルバツム軍に復讐したいって、家族を殺されでもしたのか?」
「人殺しの手伝いでもしてくれるって言うの?」
ザフィーアが唇を笑みの形に歪める。
少佐はさらりと答えた。
「俺たちも、バルバツム軍には迷惑してるんだよね」
「マぉデス……だっけ? バルバツム軍ってあんな遠くにも行ってるの?」
「マコデス共和国。俺たちの国には居ないけど、近所のアーテル共和国には十年くらい駐留してて、あいつらのせいでアーテルや隣近所の国で魔獣が増えて違法薬物も蔓延して、そのせいで物価も上がって、その内マコデスにまで薬物汚染が広がるんじゃないかって気が気じゃないんだ」
ラゾールニク少佐が、虚実織り交ぜてすらすら語る。
「えぇ……? どう言うコト?」
「ザフィーアさん、ニュースとか見ない派の人?」
「そんな余裕、あるワケないでしょ。祖国に居る間は忙しくてそれどころじゃなかったし、今は端末も何も持ってないし、新聞は拾ったのを偶に読むくらいよ」
「ドラクラ共和国出身で、こんなに共通語会話が上手くて、新聞が読めるくらい語学力高いって、かなり高学歴だよね?」
ラゾールニク少佐は、声に魔力を籠めずに聞いた。
「私の学歴なんか聞いてどうするの?」
「取材対象者の属性がわかれば、出来事の背景の解像度が上がるからだよ」
「ホントに記者なのね」
ラゾールニク少佐が声に魔力を籠めて聞く。
「ザフィーアさん、ドラクラ共和国に居た頃の職業が何だったか教えてくれ」
「くッ……うぅ……じゅ……ッ呪医……」
ザフィーアの顔が歪み、大粒の涙がこぼれる。
魔装兵ルベルは思わず彼女の手首から手を放した。
ザフィーアが、ベッドに突っ伏して泣き崩れる。丈の短い花柄のワンピースから白い腿が丸見えになり、ルベルは慌てて目を逸らした。
ラゾールニク少佐が頭を掻いて天井を仰ぐ。
「あー……わかった。それ以上は事情を言わなくていい。何でバルバツムで娼婦やってるか、よくわかったよ」
魔装兵ルベルは取材鞄を漁り、鎮花茶の小袋と【無尽の瓶】を出した。【操水】を唱えて宙にカップ一杯分の湯を沸かし、乾燥した花を一個だけ投入する。
ホテルの客室に甘い香りが漂い、ザフィーアの嗚咽が啜り泣きに変わった。
魔装兵ルベルはベッドに転がる珈琲カップを拾い、鎮花茶を淹れて書き物机に置いた。
ラゾールニク少佐がやさしい声を出す。
「そう言うコトなら、記事にしないよ」
「い……いい……の?」
ザフィーアは泣き腫らした顔を上げた。
「君は、バルバツム軍の捕虜になった【青き片翼】学派の呪医だろ?」
「ど、どうしてそれを?」
ザフィーアが蒼白な顔で聞く。
「ニュースでやってたよ。バルバツム兵が、ゲリラを治療してた呪医を捕虜にして穢したって」
ラゾールニク少佐が言うと、ザフィーアは無言で首を縦に動かした。身を起こしてワンピースの裾を整える。
「だから、敢えて【白鳥の乙女】を解除してもらわないでバルバツムに来て、【白鳥の乙女】の報復を使って復讐してる。そうだろ?」
ザフィーアはこれにも頷いた。
魔装兵ルベルは、あまりのことに言葉も出ない。
ラゾールニク少佐は寂しそうな笑みを浮かべた。
「それを記事にしたら、バルバツム人に警戒されるじゃないか。他の娼婦も商売あがったりだし、ドラクラ共和国とかの紛争地で今後、バルバツム軍が問答無用で呪医を殺す可能性もある。記事にするのは危険過ぎる情報だ。違うかな?」
「……そうね」
「俺たちは、ザフィーアさんの復讐を邪魔する気はないし、貴重な呪医が殺されるような危険も冒したくない」
「あなたたちは、ホントにそれでいいの?」
ザフィーアが疑わしげな目で、自称マコデス人記者を見る。
「バルバツムのマスコミはみんな“奇病”って報道してるけど、魔法文明圏の住民なら一目見ただけで【白鳥の乙女】の報復だってわかるし、バルバツム軍が何やらかしたかもわかるから、あいつらを助けようなんて思わないだろう。ドラクラ政府もわかってて、バルバツム連邦疾病予防管理局の調査にとぼけてるんだろうし」
「あなたたち、ドラクラ人じゃないのに見逃してくれるの?」
魔装兵ルベルは、書き物机の前に立ったまま言った。
「ラキュス湖周辺地域では、フラクシヌス教って言う多神教の信仰が盛んで、湖の女神……古代の偉大な呪医を神格化した神様とかの信仰が篤いんです」
「女性の呪医にそんなコトするなんて、湖の女神派のフラクシヌス教徒にとってはとんでもない大罪なんだよ」
「そ……そう……なの……?」
ザフィーアが戸惑う。
ラゾールニク少佐が拳を固めて憤ってみせる。
「人道上も許せるワケないだろ。産婦人科の病院を敢えて攻撃するとか、あいつら無茶苦茶じゃないか」
「それもニュースになったの?」
ザフィーアが目を見開く。
「でも、バルバツムの報道機関だから、事実がどうだったか、わからないんだ」
「記事にはなんて書かれてたの?」
魔装兵ルベルが記事の内容を要約する。
ザフィーアの目から再び涙が溢れ、血を吐くような声で叫んだ。
「嘘よ!」
「どこがどう嘘か、教えてもらっても、大丈夫?」
ラゾールニク少佐が気遣う。
ルベルは、珈琲カップに鎮花茶をもう一個投入して沸かし直した。
「産婦人科の病院がゲリラの資金源なワケないじゃない! ゲリラなんて来ないし、普通の妊産婦とその家族だけよ! ゲリラに参加してる人が混ざってたとしても、拠点になんてしてない!」
「産婦人科の【青き片翼】学派って、帝王切開とかの担当だよね?」
ラゾールニク少佐が確認する。
「そうよ。お産は二十四時間三百六十五日待ったなしなの! ゲリラの治療なんかする暇ないわ!」
「だよねぇ。忙しくて新聞読む暇もないよね」
ラゾールニク少佐が苦笑して、魔装兵ルベルを見た。
ルベルは鎮花茶の小袋をザフィーアの手に握らせた。
「これ、取材のお礼です」
「えっ? これは、何?」
「あれっ? ドラクラにはありませんか? 鎮花茶って言う気持ちを落ち着かせる作用がある薬用茶なんですけど」
「シんかチゃ? 知らないわ」
「ラキュス湖周辺地域ではありふれた薬草で、病院でも処方しますけど、お茶屋さんや喫茶店でも売ってますよ」
「依存性とか」
「ありませんよ」
「そ……そう……有難う」
ザフィーアが顔を上げて、ルベルの目を見て礼を言う。
「手ぶらじゃ帰れないから、なんでスラムの掃除してたかだけ教えてくれる?」
ラゾールニク少佐が、マコデス人記者の表情を作って聞いた。
☆記事の内容……「3391.制裁発動範囲」「3392.合理的な判断」参照
 




