3403.魔女への取材
格安ホテルに“出前”された金髪のザフィーアが、珈琲カップを放り出してルベルから飛び退った。淹れたてのホット珈琲がベッドに茶色い染みを広げる。
魔装兵ルベルは珈琲カップをベッドに置いて立ち上がった。
「あなたも魔法使いね?」
「やっぱりわかりますか」
魔法使いならば、着用中の【編む葦切】学派の術を組込んだ服に触れれば、防禦魔法の呪文と呪印を巡る魔力の流れがわかる。
「さっきからそこ、何回も見るけど、誰か居るの?」
ザフィーアがクローゼットに顎をしゃくる。
ルベルは無言で距離を詰め、ザフィーアの手首を掴んだ。何の情報も得られないまま【跳躍】で逃げられるワケにはゆかない。
「別にあなたを当局に突き出したりとか、そう言うんじゃないんで、聞いてもらえますか?」
「まず、何者か聞かせてくれる?」
ザフィーアはルベルの手から逃れようともがいたが、単純な腕力の差が大きく、諦めた顔で聞いた。
魔装兵ルベルは、ひとつ深呼吸して答える。
「俺はマコデス共和国から来たフリージャーナリストです」
「記者? マぉデスって?」
「マコデス共和国。チヌカルクル・ノチウ大陸西部にある小国です」
「知らないわ」
「そうですか。ラキュス湖はご存知ですか?」
「キルクルス教の聖典に載ってるらしいわね。世界最大の塩湖」
「ラキュス湖の南岸にある国なんです」
ザフィーアは手の力を抜いた。
魔装兵ルベルは油断せず、掃除の魔女の手を放さず続ける。
「魔法使いだってバレたら査証取るの大変だから、力なき民のフリで入国したんです」
「成程ね。あなたも当局にバレたくないワケだ?」
「そうなんです」
ルベルは赤毛の頭を掻いて愛想笑いを浮かべた。
ザフィーアが油断なくクローゼットに目を遣って聞く。
「で、そこに居るのは何者?」
「黒服の人、ドアの外で聞いてたりしません?」
「車に戻る決まりよ」
「先輩です。店員さんが一人でも、客が二人だったら料金高くなるから」
「料金も誤魔化したの?」
ザフィーアが呆れて笑う。
「今は週刊誌と契約してますけど、フリーだから予算がつかなくて」
「どこも大変なのねぇ……本来の用件じゃないのね?」
「取材ですけど、お店にホントの目的言ったら断られそうな気がしたから」
ザフィーアが大袈裟に溜息を吐く。
ラゾールニク少佐が、ノートパソコンを抱えてクローゼットから出て来た。【操水】を唱えてベッドにこぼれた珈琲を回収する。少し考える顔をしたが、珈琲を宙に漂わせてトイレに行った。
珈琲を流してベッドに戻り、ノートパソコンで地図を開く。
「バルバツムがここで、これがラキュス湖。んで、マコデス共和国はここ」
「実在の国なのね」
画面を覗いてザフィーアが頷く。
「で、そんな遠くからわざわざ来て、何の取材?」
「取材は、同胞がバルバツムで開催された模型の世界大会で金賞を受賞した件だけど、ホテルでニュース見てたら気になるネタを色々みつけて、折角ここまで出張したし、帰国までまだ時間あるから、ついでにそれも取材しようかなって」
ラゾールニク少佐が、澄んだ瞳ですらすら言葉を並べる。
ザフィーアが喉の奥で笑った。
「貧乏性なのねぇ」
「週刊誌で没になっても、SNSやユアキャストでバズれば交通費くらいにはなるんで」
ラゾールニク少佐が、ザフィーアを油断なく窺いながら半笑いで言う。
「わかったわ。何が聞きたいの?」
「ユアキャストで話題の掃除の魔女ってあなた一人ですよね?」
魔装兵ルベルが聞くと、ザフィーアは目を見開いて息を呑んだ。
「……どうして……そう思ったの?」
「どうって……ユアキャストにある掃除の魔女の動画、顔は違いますけど、みんな同じ服で耳飾りも同じで、声まで同じだから、【化粧】の術で顔を変えてるのかなって」
「やっぱり、魔法使いにはわかっちゃうわよね」
掃除の魔女ザフィーアは大きく息を吐いた。
ラゾールニク少佐が無邪気を装って聞く。
「着替えればいいんじゃないかな?」
「着の身着のままで逃げて来たから、魔法の服と装飾品はあれしかないのよ。流石にこんな丸腰でスラムに入れる程、強くないから」
「逃げて来た? どこから、何から……差し支えなければでいいけど?」
「私の個人的な事情まで記事にする気?」
「載るかどうかはともかく、記者の習性みたいなもんです」
ザフィーアは、ラゾールニク少佐と魔装兵ルベルを交互に見た。
「逃げないから、手を放してくれる?」
「えーっと……?」
ルベルは手を放さず上官を窺った。
「記事にするかは編集長が決めるけど、俺たちで何か力になれることがあったら手伝うよ?」
「さっき、没になってもユアキャストとかに出すって言わなかった?」
「俺たち次第だけど、匿名がよければ、配慮するよ」
「出すのは確定なワケね?」
「高い料金払ったのに手ぶらで帰れないよ」
ラゾールニク少佐がにっこり笑う。
掃除の魔女関連動画の再生リストが最後まで回り、ホテルの客室が静まり返る。
ラゾールニク少佐が笑みを消して命じた。
「ザフィーアさん、この部屋に居る間だけ、俺の質問に嘘偽りなく本当のことを答えてくれ」
掃除の魔女ザフィーアは、無言でマコデス人の記者を見詰めて応えない。
魔装兵ルベルは、彼女の手首を掴む手に汗が滲んだ。
「ザフィーアさんはどこの出身で、何から逃げてバルバツム連邦に密入国したんだ?」
「ドラクラ共和国出身で、バルバツム兵と地元民から逃げ……ひゅっ」
ザフィーアは息を呑み、自由な手で口を押さえた。顔からみるみる血の気が引いてゆく。
ラゾールニク少佐は声に魔力を籠めて淡々と質問を続ける。
「ザフィーアさん、バルバツム兵から逃げたのにバルバツムに密入国したのは何故だ?」
「復讐ッ……これッ……魔力……バルバツム軍に復讐する為よ」
ザフィーアは歯を食いしばろうとするが、口が勝手に答えるのを止められない。
少佐が頷いてみせる。
「うん。魔力、俺の方が強いみたい。って言うか、ラキュス湖周辺住民は大抵、アルトン・ガザ大陸南部の住民より魔力強いから、諦めた方がいいよ」
「そんな……!」
「現にわざわざ力ある言葉で【強制】や【制約】を唱えなくても、答えを強制できてるだろ?」
ラゾールニク少佐に力の差を突き付けられ、ザフィーアは項垂れた。
「普通、取材の為にここまでする?」
「俺たち、明日の飛行機で帰国するから、機会を逃したくないんだ」
「最悪!」
ザフィーアが視線に憎悪を籠めて少佐を睨みつける。
……なんか、可哀想になってきたなぁ。
「何とでも言ってくれ。俺たち、これが仕事なワケだし」
ラゾールニク少佐が、魔装兵ルベルの目を見て言う。心を見透かされた気がして、ルベルはザフィーアの手首を掴んだ手に力を籠めた。
 




