0340.魔哮砲の確認
呪医セプテントリオーは、レノが不快感も露わに吐き出した言葉をやんわり否定した。
「それは多分、ついでだと思います」
「他のふたつが主な目的か」
ソルニャーク隊長が、記事を切り取る手を休めず、吐き捨てるように呟いた。
湖の民の呪医は小さく頷いて続ける。
「アーテルは何らかの手段で、魔哮砲の存在を知ったのでしょう」
「えッ?」
「自治区民の救済を口実に開戦し、実戦投入させ、本当に魔法生物なのか、確認したかったのだと思えてなりません」
「えぇッ?」
レノは湖の民の眼を見た。
若葉色の瞳が揺るぎなくレノを見詰め返す。確信の光を宿した視線が、星の道義勇軍のソルニャーク隊長に向けられた。キルクルス教徒のテロリストはそれを受け留め、口を開く。
「我々……星の道義勇軍の上層部は、アーテルとラニスタと繋がっていた。第三国を経由して部品にバラし、分散して武器を密輸し、武装蜂起後も、支援を受けられる筈だった」
レノが息を呑む。
隊長はそれに構わず、静かな声で語った。
「だが、実際はあの通りだ。自治区外にも協力者が居たが、彼らが無事に逃げられたか」
「協力者ってどう言うコトですか?」
レノは堪え切れず、口を挟んだ。呪医セプテントリオーも、緑の瞳を驚きに見開いてソルニャーク隊長を見る。
「言葉通りの意味だ。自治区外にもキルクルス教徒が存在する」
「えぇッ?」
「フラクシヌス教に改宗したフリをして、密かに信仰を守る者たちだ。アーテルに魔哮砲の情報を伝えたのは、恐らく、隠れ信徒だろう」
ソルニャーク隊長は、隠れキルクルス教徒の協力内容も、詳細に語った。
車輌と潜伏場所の提供、ありふれた市販品を材料に作った爆薬と爆弾、毒ガスや食糧、燃料も備蓄し、提供した。
ソルニャーク隊長たちの部隊は、市民病院を破壊した後、セリェブロー区の支援者宅で休息する予定だった、と言う。
……そんな……そんなコトって!
言葉を失うレノに代わって、呪医セプテントリオーが言った。
「ネモラリス軍の機密を知り得る立場の者にも、居るのですね」
「そうだろうな。そこまで大物でなくとも、例えば、国営放送のゼルノー支局長なども、そうだろうな」
「どうして……」
レノはどうにか声を絞り出したが、震えてかすれた。
「君も、放送局の廃墟は見ただろう。職員は、空襲前に避難していた。本来ならば最後まで留まり、情報収集して国に報告し、国民に避難を呼び掛けねばならんにも関わらず、だ」
その為、放送局の建物は【巣懸ける懸巣】学派の術が幾重にも施され、厳重に護られるのだ。
爆風で一部の窓ガラスは割れたが、内部は概ね無事だった。特に、放送機材などが置かれたスタジオなどは、ほぼ無傷と言える。
床に血痕はなく、放送局の職員が空襲前に逃げたのはわかったが、まさかそんな理由だとは、全く思いもよらなかった。
呆然とするレノを置いて、ソルニャーク隊長が言う。
「モーフは、作戦の詳細を知らない。内通者の存在も、各小隊長などを除いて知らされていない。玄関に目印を付けた家に行き、住人を人質に取って作戦を継続せよとだけ伝えられた」
「何故です? 何も知らない隊員が、内通者を殺してしまいませんか?」
湖の民の呪医が首を傾げる。
「内通者側には、どう伝えられたか知らん。我々は、彼らを人質にし、イザとなれば殺すよう命じられた」
「えッ? 味方なのに?」
レノの驚きに、ソルニャーク隊長は頷いた。
「改宗したと偽り、信仰を守ったまま自治区外でぬくぬくと暮らす者を……例えば、モーフのような子が、許すと思うか?」
レノと呪医が同時に息を呑む。
……俺が、もし……モーフ君の立場だったら?
「伝えない方が、生存率は高そうですね」
「その内通者たちも、支局長同様、空襲前に逃げたか、我々のように何も知らされず、火の海に投げ出されたか」
呪医の言葉を肯定し、ソルニャーク隊長は新聞を切抜く手を止めてレノを見た。
「自治区民救済の為などと言う開戦理由は、呪医の言う通り、まやかしだ」
「ラクリマリス王国も、薄々気付いていたのでしょうね」
呪医セプテントリオーが立ち上がり、木箱から一冊のファイルを取り出した。パラパラ捲り、目当てのページを開いてローテーブルに置く。
ラクリマリス王国による湖上封鎖の範囲図だ。
東はフナリス群島の東端から、西は湖西地方の岸辺まで、広範囲に亘る。
「あっ……?」
レノは思わず声を上げた。
ラクリマリス領の島々上空の通過は許さなかったが、封鎖範囲の西側、ネーニア島西の沖合は封鎖後もアーテル空軍の飛行を看過した。
湖上飛行が禁止でないなら、東周りのルートでネモラリス島へも行ける筈だが、封鎖以降はランテルナ島以東の飛行を許さなかった。
「わざと、そこだけ通したのでしょうね。人口が少なく、万一、戦闘に巻き込まれても、住人を避難させやすいネーニア島西部で、ネモラリス軍……魔哮砲を観察したのでしょう」
「魔哮砲に何度も迎撃させ、アーテルだけでなく、ラクリマリスも、あれが魔法生物であるとの確証を得たのか」
「流石に、そこまではわかりません。国連の査察結果はシロでしたし」
二人の言葉と共に先日の空を埋めた大部隊が、レノの頭の中を通り過ぎてゆく。舌が強張り、声が出なかった。
「湖上封鎖は、湖南地方の船舶を保護する為でしょうね」
「だろうな」
ソルニャーク隊長は頷いたが、レノにはピンとこない。首を傾げると、湖の民の呪医はわかりやすく説明してくれた。
「巡礼や物資の輸送は【跳躍】と【無尽袋】でもできます。【編む葦切】学派の職人さんは大変でしょうが、袋代を上乗せしても、大したことはないでしょう」
「同時に、湖南地方の両輪の国々が結託し、アーテルを物価の高騰で兵糧攻めにする口実も与えているのか」
「そうでしょうね」
湖南地方の国々は主に水運で貿易する。陸続きの国々でも、陸路では魔物や魔獣に阻まれ、大量輸送できない。
ラキュス湖にも魔物や魔獣は居るが、湖の女神パニセア・ユニ・フローラのご加護がある分、陸地より安全だ。
麻袋に【無尽】の術を掛け、容量を増やした【無尽袋】では、液体や生き物を運搬できない。燃料や飲料などの液体や、生きた家畜や生鮮食品は輸出入が難しくなり、需給バランスが崩れて価格が上昇する。
航空機に追い付ける魔物や魔獣は滅多に居ない為、空輸も比較的安全だが、船便に比べて輸送量は少なく、輸送コストが上昇する。
それでも、戦闘に巻き込まれるよりマシと判断したのだろう。
「この間、魔哮砲が行方不明になったと言うニュースを見ました」
「何ッ?」
珍しく、ソルニャーク隊長が驚きの声を上げた。レノは声も出せない。呪医セプテントリオーは、二人の動揺に構わず続けた。
「ゲリラの諜報員が、インターネットのニュースで見たと言っていました」
「でも……まだ……戦争、続いてますよね?」
「アーテルの三つ目の目的は、三界の魔物の再来を招きかけた“悪しき魔法使い”を根絶やしにすることでしょう」
呪医セプテントリオーの声は、他人事のように冷静だった。
☆星の道義勇軍の上層部は(中略)分散して武器を密輸……「0036.義勇軍の計画」「0042.今後の作戦に」「0043.ただ夢もなく」「0088.憎しみ消えて」「0162.アーテルの子」参照
☆実際はあの通り……「0056.最終バスの客」参照
☆自治区外にも協力者が居た/自治区外にもキルクルス教徒が存在……「0035.隠れ一神教徒」参照
☆車輌と潜伏場所の提供、ありふれた市販品を材料に作った爆薬と爆弾、毒ガスや食糧、燃料も備蓄し、提供……「0052.隠れ家に突入」参照
☆国営放送のゼルノー支局長/放送局の廃墟……「0129.支局長の疑惑」参照
☆爆風で一部の窓ガラスは割れたが、内部は概ね無事……「0109.壊れた放送局」参照
☆国連の査察結果はシロ……「0269.失われた拠点」参照
☆自治区民救済の為などと言う開戦理由……「0078.ラジオの報道」参照
☆湖南地方の両輪の国々が結託……「0285.諜報員の負傷」参照
☆魔哮砲が行方不明になったと言うニュース……「0278.支援者の家へ」参照




