0339.戦争遂行目的
昼食には、ソルニャーク隊長が獲った水鳥を焼いて出した。十二人で二羽を分けると、一人一口分にしかならないが、パンと野草料理もあり、みんな満足そうだ。
レノはホッとして、午後の用事に頭を巡らせた。
……今日の分のパンはもういいから、薬草と蔓草の下処理と……呪医の手伝いくらいか。
呪医は、老婦人シルヴァが先日持って来た古新聞で、情報を整理する。
ファーキルが、ここではインターネットが見られないと言ったので、最新情報はラジオだけが頼りだ。
ラジオは聞き逃せば終わりだが、新聞は何度でも読み返せる。
……シルヴァさんが戻ってきたら、野菜を植えていいか聞こう。
リンゴや杏など、果樹の苗はまだそうでもないが、野菜の苗は、そろそろ蔓草で作った育苗ポットが窮屈になってきた。
実が生るまで居られないかも知れないが、呪医たちに食べてもらえばいい。自分たちで食べられなくても、枯らしてしまうよりはずっといい。
……他に、俺でもできることって……呪文の練習くらいなもんか。
カンペを見ながらだが一応、呪符を発動させられた。もう少し頑張れば、【魔力の水晶】の力を借りて、魔法を使えるようになるだろう。
ティスの明るい声が、レノを現実に引き戻した。
「お兄ちゃん、もう少しでTシャツできるからね」
「そうか。あんまり急いで、指に針刺したりしないように気を付けてくれよ」
「大丈夫だもん」
「ほら、その油断が危ないんだってば」
「もーっ!」
ティスが頬を膨らませ、ピナが苦笑する。ドーシチ市の屋敷で安定した日々を過ごせたお陰か、空襲直後より口数が増え、笑顔も見られるようになってきた。
レノは、こんな他愛ない遣り取りが戻ったことを感謝した。あの暗い冬の日が二度と訪れぬよう、神々に祈る。
薬草と蔓草の下処理は、採りに行った五人で作業すると、あっという間に終わってしまった。
「では、資料の整理をしてくる」
「あ、俺も」
レノが立ち上がると、ソルニャーク隊長は意外そうに見たが、頷いてくれた。
資料室に使う部屋は、元々書斎だったらしい。壁際に大きな本棚がふたつ並ぶ。隅には横倒しにした木箱が置かれ、紙ファイルがぎっしり詰まる。
照明器具はないが、部屋は明るかった。天井に魔法の【灯】が点る。他の部屋から持ち込んだらしいローテーブルには、新聞の切抜きとコピー用紙、糊と鋏が一丁あるが、ソファには呪医セプテントリオーの姿はなかった。
ソファの脇に二カ月分くらいの新聞が積んである。
「どんな記事を取ってるんですか?」
「主にこの戦争に関するコトだ。国際面と政治面、社会面、それから、経済面と暮らし面も見る」
「経済と暮らしも、ですか?」
「アーテル人の生活への影響を見るのだ」
レノには、それを知ってどうするのかわからないが、取敢えず頷いた。
木箱から「経済」と書かれたファイルを抜いて、パラパラ捲る。「ラクリマリス王国の湖上封鎖で、物価が軒並み上がった」と報じた湖南経済新聞と星光新聞の切抜きが目に入った。
……アーテルって港がないのに、湖上封鎖の影響って?
「おや……」
席を外していた呪医セプテントリオーが戻ってきた。レノはファイルを閉じ、軽く会釈する。
「お手伝いします」
「そうですか。それでは……糊付けをお願いします」
呪医セプテントリオーが新聞を読んで記事を色鉛筆で囲み、ソルニャーク隊長が切り、レノが貼る。文字が読めなくてもできる作業だ。
何故、手伝いたいと言った少年兵モーフをあんな風に遠ざけたか気になったが、何となく聞き難い。
レノは黙々と手を動かし、カテゴリと日付毎に分けて、切抜きを貼り付けた。
その手が、ふと止まる。
星光新聞の経済面だ。テロに起因する個人商店の廃業件数の推移と、その解説が載る。
三月から五月までのまとめで、棒グラフが酷い状態を主張する。
六月分はまだ集計中だが、アーテル軍がテロリストの拠点を壊滅させた為、被害は激減した、とある。
レノの手が止まったことに気付き、ソルニャーク隊長が手元の記事を見た。
「アーテル本土にも拠点があったそうだが、軍の空襲で本土の拠点は全て失われたそうだ」
レノは何も言えず、作業を再開した。
切抜きを貼付けるだけの単純作業だが、視界に入る見出しや記事で心がどんどん重くなる。
アーテル空軍の大編隊がネーニア島へ出撃したが、邪悪な魔術で一機も帰還しなかった、とある。
レノは、北ヴィエートフィ大橋で見たあれのことだ、と直感した。
空襲前に全て迎撃できたのか、双方に大きな被害が出たのか。少なくとも、あの何百機もの戦闘機のパイロットは、一人も生き残れなかっただろう。
ソルニャーク隊長に森で言われた言葉が、胸を刺した。
勝者はなく、得るものもない……
何故、戦争になったのか。何故、まだ続くのか。どうすれば終わるのか。
手元の記事のどこにも、その答えはなかった。
緑髪の呪医セプテントリオーが一日分に目を通し終え、翌日の朝刊を手に取る。
「ここ数カ月のラジオのニュースや新聞、シルヴァさんが街で聞いてきた話などを総合すると、アーテル政府の目的が見えてきました」
「アーテル政府の目的……?」
「戦争遂行の目的……と言い換えましょうか。私見ですけどね」
レノが聞き返すと、呪医セプテントリオーは、わかりやすく言い換えて説明を続けた。
「目的は恐らく、三つあります」
「三つ……?」
「ひとつは、自治区の救済……あわよくば、周辺地域も含めて飛び地として領有し、銅山を手に入れたいのでしょう」
「採掘しても、鉱石をアーテルに運べないんじゃありませんか?」
「この辺りの空には、大型の魔物があまり居ませんから、空輸するつもりだと思います」
レノの質問に、湖の民の呪医は簡潔に答えた。
アーテル共和国は、キルクルス教を国教とする科学文明国で、魔道機船を一隻も保有しておらず、港も整備しない。
ラキュス湖には女神のご加護がある為、陸地より魔物や魔獣は少ないが、それでも、全く居ないワケではない。
輸送や旅客、漁労の船舶は全て【魔除け】などの各種防護を施され、魔力を動力源とする魔道機船でなければ、あっという間に餌食になる。
湖南地方では、アーテルとラニスタ以外の国々の貿易は、主に貨物船で行われるのだ。
「銅山……カネ目当てで戦争したってコトですか?」
クブルム山脈の主要な鉱床は、ラクリマリス王国領に属するが、東端のゼルノー市など、ネモラリス共和国領側にも、小さな鉱床はある。
ピスチャーニク区が奪われては、ゼルノー市の復興が立ちゆかなくなる。
スカラー区にあるレノたちのパン屋の再建も、できなくなってしまうだろう。
☆老婦人シルヴァが先日持って来た古新聞……「0261.身を守る魔法」参照
☆蔓草で作った育苗ポット……「0271.長期的な計画」参照
☆空襲直後より口数が増え……テロ直後は喋れなかった「0056.最終バスの客」参照
☆ラクリマリス王国の湖上封鎖……「0127.朝のニュース」「0144.非番の一兵卒」「0154.【遠望】の術」「0161.議員と外交官」「0285.諜報員の負傷」参照
☆アーテル軍がテロリストの拠点を壊滅/アーテル本土にも拠点……「0269.失われた拠点」参照
☆邪悪な魔術で一機も帰還しなかった……「0309.生贄と無人機」参照
☆北ヴィエートフィ大橋で見たあれ……「0307.聖なる星の旗」参照
☆東端のゼルノー市など(中略)小さな鉱床はある……「0044.自治区の生活」参照




