3378.魔力と階層化
マコデス人のモガール記者に扮した魔装兵ルベルは、バルバツム人の誤解を解く為に情報を与える。
「魔法文明圏では、魔力の強さや作用力……魔力操作の特性によってできるコトが違うので、階層分けとか福祉の施策とかがあるんですよ」
「具体的に……どのような違いがあるのですか?」
生物学者のアルバ教授が、この場の三人を代表して聞いた。
モガール記者は澱みなく説明する。
「例えば……先程の彼女のような魔法戦士ですけど、一定以上の強い魔力がないと、攻撃魔法の呪文を正確に唱えても効果が発動しません。生まれつき魔力の弱い人は魔法戦士になれないんですよ」
「成程。貴族は魔法戦士と言うコトですか?」
アルバ教授が理解を示した。
「基本的にそうだと習いました。領民を守る為に結界を構築して維持して、魔獣を討伐するのが貴族の重要な仕事だから、貴族の夫婦から魔力の弱い子が産まれた場合は、能力に見合う仕事に就かせる為に分家するとかなんとか」
「あなたの祖国マコデス共和国では現在、元貴族はどうしているんですか?」
アルバ教授が更に聞いた。
セルヴス少年が、期待に満ちた目でマコデス人のモガール記者を見詰めて待つ。
「大抵は現在も軍人ですね。資本家として起業して都市に住んで、経済活動と結界の維持を両立したりとか、政治家や公務員になる人も多いです」
「民主主義になっても、社会の要職は、かつての貴族に独占されていると言うコトですか?」
……イヤな聞き方するなぁ。
モガール記者は、表情を抑えて教授に答えた。
「さっきも言いましたけど、魔力が弱いと魔獣を相手に戦えませんから、強い人を募集すると、軍でも警備会社でも魔獣駆除業者でも、上位は元貴族にならざるを得ないんですよ」
「生まれつきの能力で仕事と収入が決まっちゃうんですね」
クォーツ青年が眉間に皺を寄せる。
モガール記者はムッとしたが、表情には出さずに答えた。
「努力も必要ですよ。単に魔力が強いだけだと、魔獣にとってはご馳走でしかありませんから、魔法の修業が人一倍、必要だそうです」
「魔力がなくても高収入の仕事に就いてる人は大勢居ますよ」
「どんなお仕事ですか?」
ラズールイ記者に扮したラゾールニク少佐が言うと、中学生のセルヴス少年が食いついた。
「医者とか弁護士とか、何か資格が要る仕事」
「えぇ~ッ? バルバツムと一緒?」
セルヴス少年は、ラズールイ記者の答えに露骨にがっかりした。
兵役義務でアーテル共和国に派遣された経験のあるクォーツ青年が驚く。
「え? 医者って、魔法で治療するんじゃないんですか?」
「科学のお医者さんも大勢居るって言うか、呪医が一人も居ない病院の方が多いんですよ」
「あぁ……処女と童貞限定だから」
クォーツ青年が微妙な顔になる。
セルヴス少年が、食卓を挟んで向かいに座る赤毛の大男に上目遣いで聞いた。
「えっと……何で可愛いお医者さんの画像がやたら回って来るかわかります?」
「それを俺に聞かれても……拡散した人に聞いた方がよくない?」
モガール記者が困惑すると、セルヴス少年は、拡散された投稿のコメント欄を開いた。
〈告発動画で犯人って言われてる王族出身の医者のご尊顔〉
〈美少女じゃん〉
〈逆に襲われる側じゃね?〉
〈動画の女の人、親より年上の男って言ってなかった?〉
拡散者の投稿に続いて、閲覧者の指摘が並ぶ。
〈これはその王族の若い頃の肖像画〉
〈なんだ絵か〉
〈幾らでも盛れるじゃん〉
〈若い頃の絵って……今の写真とかねぇの?〉
〈ほらよ。動画〉
別の閲覧者が動画のURLをコメント欄に貼り付ける。
埋め込み表示されたのは、クアエシートル記者が数年前、国立ルフス港湾病院で呪医セプテントリオーにインタビューした動画だ。
このコメントでの再生数だけでも、既に十万を超える。
〈嘘だろ?〉
〈何をどうすりゃこの美少女がこんなくたびれたおっさんになるんだよ?〉
〈完全に別人で草〉
〈普通に考えて、娘か妹だろ〉
〈絵と動画を解析して比べたら、骨格が九十九.九九パーセント一致って出た〉
〈マジか〉
〈本人?〉
「え? これってホントですか?」
セルヴス少年が、食卓に置いたタブレット端末を指差して、マコデス人の記者を見る。
モガール記者は頷いた。
「うん。郷土資料館の説明には、二十五歳の肖像画って書いてあったし、動画は割と最近の同じ人だよ」
「この人も書いてますけど、なんでこんな別人レベルに」
セルヴス少年が困惑する。
生物学者のアルバ教授と、隣人の元バルバツム兵クォーツ青年も、微妙な顔でモガール記者を見た。
ラズールイ記者が半笑いで応じる。
「そりゃそうだ。この絵が描かれてから四百年以上経ってるんだよ?」
「四百年?」
バルバツム人三人が声を裏返らせた。
「長命人種だから、今でもまだ中年だけど」
そう言うラズールイ記者ことラゾールニク少佐も長命人種だ。外見は二十代後半くらいに見えるが、実年齢はその十倍以上だろう。
常命人種のバルバツム人三人が、それぞれ自分の端末で同じ画像を表示させ、穴が開きそうなくらい凝視する。
「強いて言うなら、三百六十五連勤とかしてるからじゃないかな?」
「さんびゃくろくじゅうごれんきん」
アルバ教授とクォーツ青年が、内臓がひっくり返りそうな声を出した。
固まった大人たちに代わって中学生のセルヴス少年が聞く。
「休みなしで一年働き続けたとか、マジですか?」
「直近は七年連続だよ」
ラズールイ記者がさらりと言うと、バルバツム人の大人二人が悲鳴を上げた。
「この絵が描かれた時代も今も、軍の魔獣討伐部隊は交代で休みなしの毎日稼働ですど、軍医も呪医も人数が少ないから、滅多に休めないんですよ」
クォーツ青年が、モガール記者の答えに困惑する。
「えぇ……? でも、ウチの軍医は普通に休み取ってましたけどね?」
「その軍医さんって科学のお医者さんで人数多いんだろ? この絵の軍医は王族だから国民の命を背負ってるし、猶更休めないと思うよ」
「え? えぇ、まぁ、ウチの国は普通に交替できる人数居ますけど?」
「休んだら国民が死んじゃうし、交代要員が居ないから、魔法文明圏では、魔法使いのお医者さんも軍医もなかなか休めないんだよ」
「それはまぁ……我が国の救急病院も似たようなものですが」
アルバ教授が、ラズールイ記者の説明を聞いて溜息を吐いた。
セルヴス少年が首を傾げる。
モガール記者が付け加えた。
「魔法文明圏ではどこでもそうなんですけど、軍医は魔獣討伐の現場に出て、その場で魔獣に襲われた生存者の治療をします。出動しなかったら、わかりやすく死者が増えるんです」
クォーツ青年は青褪めて首を縦に振った。彼は兵役義務でアーテル共和国に派遣され、実際に呪医の治療を受けた経験がある。
セルヴス少年は、納得した顔で頷いた。
「あぁ……それは休めないですよね」
「この国の救急病院のお医者さんも同じだよ」
アルバ教授が繰り返した。
「ただいま」
「こんにちは」
「あの化け物、やっつけてくれたんだって?」
セルヴス少年の母ベリス、農家のクラムベとセンクロスが食堂に入って来た。
アルバ教授がノートパソコンの電源を落として言う。
「やっつけたのは魔法戦士ですよ」
「その人は……どこに?」
クラムベとセンクロスが、台所に隣接する食堂を見回す。
「じゃ、俺たちは次の取材先へ行きますんで」
「お邪魔しました」
ラズールイ記者が腰を浮かし、モガール記者も慌てて立ち上がった。
ベリスが引き留める。
「あっ、あの人を呼んで下さったお礼を」
「いいですいいです。俺ら何もしてませんし」
ラズールイ記者が片手をひらひら振ってすり抜け、モガール記者とアルバ教授も続く。
「教授、忘れ物ありませんか?」
「ウェアラブルカメラも返してもらいましたし、大丈夫ですよ」
アルバ教授が食卓を振り返り、モガール記者に笑顔を返した。
☆呪医セプテントリオーにインタビューした動画……「2773.域外に伝える」~「2782.視聴者の質問」参照
☆三百六十五連勤とかしてるから……倒れた「3341.暗いニュース」参照
 




