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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十六章 連携

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344/3513

0338.遙か遠い一歩

 七月の暑さはキツいが、植物の生命力は旺盛だ。

 ゴミ袋が次々いっぱいになる。むっとする草熱(くさいき)れの中、冬服の(そで)を捲くったくらいでは大して涼しくならず、みんな汗だくになった。


 「そろそろ水を飲みに」

 「シッ!」

 ソルニャーク隊長がレノを黙らせ、手振りでしゃがませる。四人はよくわからないまま、指示に従った。暑さとは別の汗がこめかみを伝う。


 隊長が足下の石を拾った。視線の先は広場だ。草地に水鳥の群が舞い降りる。岸が近いからだろう。のんびり草を(ついば)み始めた。

 ソルニャーク隊長が足音を殺して数歩、広場に近付く。幻術のお陰か、水鳥の群はまだ気付かない。


 隊長が続けざまに石を投げた。

 幻の木立を素通りし、草を啄む水鳥を不意打ちする。一羽の頭に当たり、身体が斜めに飛ぶ。異変に気付いた鳥が警告と驚愕の声を上げ、一斉に飛び立った。


 少年兵モーフとメドヴェージも石を拾い、飛ぶ鳥の群に力いっぱい投げつける。

 モーフの石はかすりもせず、メドヴェージの石は鳥の胴に当たったが、落とせなかった。


 群が飛び去った後には、翼をぐったり広げた鳥の死骸がふたつ取り残された。

 「あれだけ居ながら、たったの二羽か」

 ソルニャーク隊長が自嘲し、拾いに行く。少年兵モーフが慌てて後を追った。メドヴェージが苦笑しながら、新品のゴミ袋の口を広げる。


 レノは大きく息を吐いた。知らず知らず、肩に力が入ったらしい。ロークはただ驚きに目を見開く。

 普通はそんなやり方で鳥を獲れない。



 「有難うございます。肉の処理もありますし、もう戻りましょう」

 「そうだな」

 レノがメドヴェージ、ロークはモーフと手を繋ぎ、別荘の庭に送り届けた。レノは袋を預け、一人残ったソルニャーク隊長の元へ駆け戻る。



 力なき民のレノたちは、【魔力の水晶】などの道具がなければ、決して越えられない。【結界】に隔てられたこの一歩は、(はる)か彼方の道程(みちのり)よりも遠かった。



 「お待たせしました」

 「いや、構わん」


 「……あの、さっきみたいなのも、訓練で?」

 「必要に迫られて、だ。畑を荒らす鳥を追い払い、食糧も調達できる。一石二鳥と言うワケだ」

 「畑……農家の方だったんですか」

 「子供の頃の話だ。そんなコトを聞いて、どうする」


 (とが)める口調ではない。

 純粋に向けられた問いが心に刺さり、レノは返答に詰まった。いっぱいで持ち切れず、取り残された袋を拾い上げ、胸の奥から言葉を押し出す。


 「あの運河でも思ったんですけど、隊長さんって、星の道義勇軍の他の人たちとは、何か違うなって」

 静かな光を宿した瞳が、レノに先を促した。


 ここまで言ったからには、もう後には引けない。レノは思い切って言うことに決めた。背筋を伸ばし、湖のように澄んだ瞳を見詰め返す。


 「何て言うか……キルクルス教徒だけど、狂信してるワケじゃなくて……テロの種類が星の(しるべ)とは全然違うって言うか」



 信仰に基づいて結束したところまでは同じだが、行動原理と目的が全く異なる。

 キルクルス教原理主義団体「星の標」は、複数の国から国際テロ組織に指定される。()しき(わざ)を用いる魔法使いの根絶が主な目的だ。

 リストヴァー自治区の星の道義勇軍は、ネモラリス政府の偏った政策で自由と最低限の生活保障を奪われ、瀕死の状態から立ちあがったように見える。



 「信仰の証として魔法使いを殺すんじゃなくて、生命と信仰を護る為に仕方なく立ち上がった……みたいな」

 「だが、結果は同じことだ。君たちの街と家族を奪い、こちらも壊滅した。勝者はなく、得るものもない」

 虚しいだけの戦いだった、と言いたげに睫毛(まつげ)を伏せた。湖と同じ色の瞳が(かげ)る。


 レノはずっと胸に溜まっていた問いを口に出した。

 「店は焼けたし、父さんと母さんも……でも……どうしてだか、自分でもわからないんですけど、何故か、隊長さんたちを憎めないんです」

 ソルニャーク隊長が目を上げる。


 「仇の筈なのに、こうして傍に居て、一緒に何かするのがイヤじゃない」

 「そうか。他の者は知らんが、私も、魔法使いと行動を共にし、その手伝いをすることに嫌悪感はない」


 梢がそよぎ、熱された空気が動いた。


 「幼い頃は、レーチカ市付近の農村に住んでいた。内乱中も、近所の魔法使いの子と何も考えずに遊んだ。親にみつかれば叱られるから、内緒でな。モーフたち若い世代が、君たちや魔法使いをどう思うかは、わからん」

 束の間、悪戯っぽい笑みを浮かべたソルニャーク隊長の目が、ここではないどこか遠くを見詰める。


 レノは、憎しみはなくとも、許せないことを言い出せず、幻の樹木を見上げた。遮られずに降り注ぐ夏の日差しが、大地の色をした目を射る。レノは目を細め、見えない青空から視線を逸らさなかった。



 「おーい、大丈夫かー」

 メドヴェージの声だ。帰りが遅いのを心配する。

 二人は手を繋いで【結界】を越えた。

☆あの運河でも思った……「0062.輪の外の視線」~「0065.逃げ場はない」参照

☆星の標……「0005.通勤の上り坂」「0293.テロの実行者」「0325.情報を集める」参照

※ 星の標と星の道義勇軍の違い……「0213.老婦人の誤算」参照

☆複数の国から国際テロ組織に指定……「0213.老婦人の誤算」「0284.現況確認の日」「0325.情報を集める」参照


☆君たちの街と家族を奪い

 街が壊滅……「0016.導く白蝶と涙」参照

 レノたち……実家の店「0021.パン屋の息子」、一家離散「0022.湖の畔を走る」、父死亡「0071.夜に属すモノ」参照

 クルィーロたち……一家離散「0040.飯と危険情報」参照

 アウェッラーナ……実家炎上「0008.いつもの病室」、父射殺「0012.真名での遺言」、一族離散「0024.断片的な情報」参照

 ローク……実家炎上&家族の安否不明「0096.実家の地下室」「0097.回収品の分配」参照


☆こちらも壊滅……「0013.星の道義勇軍」~「0015.形勢逆転の時」「0020.警察の制圧戦」「0043.ただ夢もなく」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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