3373.魔装兵と住民
三日後。
ラゾールニク少佐と魔装兵ルベルは、マコデス人のフリージャーナリストに扮してリラシナ大学を再訪した。
アルバ教授のワゴン車で、森の東側にある田舎町へ向かう。途中、コンビニエンスストアの前で、作業服姿の中年女性を拾った。
バルバツム連邦のリゴー宅に家政婦として派遣された魔装兵ラーヅカだ。予備の【化粧】の首飾りで顔を変え、全くの別人に見えるが、目印の白薔薇を持つ。清掃員が着るような作業服姿で、外からは見えないが、【鎧】仕様の各種防護の術が掛けてある。
「こんにちは。研究に協力しますから、私のコト、内緒にして下さいね」
作業服姿の中年女性が流暢な共通語で言い、人差し指を立てて唇に当てた。
今日のワゴン車には、先日の学生二人は居ない。生物学者のアルバ教授とマコデス人の記者二人の三人だけだ。
「心得ております。失礼ですが、魔獣を退治できると言うのは本当ですか?」
アルバ教授はワゴン車を発進させ、バックミラー越しに中年女性を見た。
中年女性が、作業服の襟の中から銀の鎖を引っ張り出して、鳥を象った装飾を無言で指差す。
「その首飾りが……何か?」
信号で停車し、アルバ教授は運転席で身を捻って振り返った。
ラズールイ記者に扮したラゾールニク少佐が、タブレット端末に徽章の画像を表示させて言う。
「魔法文明圏全体で使われる共通の身分証ですよ」
「首飾りが身分証なんですか?」
画像に付された説明文が湖南語で、バルバツム人のアルバ教授には読めない。
「魔法使いの国際組織“霊性の翼団”が発行する専門家の身分証です。大昔は襟に着ける大きな徽章だったそうですが、時代が下るにつれて鎖を付けて首飾りにする人が増えて、今では鎖なしで使う人は居ませんね」
「記者さん、聖者様の信徒なのに詳しいですね?」
信号が青に変わり、教授が前を向いて聞いた。
「マコデス共和国とか、魔法文明圏の国では常識ですからね」
「それは何の専門家の身分証なんですか?」
アルバ教授が頷いて、バックミラー越しに聞く。
清掃作業員に扮した魔装兵ラーヅカは、徽章を服の中に仕舞いながら答えた。
「私は【急降下する鷲】学派の魔法戦士です」
「魔法戦士……きゅうこうかするワシ、と言うのは?」
「攻撃魔法を駆使して戦う戦士です。流石に武器は持ち込めませんから」
「あなたの故郷では、どんな武器を使っていたのですか? バルバツムで調達できるものでしたら、購入してから行った方がよくありませんか?」
アルバ教授が気を揉む。
不法移民の魔装兵ラーヅカは、さらりと答えた。
「魔法の効果が付与された短剣です」
「えッ……?」
「キルクルス教の聖典にある光ノ剣より高性能なもので、この国では手に入りませんし、駆除対象が跳び縞だけなら、魔法だけで充分です」
アルバ教授は、森の東隣の町に到着するまで、無言でハンドルを握った。
キャベツ畑を丸坊主にした窃盗団か得体の知れない生物を恐れてか、畑にも農道にも人っ子一人居ない。たった一台のワゴン車は、不気味に静まり返った田舎町を孤独に走り抜けた。民家の近くを通っても、庭先にすら人影がない。
一行は雑貨屋に寄らず、直接、セルヴス・ペル・エンニス宅に向かった。
魔物を召喚してしまったセルヴス少年が門前で待ち構え、傍らには母親と若い男性も控える。
「おはようございます」
「怪物をやっつけてくれる人、連れてきてくれたんですよね?」
アルバ教授は挨拶したが、中学生のセルヴス少年は挨拶もそこそこに、ワゴン車から降りて来た面々を見回した。ベリスが息子の襟首を掴んで小言を言う。
モガール記者に扮した魔装兵ルベルは思わず聞いた。
「セルヴス君、学校休んだのかい?」
「悪事をしでかした責任として、ちゃんと見届けさせないといけませんから」
母親のベリスがきっぱり言う。
ラズールイ記者とモガール記者は頷いて、金髪の若い男性に視線を向けた。
「隣に住んでるクォーツと申します。なんか、俺がアーテルの話をしたのがきっかけみたいなんで、申し訳ないコトしちゃったなと思って」
クォーツと名乗った青年は、猟銃を手に一歩進み出た。
三日前に聞いたセルヴス少年の話によると、クォーツは元バルバツム兵だ。兵役義務でアーテル共和国に派遣され、魔獣の襲撃を受けて、租借地の病院で治療を受けた経験がある。
清掃員に扮した魔装兵ラーヅカが呆れた顔で聞く。
「そんな物で何する気です?」
「え? 加勢しようかなって」
クォーツ青年は戸惑いながらも答えた。
中年女性のラーヅカが、クォーツ青年の猟銃を鼻で笑う。
「話に聞いた大きさだと、魔獣は既に銃が通用する大きさではなくなってるみたいですけど?」
「えっ? えッ? えぇッ?」
クォーツ青年が猟銃とラーヅカ、セルヴス少年に目まぐるしく視線を移し、アルバ教授に縋るような目を向けた。
生物学者のアルバ教授が淡々と告げる。
「足跡からの推定ですが、象より大きい可能性が高いのです」
「えぇッ?」
「足手纏いですから、ここで待機して下さい」
清掃員に扮した中年女性のラーヅカが冷たく言い放つ。
クォーツ青年は、赤毛のモガール記者を指差した。
「えッ? こっちのゴツいお兄さんじゃなくて、おばさんが行くんですか?」
「そのお兄さん、記者だよ」
セルヴス少年がクォーツ青年の袖を引く。
……どっちも魔装兵だけど、俺、【飛翔する蜂角鷹】学派だから、攻撃魔法は苦手なんだよな。
モガール記者に扮した魔装兵ルベルは、これまでの戦闘で【光の矢】などを外した苦い思い出が脳内を駆け巡った。【飛翔する蜂角鷹】学派の魔法戦士は、偵察と防禦が主で、他の学派の魔法戦士と連携して戦うことが多い。
「これ、この子から、手付けの呪符です」
モガール記者が、セルヴス少年から預かった【魔除け】の束をラーヅカに渡す。
ラーヅカが呪符の束を作業服のポケットに捻じ込み、地元民を見回して凄んだ。
「今回だけ特別に魔獣を始末してあげるから、私のこと、役所や警察には内緒にしててくれる?」
「は、はいッ! それはもう……よろしくお願いします。町の人たちには家から出ないように言ってありますので」
ベリスが背中に定規でも入れられたように背筋を伸ばした。
……あぁ、それで人っ子一人居なかったんだ。
ここに来るまでの畑にも道にも、人の姿が全くなく、乗用車や農機すら見かけなかった。
モガール記者は、住民が魔獣を恐れて外出を控えたと思ったが、エンニス家からの要請だったのだ。
 




