0337.使用者の適性
昨日、老婦人シルヴァが大量の物資を持って来た。
針子のアミエーラに型紙の本を三冊渡すと、さっさとどこかへ【跳躍】した。
老婦人が運んだ【無尽袋】の中身は、菜種油が入った一斗缶五つ、蓋付きプラ容器が二百個入った段ボール箱が五箱、ゴミ袋が三束、小麦粉の大袋が三袋だ。
針子のアミエーラは、型紙をもらってすぐ作業を始めたが、魔法使い二人には休んでもらった。
「婆さん、金持ちなんだな」
メドヴェージが荷物を運びながら言う。レノも手伝いながら、老婦人シルヴァの資金源が気になった。
大量に用意したのは、伝統的な素焼きの壺ではなく、掌大のプラ容器だ。軽くて割れ難く、持ち運びやすい。薬師アウェッラーナが作る魔法薬の内、傷薬はゲリラの治療に使うのだろう。
……他の薬は、武器や食糧に交換するんだろうなぁ。
暗い気持ちになりながら、アウェッラーナの作業部屋に菜種油と容器を置く。
「クルィーロ、薬作る魔法って、別に条件ないんだろ? 使えるようになったりしないのか?」
「俺じゃムリだよ」
アウェッラーナ一人では大変だろうと思い、幼馴染に声を掛けてみたが、あっさり言われた。
……なんでやる前から諦めてんだよ。力ある民の癖に。
少なくとも、力なき民のレノよりずっと可能性はあるのだ。クルィーロは、レノのそんな心中を察したのか、少し困った顔で説明した。
「アウェッラーナさんがやってんのって、スゲー細かい作業なんだ」
「細かい?」
「例えば、【操水】で湖の水を汲んで、そこから水とその他の物に分けるのは、俺でもできる。塾で、できるようになるまで練習させられたから」
レノは、クルィーロが塾をサボってふたりで遊び回ったのを思い出した。あんなに修行をサボりまくってもできるくらい、淡水化処理は簡単な操作らしい。
「でも、アウェッラーナさんがやってんのは、水から塩だけ抜くとか、銅だけ抜くって操作なんだ」
レノとメドヴェージは、同時に首を傾げた。
この説明で正しいらしく、薬師アウェッラーナは口を挟まず遣り取りを見守る。
クルィーロは、手振りを交えて説明した。
「塩と砂糖の粉が混ざってる中から、手作業で塩と砂糖に分けるみたいなモンなんだ」
「そいつぁムリだな」
メドヴェージが苦笑し、レノは絶句した。
魔法使いのクルィーロが申し訳なさそうに頭を掻く。
「確かに、【思考する梟】学派の術は、術者の霊的資質や身体的条件は関係ないし、魔力もそんな強くなくていいけど、そう言う細かい作業と、素材の霊的な性質の組換えって言う……なんて言うか、才能が要るんだ」
薬師アウェッラーナが、作業台の向こうで小さく頷いた。
「そうなんだ。じゃ、ドーシチ市の学生さんたちって……」
「志願者の中から試験で選んだエリートだったんだろうな」
薬師候補生たちは、アウェッラーナの簡単な説明を聞いて、実演を少し見ただけで、すぐに自力で魔法薬を作れるようになった。
それを見て、簡単にできるものだと思い込んだのが恥ずかしくなり、レノは言葉を失った。
「じゃ、お二人さん、後はヨロシク。俺ら、森へ素材集め行ってくらぁ」
「お気を付けて」
「ご安全にー」
メドヴェージが陽気な声でレノを促し、魔法使いの薬師と工員は小さく手を振って二人を送り出した。
今日の午前は、薬師アウェッラーナとクルィーロは魔法薬作り、針子のアミエーラとピナ、ティス、アマナは夏服作り、星の道義勇軍とレノ、ロークは森へ素材集めに行く予定だ。
葬儀屋アゴーニは、朝食後すぐネーニア島のザカート市の拠点へ【跳躍】し、呪医セプテントリオーは、シルヴァが持って来た古新聞の束から情報収集する。
暇な者など一人も居なかった。
……まぁ、でも、敵地でヒマしてると、不安で頭おかしくなりそうだもんな。
五人は、素材を入れるゴミ袋と護身用にカッターナイフを持って、隠された別荘の門を出る。蝉の声が降る森を少し進むと、一瞬で視界が切り替わった。
レノたちは木立の間に散らばって、蔓草と薬草、食べられる野草を集めに掛かった。幻の樹木や薮が邪魔で、本物の草が見えない。手探りで引き抜き、手元で見て確認する。
少年兵モーフが、飛び出したバッタを捕え、満面の笑顔でロークに見せびらかした。メドヴェージが、モーフの手元を見てニヤリと口を歪める。すぐ真顔に戻り、何も言わずに草を引き抜いた。
「この虫、食えるんだ」
「……へぇ。バッタっておいしいの?」
「苦い」
「そうなんだ」
モーフはバッタの脚と頭をもいで、袋に入れた。
レノは、美味しく食べられるレシピを考えた。以前、講習会で食べた蝉の素揚げは、海老に似た味で割と美味しかった。揚げれば、大抵の味は誤魔化せるだろう。だが、モーフが殺してしまったので、糞を排出させられないことに気付いた。
……いつも、下処理も待てないくらい、飢えてたのか。
少年兵モーフの手慣れた動作に、レノは胸が詰まった。苦くても、飢えを満たす為に食べるしかない暮らしがどんなものなのか、はっきりとは想像できない。
高校生のロークは否定も肯定もせず、作業を続けながら少年兵モーフのそんな話を聞いた。
☆ドーシチ市の学生さんたち……「0255.魔法中心の街」→「0266.初めての授業」参照
☆幻の樹木……「0316.隠された建物」~「0318.幻の森に突入」参照




