3362.中学生に尋問
中学生のセルヴス少年は、唇を引き結んで貝のように口を閉ざす。
先に質問した金髪の男子大学生が、困った顔をアルバ教授に向けた。だが、初老の生物学者も、困った顔で首を横に振るだけだ。
自宅の応接間を話し合いの場として提供したキャベツ農家のクラムベが、険しい顔でセルヴスと母親のベリスを見詰める。
フリージャーナリストに扮したラゾールニク少佐が声に魔力を乗せ、推定・魔獣の召喚者に共通語で命じた。
「セルヴス君、俺の質問に嘘偽りなく答えなさい。いいね?」
バルバツム人の大半は、力なき陸の民のキルクルス教徒だ。
ラキュス・ラクリマリス王国軍の佐官の魔力で命じられれば、子供のセルヴスは【強制】の術を使うまでもなく、力ある言葉ですらない共通語の命令でも、ひとたまりもない。
「セルヴス君、この町の近くの森の奥へ行って、魔法の道具を使って魔物を呼出したのは、君だな?」
「は……はい……俺です」
セルヴスは顔を強張らせた。意思に反して口が動いたことに恐怖したのだろう。
母親が息を呑んで固まる。
……少佐、この子が後で「口が勝手に動いた」とか言うの、どうやって誤魔化す気だ?
同じくフリージャーナリストに扮した魔装兵ルベルは気が気でなかったが、余計な口を挟まず、マコデス人の記者に扮した少佐の尋問を見守る。
「セルヴス君、魔物を呼出すのに使った魔法の道具は、どこでどうやって手に入れたんだ?」
「SNSで聖典の護符を検索したら、安く売ってくれるアカウントをみつけて、その人に連絡したら、どうして護符が欲しいのか聞かれて、言い難かったらこっちで話そうって言われて、別の匿名SNSで色々話したら、他のも一緒に売ってくれました」
「別の匿名SNSって、どんなの?」
「一日でメッセージが消えるヤツです」
「あぁ、あれ。アカウント作ったんだ?」
「はい」
警察にみつかると危ない遣り取りは、証拠の残らない匿名SNSでしたのだ。公開のSNSには、当たり障りのない会話だけが残る。
……まぁ、でも、俺たちの任務は、バルバツム連邦で違法な呪符の売買を取締ることじゃないし。
魔装兵ルベルは、バルバツム連邦の警察に情報提供すれば、呪符を使用する召喚テロを未然に防げると思ったが、沈黙を守る。
今のところ、バルバツム連邦の市街地で召喚テロが発生したと言うニュースは、見た覚えがなかった。
地元民たちの誰かが必要と判断すれば、この話を警察に持ち込むだろう。
「セルヴス君、これが、その人に売ってもらった聖典の護符と他の呪符だな?」
ラズールイ先輩が、ローテーブルに並べた【魔除け】の呪符と【召喚符】を一枚ずつ手に取って聞くと、セルヴスは無言で頷いた。
「こっちの呪符は、聖典に載ってる善き業の【魔除け】だから、別にいいんだけど、こっちは、幽界から魔物を呼出す【召喚符】で、俺たちが住んでるマコデス共和国でも、他の魔法文明国でも禁止されてる悪しき業の呪符なんだ。バルバツム連邦でも、持ってるだけで犯罪なんだよ」
ラズールイ先輩が【魔除け】の呪符をテーブルに戻し、【召喚符】をセルヴスに突き付けた。べリスが言葉もなく我が子を見詰める。
「セルヴス君、この魔法陣が描いてある布も一緒に落ちてたけど、これはどこでどうやって手に入れたんだ?」
「ネットで検索して、自分で作りました」
「この【魔力の水晶】は、どこでどうやって手に入れたんだ?」
「護符を売ってくれた人が、これがあれば呪符の効果が上がるし、魔物を強くできるからって、一緒に売ってくれたんです。【水晶】で強化した聖典の護符があれば、俺は魔物に襲われなくて済むからって」
「こんなたくさんの呪符と【魔力の水晶】を買うおカネ、どうやって手に入れたんだ? その人が安く売るって言っても、バルバツム連邦ではどっちもとても高価なものだよね?」
「学費の積立金……俺名義の口座だったから、全部出して、リゴルネットの通販ギフト券にして払いました」
セルヴスが諦めきった顔で答えると、母親のべリスは顔を両手で覆って泣き出した。
クラムベが、紅茶が入ったカップにティーポットの鎮花茶を継ぎ足して、べリスの前に置く。
「奥さん、気をしっかり」
「う……うぅう……セルヴス……なんでこんな馬鹿なコトを……」
セルヴスは母親から目を逸らした。
「セルヴス君、学費を使い込んでまで知らない人に大金を払って、犯罪に手を染めて、呼出した魔物を使って何をする気だったんだ?」
「俺……学校でいじめられてて……いじめっ子の前で魔物を呼出したら、あいつらビビッてもういじめなくなると思って、森で試しに呼んでみたんです」
答えたセルヴス少年の顔が苦しげに歪む。
アルバ教授と大学生二人が、中学生のセルヴスに同情の目を向けた。
小麦農家のセンクロスが、泣きそうな顔で言う。
「そんなの、俺に言ってくれりゃ、そいつらとっちめてやったのに」
セルブスは近所のおじさんを見たが、何も言わなかった。
ラズールイ先輩が、地元民の反応に構わず尋問を続ける。
「セルヴス君、魔法陣と呪符、どちらを使って魔物を呼出したんだ?」
「両方使いました。最初は魔法陣でやってみたけど、何も起こらなかったんで、呪符を使いました。そしたら、魔物が出て来たんで、あの人に言われた通り、【魔力の水晶】を食べさせて」
モガールに扮した魔装兵ルベルは、思わず溜息と小言を洩らした。
「今回は草食性の大人しい種類の魔物だったから、君は無事に逃げられたけど、肉食の凶暴な種類だったら、真っ先に食べられてたのは、君なんだよ」
「えッ? どう言うコトですか?」
セルヴス少年が、赤毛の大男に向き直る。
母親のベリスも、顔を覆った手を除けて、泣き腫らした目をマコデス人のモガール記者に向けた。
「あのね、【召喚】の術って、現世と幽界を隔てる扉を開くだけの魔法なんだ。出て来る魔物は選べないし、よっぽど強い魔力がない限り、魔物を操ったりとかもできないし、実体のない魔物なら聖典の護符で防げるけど、魔力を与えて実体化させた魔獣は、そんなものでは防げない。呪符とか売った人は、君がどうなってもいいと思ってるんだよ」
「う……嘘だッ! だって、あの人は俺の話、真剣に聞いてくれたし、いじめっ子のやっつけ方も一緒に考えてくれたし」
「おいおい……ネットで知り合ったどこの誰かもわかんない奴をなんでそんなに信用できるんだ?」
キャベツ農家のクラムベが呆れる。
黒髪の大学生が息を呑んだ。
「呪符とか届いてるってコトは、その何者かわかんない犯罪者に大金払って住所と名前、教えちゃったってコトだよね?」
「あッ!」
母親のベリスと農家の男性二人が同時に叫んだ。




