3358.誰が何の為に
「あ、これ、充電切れてるな」
フリージャーナリストのラズールイ先輩が、切り株の傍でタブレット端末を拾って呟く。
リラシナ大学のアルバ教授と地元農家二人は、薄気味悪そうに木立の間を見回した。男子大学生の二人は、記者が拾った端末に怯えた目を向ける。
「この森って、普段から人の出入り、結構あるんですか?」
フリージャーナリストのフリをするモガールが聞くと、地元の農家二人は首を横に振った。
「この森は地区の共有財産なんですけど、そんな頻繁に入る人は居ませんね」
「どんな時に入るんですか?」
「材木が要る時くらいなもんですよ。十人くらいで入って、何人かで猟銃を持って狼とかを警戒して、木を伐ったらすぐ帰ります」
「割と立派な道が通ってましたよね?」
モガール記者に扮した魔装兵ルベルは、首を傾げてみせた。
キャベツ畑の持ち主が、ライフルの銃口を西へ向けて説明する。
「それは、反対側の町へ行く道ですよ。車で通り抜ける分にはまぁ、鹿や猪とぶつからない限り、特に何もないんで」
モガールが疑問を深掘りする。
「町のみなさんは、茸狩りとか、鹿狩りとかしないんですか?」
「鹿や猪は、わざわざ森に入らなくても、畑を荒らしに来た奴を返り討ちにするだけで、食べきれないくらい獲れるんですよ」
「茸は、ビニールハウスで原木栽培してるけど、ここらで野生のを採る奴は居ないな」
もう一人の農家も断言した。
黒髪の男子学生も質問する。
「茸狩り、好きな人って一人も居ないんですか?」
「学生さん。野生の茸ってのはな、襞の中に小さい虫がびっしり居て、塩水に浸けて追い出さなきゃ、とてもじゃないけど食えないんだよ」
「一晩中、水に浸け込んでも、虫が全部出るワケじゃないし、バケツに浮いた虫を見ただけで食欲失せるし、女の人は特に嫌がるぞ」
キャベツ農家ともう一人が言うと、黒髪の男子学生は後悔した顔で頷いた。
モガールはもう一度、切り株が点在する一角を見回した。
ラゾールニク少佐が扮したラズールイ先輩の周囲には、くしゃくしゃに丸められた布と羊皮紙、ガラス細工のようなものが点々と散らばる。
ラズールイ先輩が、落ち葉の上に散らばるキラキラしたものを見て言った。
「これ、【魔力の水晶】じゃないかな?」
「じゃあ、この羊皮紙は何かの呪符ですか?」
モガールも、推定【魔力の水晶】に触れないよう、慎重に足を運んでラズールイ先輩の傍に行く。
羊皮紙を一枚拾うと、魔力を吸われる感覚があった。
……どっかで見たような呪符だな。
モガールが初めて見る複雑な呪印の周囲で、力ある言葉が円を描き、その下にも力ある言葉の単語が三行並ぶ。
黙読したモガールはギョッとして森の木立を見回した。
……これ、【召喚符】だ!
気付くと同時に神学生ヂオリートがショッピングモールで魔獣を召喚した様子が脳裡に蘇った。
初老のアルバ教授が布を拾って広げようとしたが、大き過ぎて一人では無理だ。
「ちょっと端を持ってくれんか」
学生二人は顔を見合わせたが、どちらからともなく教授に近付いて、白い布の端を指先で摘まんで左右に分かれた。ダブルベッド用のシーツ二枚分くらいの大きさで、二人が手を上げても地面に垂れて全体が見えない。
布にも魔法陣が描いてある。
力ある言葉の文字の形は、子供が書いたようにたどたどしいが、単語は正確だ。
「こっちは【魔除け】だな。それは何?」
ラズールイ先輩も、呪符を拾ってモガールに共通語で聞く。
モガールは、自信なさそうな表情を作って共通語で答えた。
「知ってる単語を拾い読みした感じ、もしかしたら【召喚符】じゃないかなって思うんですけど」
「えッ?」
ラズールイ先輩が驚く。演技か本当に驚いたのかよくわからない。
「しょうかんふって、なんですか?」
金髪の男子学生が、そこだけ湖南語で言った単語を微妙な発音で聞いた。
ラズールイ先輩がモガールの隣に来て答える。
「魔物を幽世から呼出す呪符で、魔法文明圏の大抵の国では禁制品だよ。作るのも使うのも違法だし、持ってるだけでも逮捕される」
「悪しき業の道具なんですか?」
金髪の学生がモガールに怯えた目を向けた。
「そうですね。普通に魔道犯罪ですけど、何でこんなものがこんな所に?」
モガールに扮した魔装兵ルベルは、本当にワケがわからず首を捻った。
ここがラキュス・ラクリマリス王国なら、【明かし水鏡】と【鵠しき燭台】で、所有者とこの森で何があったかが簡単にわかるが、キルクルス教国であるバルバツム連邦には、そんな気の利いた魔法の道具はひとつもない。
アルバ教授が、学生二人が広げた布をタブレット端末で撮影しながら言う。
「大聖堂が聖典を全文公開して、魔法を容認する姿勢を示して以来、護符の輸入が増えましたが、それは、聖典に記された善き業の合法的な【魔除け】や【灯】ばかりではありません」
「イケナイ呪符が密輸されるようになったってコトですか?」
ラズールイ先輩が聞くと、アルバ教授は苦い顔で頷いた。
「アルトン・ガザ大陸南部のマフィアが、合法・非合法問わず護符や呪符を密輸してかなり儲けているようです」
「そんなに需要あるんですか?」
モガールは思わず聞いた。
「なんせ、我が国ではそれを製造できませんからね」
「あぁ……でも、聖典の全文公開で、善き業の呪符を欲しがる人が増えたから」
「アルトン・ガザ大陸南部に観光で行った人たちが、現地価格で買って、オークションサイトとかフリマアプリとかで、すんごい値段つけて売ってますよ」
モガールが頷くと、黒髪の男子学生がもう一方の手でポケットから【魔除け】の呪符を出した。
アルバ教授が眉間に皺を寄せて黒髪の男子学生を見る。
ラズールイ先輩がモガールの手から【召喚符】を取って言う。
「昔から、オカルトマニアが興味本位で【召喚符】を手に入れたり、魔導書の写しを見て【召喚】の魔法陣を描いて魔物を召還する事件、あっちこっちの国でありますけどね」
「化け物をわざわざ呼出してどうするんです?」
キャベツ畑の持ち主が、ラズールイ先輩の手に渡った【召喚符】に汚いものを見る目を向けて聞いた。
ラズールイ先輩は、何でもないことのように答える。
「それなりに修行を積んだ魔法使いなら、呼出した魔物を使い魔として従えられます」
「えぇッ?」
「よっぽど魔力が強くないと、魔物に力負けしたら捕食されるんですけど」
「えぇえぇぇえッ?」
バルバツム人の五人は、驚きを言語化できなかった。
金髪の学生が声を震わせる。
「あッ! あのッ、こ、これって、テロだったりとかしませんか?」
「テロだったら、もっと狂暴な肉食の魔物を召喚すると思いますよ」
ラズールイ先輩が答えると、黒髪の学生と農家の二人は表情を和らげたが、アルバ教授と金髪の学生は強張った顔をマコデス人の記者に向けた。
モガールが付け加える。
「アーテルでは、戦時中に召喚された土魚の大群以外だと、四眼狼とか双頭狼とか、狼系の魔物を呼出す召喚テロが多いですね。その次が鱗蜘蛛とか鮮紅の飛蛇とか」
「それぞれ、どんな怪物か、説明していただいても?」
生物学者のアルバ教授が瞳を輝かせて聞く。
モガールは端末に魔獣図鑑を表示させて、湖南語の説明文を共通語訳した。
農家の二人もモガールの端末を興味津々で覗く。
「アーテルでのテロは大抵、召喚直後に【魔力の水晶】とかを与えて魔物を受肉させる犯人が多いんですけど」
ラズールイ先輩が言うと、バルバツム人の男性五人は、足下を見回した。
二人は「マコデス共和国から訪れた力なき民のフリージャーナリスト」のフリをするので、落ち葉の上に散らばるキラキラしたものを拾わない。接触すれば、即座に【魔力の水晶】が充填され、肉眼でも見える輝きを宿してしまうからだ。
「あの跳び縞がここで召喚されたとすると、ここに散らばってる【水晶】で魔力を与えて、わざわざ実体化させたことになりますね」
モガールには、召喚者の意図が読めなかった。
☆野生の茸ってのはな、襞の中に小さい虫がびっしり……「1958.豊かな森の糧」参照
☆神学生ヂオリートがショッピングモールで魔獣を召喚……「2206.罪人の言い分」参照




