3338.急な人員追加
朝の祈りを終え、礼拝堂はいつもなら閑散とする時間帯だ。
アミエーラが扉を開けると、リストヴァー市西教会の会衆席は大入り満員で、壁際は立ち見の人々で立錐の余地もない。
扉周辺には辛うじて空間があるが、アミエーラは東教区の礼拝でも、西教区の葬儀や結婚式でも、こんなに多くの信徒が詰め掛けるのを見たコトがなかった。
説教壇には、地元のヌーベス司祭と、大聖堂から派遣されたフェレトルム司祭が並んで立つ。
その前には長机が置かれ、クアエシートル記者が、ノートパソコン、三脚に取り付けたカメラ、タブレット端末の最終調整で忙しそうに立ち働くのが見えた。
長机には、他にも二人居るようだが、会衆席に座る人々の頭が邪魔で顔まではわからない。
「おはようございます」
緑髪の魔女フィアールカが声を掛け、会衆席の通路を堂々と歩く。
市民はキルクルス教徒ばかりだが、戦後、周辺都市との交流が始まったお陰で、湖の民を見ても動揺する者は居ない。
特に運び屋フィアールカはネミュス解放軍のリストヴァー自治区侵攻の際、救援物資を運び、自治区民を安全な場所へ避難させた命の恩人として知られる。
フィアールカを知る者が声を掛け、緑髪の魔女は気軽に応じた。アミエーラたちも、彼女に続いて説教壇へ向かう。
「アミエーラさん、お久し振りです」
「サロートカさん? どうしてここに?」
長机の先客は、仕立屋の後輩サロートカと大工のフェロスだ。
長机二台は、説教壇を背に左右に少しずれた配置で前後に並ぶ。木製の長椅子が一脚ずつあるが、大人五人で座るのはキツそうだ。
マネージャーのカニパが、持参した二台のノートパソコンとマイク、カメラを手際よく設置する。
「おはようございます。私たちは説教壇で話しますので、皆さんはそちらにお掛け下さい」
「はーい」
「おはようございます」
フェレトルム司祭に促され、平和の花束の四人がイイお返事をして後列の机に向かう。
クアエシートル記者の左隣に大工のフェロス、右隣に針子のサロートカ。二人は星道の職人で準聖職者だ。
サロートカに手招きされ、アミエーラも同じ前列に加わる。
後列の机には、歌手ユニット平和の花束のアルキオーネ、アステローペ、タイゲタ、エレクトラが行儀よく座った。
レフレクシオ司祭が、ヌーベス司祭、フェレトルム司祭と並んで説教壇に立つ。
ノートパソコンは前の机に二台、後ろに一台だ。
「じゃ、頑張ってねー」
運び屋フィアールカが手をひらひら振って右の壁際へ下がる。カニパも生配信の設定を終えると、フィアールカの隣へ移動した。
「みなさん、おはようございます。平和の花束とクアエシートル記者の公開コラボ生配信、始めまーす」
アルキオーネが平和の花束のリーダーとして、湖南語で元気いっぱい宣言した。クアエシートル記者も、共通語で生配信の開始を宣言する。
サロートカたちとは打合せも何もないぶっつけ本番だ。アミエーラは出演者の急な追加で不安になったが、始まったからにはやるしかない。
後列の四人がいつものノリで自己紹介する。
「改めて自己紹介を。平和の花束のアルキオーネです」
「エレクトラです。おはようございます!」
「アステローペです。リストヴァー市では、初めましての人が多いかな?」
「タイゲタです。初めましての人もそうでない人も、よろしくお願いしまーす」
前後に並べた長机を左右に少しずらしてあるので、全員の顔が画面にきちんと映る。
「今日の生配信は、ラキュス・ラクリマリス王国のリストヴァー市からと言うコトで、超大物ゲストをお迎えしてお届けします」
アルキオーネがまず湖南語で、次に流暢な共通語でも同じことを言う。
タイゲタが苦笑して湖南語で指摘する。
「アルキオーネちゃん、勿体ぶらなくていいよ。もう映ってるもん」
「まぁ、そう言わずに。こう言うのはお約束だから」
背後の説教壇に立つヌーベス司祭が、二人の遣り取りを大真面目な顔で共通語訳する。
ノートパソコンはユアキャストの生配信画面で、画面の右端には次々とコメントが書き込まれる。今のところ共通語が多く、流れが早過ぎてアミエーラの語学力では読み取れない。
「チャンネル登録してるみんなはもう知ってるけど、初めましての人も居るんで改めて自己紹介を。俺はクアエシートル。バルバツム連邦のフリージャーナリストです」
記者の共通語は、レフレクシオ司祭が湖南語訳した。
アミエーラは、昨夜の打合せ通り場所の説明をして、自然な流れでサロートカの紹介を付け加えた。
「おはようございます。【編む葦切】学派の縫製職人を目指す歌手のアミエーラです。実は、リストヴァー市は私の出身地で、戦前はキルクルス教徒の自治区でした。で、隣の彼女は、私の後輩のサロートカ、縫製分野の星道の職人です」
「星道の職人サロートカです。今日はよろしくお願いします」
サロートカはしっかりした口調で名乗り、座ったままお辞儀した。顔を上げ、記者の隣に座る年配の男性を掌で示す。
「そちらは、建築分野を掌る星道の職人フェロスさんです」
「おはようございます。昨日もクアエシートルさんの生配信で色々語った大工のフェロスです。今日もよろしくお願いします」
「星道の職人さんをお迎えするだけでも、キルクルス教徒的にはスゴイんですけど、今日は更に大物が!」
「うん。さっきから通訳して下さってるわよね」
エレクトラが真剣に言い、タイゲタが半ば呆れた顔をする。
「リストヴァー市西教区の責任者、ヌーベス司祭様です」
「ご紹介に与りました司祭のヌーベスと申します。本日は、この西教会に大聖堂の司祭様をお二人もお迎えして生配信をお届けします。信徒の皆さんも、そうでない方々も、最後までご清聴いただけましたらと思います」
アミエーラが紹介すると、ヌーベス司祭は小さく手を挙げて挨拶した。
「生配信をご覧の皆さん、おはようございます。大聖堂からこのリストヴァー市に派遣された司祭のフェレトルムと申します。知の灯があなたの道を明るく照らしますように」
「同じく、大聖堂からアーテル共和国のルフス光跡教会に派遣された司祭のレフレクシオです。現在は、ルフス神学校の教員も兼務しています。この生配信で得た学びが知の灯の糧となりますように」
大聖堂のエリート司祭二人が挨拶すると、会衆席から拍手が起こった。
☆大工のフェロス……「1977.既得権益の壁」参照




