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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十六章 連携

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340/3501

0334.接続料の補充

 すっかりぬるくなった鎮花茶を飲み干し、ファーキルは湖の民の運び屋と共に呪符屋を出た。はぐれないよう、フィアールカと呼ばれた魔女の後について行く。


 降りてきた時よりずっと、料理や香辛料の匂いは薄らいだ。煉瓦敷きの通路にはみ出す雑多な商品や看板、通行人を避けて通る。


 チェルノクニージニクは地下街だが、雑妖が全く居なかった。

 通路と店の壁、天井などには、北ヴィエートフィ大橋やゲリラの拠点同様、各種防護の呪文が記され、様々な災厄から守られる。ここにはそれだけの術を起動し、維持できるだけの力ある民が居るのだ。


 ファーキルは、タブレット端末で通路の写真を撮りながら、運び屋について歩いた。次に来る時に備え……いつまでこのランテルナ島に居なければならないか、全く予測できない。


 「さ、着いたわ。おのぼりさん」

 「あ、はい。有難うございます。迷子になっても困らないように撮ってました」

 「そう。いい用心ね」

 ファーキルが正直に言うと、運び屋フィアールカは薄く笑って細い通路の奥に入る。大人一人がギリギリ通れるだけの狭さだ。


 突き当りの扉には、葦切(ヨシキリ)の巣で自分よりずっと小さな親から餌をもらう郭公(カッコウ)の雛の彫刻が掛かる。看板に文字はない。

 運び屋フィアールカは、緑の髪を掻きあげて振り返った。ファーキルが頷いてみせると、ノックもせずに扉を押し開ける。


 「フィアールカちゃん、久し振りねぇ」

 カウンターでにっこり笑って小さく手を振るのは、逞しい体躯に少女趣味なエプロンドレスを纏ったおっさんだ。

 レースに縁取られた厚い胸板で【編む葦切(ヨシキリ)】の徽章(きしょう)が輝く。艶やかな黒髪をツインテールにし、結び目には薄紅色の薔薇を(かたど)った髪飾りまで着ける。


 「お客さんを連れてきたの」

 「あらぁ可愛い坊や。私、クロエーニィエ。クロエって呼んでくれていいわよ」

 店主がパッと笑顔を咲かせ、ファーキルは鳥肌が立った。運び屋フィアールカは構わず用件を告げる。


 「プリペイドカードちょうだい」

 「いつものでいい?」

 「ねぇ、どこの会社?」

 湖の民の運び屋が、面食らって思考停止したファーキルに聞く。我に返って接続会社名を告げ、鞄から傷薬が入った紙コップを出した。

 「これで、買えるだけ下さい」

 クロエーニィエのごつい指が、カウンターから紙コップを摘まみ上げる。意外そうに丸く見開かれた目が、改めてファーキルを見た。

 「上物(じょうもの)の傷薬じゃない。これ、あなたが作ったの?」

 「いえ、知り合いの薬師(くすし)さんです」

 「ねぇ、坊や。その人と連絡取れる? 材料と報酬は用意するから、もっと作ってもらえないか、聞いてくれない?」


 ファーキルは、思わず運び屋フィアールカを見た。湖の民の魔女は、小さく肩を(すく)めただけで、何も言ってくれない。

 薬師(くすし)アウェッラーナは、シルヴァたちからも魔法薬作りを頼まれた。

 本人は勿論(もちろん)、工員クルィーロもその手伝いで忙しそうだ。呪符屋に支払う高性能の【無尽袋(むじんぶくろ)】の報酬も魔法薬と素材と言われた。


 ファーキルは少し考え、正直に言うことにした。

 「連絡は……何日か時間が掛かってもよければ、できます。でも、その人、今はいっぱい頼まれてて、当分無理な感じでしたよ」

 「いっぱいって、どのくらい掛かりそう?」

 「畑の薬草、全部薬にしてって、頼まれてましたよ」


 クロエーニィエは身を(よじ)って悔しがったが、すぐにその広く逞しい肩を落とし、野太い声で言った。

 「そりゃそうよねぇ。こんなご時世ですもんね」

 カウンターに背を向け、棚の抽斗(ひきだし)を開ける。

 クロエーニィエは【編む葦切(ヨシキリ)】学派だが、ヴィユノークとは違って力ある民なのか、少女趣味なエプロンドレスは、防禦系の呪文がレースやフリルに紛れ、色とりどりの糸で刺繍が施される。


 木製の棚の各段は細かく仕切られ、抽斗や小さな扉がついて中身がわからない。

 クロエーニィエが、プリペイドカードを三枚、カウンターに並べた。基本料だけなら九ヶ月くらい(まかな)える額だ。

 ファーキルは、傷薬の紙コップを四つとも渡し、カードを爪で擦った。出てきた番号を入力する。


 三枚とも、無事に入金できた。

 「有難うございます」

 「いいのよ。私もこれ、助かっちゃうから。薬師(くすし)さんにもヨロシクね」

 「はい。あの、ここって、どんな物売ってるんですか?」

 またここを利用する可能性は低そうだが、情報は多いに越したことはない。


 郭公(カッコウ)の巣の店主クロエーニィエは、自分の胸を指差した。

 「私が作った服とか、装飾品が中心だけど、このカードみたいな委託品もちょこちょこ扱ってるわ。……その手袋も私の作品よ」

 「あ、そうなんですか。助かってます」

 ファーキルが言うと、クロエーニィエはイイ笑顔で親指を立てた。


 運び屋フィアールカに促され、郭公(カッコウ)の巣を後にする。

 「よかったわね。いっぱいチャージできて」

 「有難うございます。お陰で助かりました」

 「今、移動販売の人たちって、安全な場所に居るの?」

 「はい」

 拠点の正確な場所は、ファーキルにもわからない。それに、この地下街ではどこの誰の耳に入るかわかったものではない。慎重に短く答える。


 湖の民の運び屋はそれ以上追及せず、話題を変えた。

 「地下はごちゃごちゃ入り組んでるから、地上の大通りを通った方が早いのよ」

 どんどん煉瓦敷きの通路を歩いてゆく。ファーキルは、見失わないよう小走りでついて行きながら、時々立ち止まって写真を撮ることも忘れなかった。


 郭公(カッコウ)の巣に一番近い階段から、地上の街カルダフストヴォー市へ出る。蒸し暑い空気に一瞬、息が詰まった。

 「色々、有難うございました」

 「いいのよ。こっちも商売だし。じゃあ、袋が入荷したら連絡するから」

 「有難うございます」

 そこで別れ、地図を見ながら、シルヴァが拠点にした民家へ向かう。


 少し迷ったが、確かに運び屋フィアールカの言う通り、地上を行く方が早く帰れそうだ。地上でも、要所要所で写真を撮り、次に来る時の目印を用意する。

 そうする間にも、人通りがどんどん減ってゆく。黄昏に染まる街並をゆっくり眺める余裕はない。

 時折、立ち止まって地図を確め、ついでに写真を撮る他は、大通りを全力疾走に近い速度で駆け抜けた。

☆シルヴァたちからも魔法薬作りを頼まれた……「0319.ゲリラの拠点」「0323.街へのお使い」参照

☆呪符屋に支払う高性能の【無尽袋】の報酬も魔法薬と素材……「333.金さえあれば」参照

☆その手袋……「0175.呪符屋の二人」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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