3337.平和を守る者
「ところで、さっきから気になってたんですけど、この女の子の画像、なんですか?」
バルバツム人のクアエシートル記者が共通語で聞く。湖南語訳したレフレクシオ司祭も、疑問を含んだ顔で画面越しにこちらを見た。
ファーキルが先程の説明を繰返す。
フリージャーナリストのクアエシートル記者が半笑になり、信じられないと言いたげな声を発した。
「え? この美少女がセプテントリオー様? マジで? 親戚のお姫様とかじゃなくて?」
「この肖像画が展示されてたの、呪医のご実家を居抜きで一般公開した郷土資料館ですし、見学者の中に旧王国時代に騎士だった人が居て、この肖像画は軍医殿の愛らしさをきちんと表現できていない、全然足りないって怒ってましたよ」
「マジか……マジか……」
クアエシートル記者が呆然と呟き、レフレクシオ司祭とフェレトルム司祭も、改めて画像を見て困惑を浮かべる。
「呪医のファンって、旧王国時代に騎士や貴族だった人が多いんです。カネと権力と武力と一般人とは桁違いの魔力を持った……戦力的な意味で火力強い人たち」
ファーキルが危機感を共有する。
フェレトルム司祭が深く頷いた。
「成程。例の動画が戦争の火種になることを食い止めなければなりませんね」
「これは……いつも以上に気合いれてやんないとな」
クアエシートル記者は、自分の頬を両手で挟むように叩いた。
「バルバツム連邦軍のルスタートル司令官から、例の動画について何かありましたか?」
レフレクシオ司祭が、バルバツム人のクアエシートル記者に聞く。
フリージャーナリストの彼は首を横に振った。
「今のところ、連邦軍も連邦政府も特に反応ありません。司令官個人としても、今朝の時点では情報発信していませんでした」
「司令官ってSNSで個人的に情報発信とかしてるんですか?」
タイゲタが小さく手を挙げて質問した。
クアエシートル記者が、ほんのり嬉しそうな顔をオンライン会議の画面に向けて答える。
「司令官の私物のアカウントじゃなくて、バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊の公式アカウントがあるんだ。基本的に広報官が、現地の画像とか、アーテル人向けの情報とか載せるんだけど、時々、司令官の談話も載るね」
「へぇー……で、例の動画の彼女については一言もなし」
アルキオーネが不機嫌な声を出す。
アステローペが首を傾げた。
「ラキュス・ラクリマリス王国政府って、治癒魔法の身体的条件を説明しただけで、他は何もないのよね?」
「国民にあの女の人を勝手に呪っちゃダメって禁止令も出してたわよ」
エレクトラが付け加える。
アミエーラも気になって聞いてみた。
「司令官を租借地に呼出して事情を聞いたりとかも、ないんですか?」
「連邦政府も王国政府も今のところ、少なくとも共通語ではそんな情報は出してないね」
クアエシートル記者がきっぱり否定する。
フリージャーナリストの彼は、記者発表をこまめに確認するので、間違いないだろう。
「リストヴァー市にも、セプテントリオー様の巡回診療で命を救われた信徒が大勢居ます。重要な内容ですが、魔法の基礎知識を学ぶ機会のなかった方々が多いので、明日は、各学校園や貧困層の支援施設などに生配信の視聴を打診してみます」
「よろしくお願いします」
フェレトルム司祭の提案にアミエーラは頭の下がる思いがした。
翌朝、マネージャーのカニパがエポス芸能事務所の社長に報告すると、社長は難しい顔になった。
「そう言うコトなら仕方ないわね。まぁ、出演料が無理でも、熱が冷めた頃に寄付くらいはさせていただかないと」
「じゃあ、明日は、リストヴァー市に行って生配信してもいいんですね?」
アルキオーネが、平和の花束のリーダーとして社長に確認する。
「運び屋さんにちょっと多めに払って、その分、司祭たちの料金を負けてもらえないか交渉しましょう」
「よろしくお願いします」
「連絡先はわかるのかしら?」
アミエーラはかなり前、運び屋フィアールカに連絡先を教えてもらった。だが、彼女と面識のない社長に勝手に教えるのは抵抗がある。
「王都の西神殿で、神官にお願いすれば、伝言してもらえます」
「そう。じゃあ、神殿の代表電話に掛けてみるわ」
「よろしくお願いします」
五人は今日一日、歌の練習だ。対応を社長に任せ、防音室に向かった。
生配信当日の朝。
運び屋フィアールカと先に合流したレフレクシオ司祭に加え、アミエーラ、平和の花束の四人、マネージャーのカニパは、アミトスチグマ王国の夏の都を出発。首都を囲む防壁を出てすぐ、フィアールカが【跳躍】を唱え、本人を含む八人を一気に移動させた。
リストヴァー市は、ラキュス・ラクリマリス王国内で最もキルクルス教徒人口の高い街だ。戦後、都市を囲む防壁を新設したが、全住民から掻き集めても【跳躍】除けを発動させられる魔力がない。
駐留する魔装兵部隊からの魔力供給が頼みの綱だが、都市の大きさに対して人数が少なく、最低限の【魔除け】の発動だけで精いっぱいだ。
普通の犬くらいまでの大きさなら、魔獣の侵入を防げるが、それ以上の大きさの個体は平気で壁を乗り越えて街に侵入する。
うっすらでも街全体が守られるので、アミエーラが生まれ育ったバラック街の頃に比べれば、隔世の感があった。
運び屋フィアールカが跳んだ先は、リストヴァー市西教区の教会前広場だ。
富裕層の多い地区だが、魔哮砲戦争とネミュス解放軍による侵攻の影響で、全体の経済力が下がり、アミエーラの知る頃より寂れてしまった。
……ここに来ても、もう店長さんは居ないのよね。
仕立屋のクフシーンカ店長が老衰で亡くなったのは、もう何年も前だが、アミエーラにはまだ、星道の職人であり、師匠でもある彼女の死を消化できなかった。
ふとした瞬間にまだ生きているように錯覚してしまうのだ。
店長の葬儀は、この西教会で執り行われた。
参列した店長の弟ラクエウス議員も、もう居ない。
アミエーラは個人的な感傷を振り払い、みんなで勝ち得た平和を守る決意を胸に西教会の扉を開いた。
☆店長の葬儀……「2714.感謝を伝える」「2715.かつての再現」参照
 




