3336.連携する仲間
移動放送局プラエテルミッサのレーフ局長が、オンライン会議に参加した。
「折角呼んでくれたけど、明後日は生番組の都合で無理なんだ」
「そ、そうですか。お忙しいのにすみません」
アミエーラが恐縮すると、レーフ局長は笑って提案してくれた。
「今週いっぱい、クアエシートル記者がゼルノー市とリストヴァー市で取材してるんだ。彼にも声を掛けてみたらどうかな?」
「あっ、じゃあ、俺が連絡してみます」
ファーキルが、人数が増えて小さくなった画面の中で手を挙げる。
「うん。例のニュース、俺もラジオと局のSNSで拡散してるから、みんなも頑張ってくれよな」
「はーい!」
平和の花束の四人が元気いっぱいに応じ、レーフ局長は慌ただしくログアウトした。
ファーキルがタブレット端末を手に取る。オンライン会議はパソコンらしい。
程なく、クアエシートル記者がオンライン会議に入室した。
「レフレクシオ司祭様、アミエーラ先生、平和の花束のみなさんと運び屋さんと初めましてのお姐さん、こんばんは。今夜はゼルノー市で、神殿の簡易宿泊施設に泊めてもらってます」
クアエシートル記者の共通語をファーキルが湖南語訳してくれた。
アミエーラも、リストヴァー自治区に居た頃は共通語を勉強したが、聖典の一部と簡単な日常会話程度しかわからない。通訳にホッとして、バルバツム人のフリージャーナリストに湖南語で用件を伝える。
「セプテントリオー呪医が、自称バルバツム兵の女性に有り得ない罪をでっち上げられて糾弾されてる件ですけど、正しい情報を共通語圏に伝えて、あの女の人の動画が嘘だって広めたいんです。クアエシートルさん、呪医の為に力を貸してくれませんか?」
クアエシートル記者は、レフレクシオ司祭の共通語訳を聞いて頷いた。
「あれは俺も有り得ないと思いました。それで、記者発表とオンラインの会見を見て記事書いたんだけど、どこも買ってくれなかったから、昨日の内に自分のアカウントで公開しましたよ」
「有難うございます!」
「今日は丁度、魔法文明圏にあるキルクルス教徒の居住区で使われる聖典の魔法について、取材してたとこなんですよ」
……そう言えば、クアエシートル記者って、国交がないのにバルバツム連邦からラキュス・ラクリマリス王国に来てるのよね。
それは、魔哮砲戦争の戦時中からだ。
当時はバルバツム連邦軍が従軍記者を募集し、アーテル共和国に派遣される部隊が新聞記者やフリージャーナリストなどを連れて来た。彼らの一部は独自に魔獣駆除業者を雇い、【跳躍】で移動してネモラリス共和国などでも取材したのだ。
現在、バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊は、従軍記者を伴わずにアーテル共和国の復興支援活動を続ける。
クアエシートル記者は恐らく、ラニスタ共和国までは飛行機で移動、隣国のアーテル共和国に入り、知合いになった駆除屋に【跳躍】してもらったのだろう。
ラキュス・ラクリマリス王国に限らず、魔法文明圏の国々の出入国管理は笊同然だ。
知っている場所なら【跳躍】で容易に侵入できる。国全体に【跳躍】除けの結界を張り巡らせるなど不可能だからだ。
科学文明圏で見られる厳格な出入国管理ではなく、問題を起こした外国人を速やかに発見、送還する制度を設ける国が多い。
「聖典の魔法の取材と言うのはどんなことを? あ、申し遅れました。私はエポス芸能事務所に所属する平和の花束のマネージャーです」
「ご丁寧に恐れ入ります。フリージャーナリストのクアエシートルです。バルバツム連邦から来ました。今、聖典に記述のある善き業とその実践は、環境保護に関心のある人を中心にキルクルス教圏で熱い話題なんですよ」
「リストヴァー市ではどんな取材を?」
通訳を終えたレフレクシオ司祭が、自分の言葉で質問した。
「今日は、星道の職人と魔法使いの職人が、聖典と魔導書を確認しながら一緒に建物や道具を作る現場を取材して、建築現場でのインタビューを生配信しました」
レフレクシオ司祭は少し考えて共通語で言い、湖南語で同じ発言を繰返した。
「運び屋さんがリストヴァー市にも土地勘がおありでしたら、フェレトルム司祭にも声を掛け、あちらの教会で、クアエシートル記者のインタビューに答える形で正しい情報の発信を試みようと思いますが、皆さん、いかがでしょう?」
「そうしていただけると、自然な感じで誘導できそうなので、助かります」
「クアエシートル記者のチャンネルを登録している共通語話者、かなり多いですからね。いろんな層に届けられそうです」
アミエーラが一も二もなく同意すると、ファーキルも賛成してくれた。
誰からも反対の声が上がらず、レフレクシオ司祭が、リストヴァー市に居るフェレトルム司祭に連絡する。
フェレトルム司祭も、すぐオンライン会議に参加した。
「私も例の動画を視聴しました。あの動画のせいで租借地の駐留部隊が、道路上での救助に関してストライキを起こせばどうなるか、火を見るよりも明らかです。リストヴァー市でも、山から降りて来る魔獣の中には、自警団だけでは太刀打ちできないモノが多く、魔装兵の部隊が引き揚げれば、戦前と同じか、それ以上の人的被害が発生する可能性が高いのです」
「バルバツム軍の救援物資が届かなくなれば、アーテルで多くの餓死者が発生するでしょうね」
レフレクシオ司祭が重々しく頷き、オンライン会議の出席者一同が表情を引き締める。
「俺は今日、職人さんたちのインタビューとは別の生配信で、治癒魔法の身体的条件を説明してみたんですけど、ネタ扱いする視聴者が多かったですね」
クアエシートル記者が苦笑する。だが、パソコンの画面内でタブレット端末を操作する彼の顔から、その笑みがすぐに消えた。
「あ? あれっ?」
「どうしたの?」
アルキオーネが聞く。
「いや、ないんだ。アーカイブ……その配信のアドレス送ろうとしたんだけど」
クアエシートル記者が困惑して、更に端末を操作する。
フェレトルム司祭が苦い顔で言った。
「もしかすると、誰かが“他者の人権を侵害する動画”として、運営に通報して削除させたのかもしれませんね」
「えぇッ?」
魔法文明圏在住者の驚きの声が重なった。
マネージャーのカニパが湖南語で聞く。
「どうしてです? 名誉棄損された被害者は、セプテントリオー様ですよね?」
「科学文明圏在住者から見れば、性犯罪の被害を訴える女性を根拠不明な言説で嘘吐き呼ばわりする配信だからです」
アミエーラはフェレトルム司祭の説明に驚いた。
「えぇッ? あの女の人の動画が嘘だって説明する動画なのにですか?」
「純粋な科学文明国……キルクルス教徒が多数派を占める国々では、“治癒魔法の身体的条件”の証明が不可能だからですよ」
「え……? あッ……あぁ……あー……そう言うコトですか」
アミエーラは失望で脱力した。
「じゃあ、私たちが明後日する生配信も、最悪、通報で削除されるかもしれないんですね?」
「削除されたら、私たちが抗議しますよ」
フェレトルム司祭が悪い顔で笑ってみせる。
「配信する場所がまだお決まりでなければ、リストヴァー市の西教会でしませんか?」
「そうですね。その方が説得力が増しますし、通報し難くなるでしょう」
フェレトルム司祭の提案にレフレクシオ司祭が乗り、ファーキルとクアエシートル記者も頷く。
「他によさそうな場所の候補ってあります?」
アミエーラが聞いてみたが、誰からも西教会ですることに異論はなく、対案も出なかった。
「明後日は、ルフス神学校の授業は自習にして、生配信を見せるよう、先生方に頼んでおきます」
レフレクシオ司祭が、神学と魔術の知識を兼ね備えた視聴者の動員を約束する。
運び屋フィアールカは【跳躍】の料金を計算して、テキストで提示してから読み上げた。
「あ、交通費は弊社がお支払い致します」
マネージャーのカニパが手を挙げたが、司祭二人は首を横に振った。
アミエーラは驚いて聞いた。
「えっ、司祭様たちが払うんですか?」
「その方がいいでしょう」
「どうしてです?」
「買収を云々する人が現れるからです。我々には疚しいことなど何ひとつありませんが、今回は念の為、なしにしましょう」
レフレクシオ司祭の言葉で、アミエーラは、冷や水を浴びせられたような心地がした。
マネージャーのカニパも困惑する。
「社長からは、生配信の出演者には出演料をお支払いするようにと指示されたのですが」
「今回はお気持ちだけで結構です。あらぬ疑いを掛けられますから」
フェレトルム司祭もきっぱり突っ撥ねた。
「俺も、自分の取材なんで、出演料とか要りませんよ」
クアエシートル記者にも断られた。
ファーキルがひとつ咳払いして言う。
「明後日の生配信の目的を整理しましょう」
「治癒魔法の身体的条件を共通語で説明して、あの女の人の動画が嘘……セプテントリオー呪医が無実だってわかってもらうことです」
アミエーラは、改めて自分のしたいことを言語化すると、身の引き締まる思いがした。
ラキュス・ラクリマリス王国政府が公式サイトや記者会見で発表済みだが、キルクルス教圏の視聴者にはあまり伝わらない気がしてならない。
「直接、呪医の無実を云々すると、王家におカネもらってやってるって思われて逆効果になりそうだから、そこは一切触れない方がいいわね」
運び屋フィアールカにも改めて釘を刺され、全員が首を縦に振った。
「治癒魔法の身体的条件に関しましては、既にローク・ディアファネス大司教が今日の定例生配信で、聖典の記述と絡めて説明しましたよ」
レフレクシオ司祭に言われ、アミエーラは安堵した。
エレクトラも明るい顔になる。
「あ、やっぱり? ロークさんなら言ってくれると思ってたんです」
「でも、敬虔な信徒しか見ないから、それ以外の人に届ける配信も要るわよ」
アルキオーネが指摘すると、エレクトラは表情を引き締めた。
「折角、魔哮砲戦争を終わらせて平和を取り戻したんだし、誰が仕掛けたか知らないけど、諍いの火種はさっさと潰しましょ」
運び屋フィアールカは、不敵な笑みを浮かべた。




