3335.仲間を集める
アミエーラたち五人が帰り支度を整え、今週のスケジュールの確認を終えた頃、マネージャーのカニパがエポス芸能事務所の社長を伴って事務室に戻った。
「みんな、今日のコンサート、お疲れ様。この調子で頑張って頂戴」
「有難うございます」
アミエーラと平和の花束の四人が、声を揃えてお辞儀する。
エポス社長は、白髪交じりの茶髪を掻き上げて五人に言った。
「いいところに目を着けたわね。聖典の全文が公開されてから、“聖典の魔法”は度々SNSでトレンド入りする熱い話題よ」
「じゃあ、明後日の生配信、苺の新作スイーツじゃなくって、その話題でいいですね?」
アルキオーネが勢い込んで聞く。
エポス社長はにっこり笑って応じた。
「但し、明日の正午までにレフレクシオ司祭から出演の同意を取り付けられたらよ。今日はもう帰っていいわ。お疲れ様」
「お世話様でした」
五人はマネージャーのカニパと一緒に事務所を出た。
夏の都内を繋ぐ【跳躍】許可地点まで歩きながら話す。
「みんな、今日は私の家に寄ってもらっていいかな?」
「いいよいいよ。アミエーラちゃんのお部屋久し振り」
エレクトラが二つ返事で応じ、他の三人も勢いよく同意した。
「ちょっと散らかってるけど、どうぞ」
「またまたぁ。ちゃんと片付いてるじゃない」
アミエーラが招じ入れると、アステローペが居間を見回して笑った。
「お邪魔しまーす」
他の面々も遠慮なく入る。
アミエーラのアミトスチグマ王国での住まいは、エポス芸能事務所に用意されたマンションの一室だ。
アルキオーネたち平和の花束の四人は、この近くの一戸建てで共同生活を送る。
アミエーラは、冷凍ピザと温香茶を食卓に並べた。
「晩御飯、取敢えずこれで」
「ピザ久し振り!」
「ありがと」
「いただきまーす」
「じゃあ、私、切り分けるね」
いつもより少し遅くなった夕飯を食べながら、明後日の件を相談する。
マネージャーのカニパがタブレット端末を見て言った。
「レフレクシオ司祭様への謝礼は、食料品というコトでお願いします」
アミエーラは、謝礼の件を失念していたことが恥ずかしくなって聞いた。
「どのくらいですか?」
「社長は、ルフス神学校の学生さん用の食材がいいだろうとのことです。大豆百キロ、オレンジを手提げ袋二杯分以内で交渉して下さい」
アルキオーネが確認する。
「待って、それ、私たちが運ぶの?」
「生の果物って【無尽袋】に入りませんよね?」
タイゲタも微妙な顔だ。
「勿論、【軽量】の袋ですよ。それも報酬に含めて、大きさは大体、このくらいですね」
マネージャーのカニパが両手でA3版くらいの大きさを示した。
「それなら大丈夫ね」
「ねー」
エレクトラとアステローペが安心して笑顔を交わす。
アミエーラは私物のタブレット端末を出した。
「あんまり遅くなると先方さんにご迷惑なんで、今から連絡しますね」
「アミエーラちゃん、頑張って!」
アステローペがピザを片手に応援する。
まずは、ファーキルと運び屋フィアールカに相談だ。二人にメールを送る。
すぐに返信があり、ファーキルから、無料で使えるオンライン会議室のIDとパスコードが送られた。
〈会議室を開いたんで、インして下さい〉
〈アルキオーネちゃんたちとマネージャーさん、それから、レフレクシオ司祭様とレーフさんもいいかな?〉
〈いいですよ〉
早速この場に居る六人が入室して、端末の画面にそれぞれの顔が表示された。
ファーキルは私服で白壁の部屋。パルンビナ株式会社の役員マリャーナ宅の一室だろう。
運び屋フィアールカは呪文と呪印の少ない部屋着だが、背景は湖の風景を描いた絵で、どこに居るかわからない。
レフレクシオ司祭と移動放送局プラエテルミッサのレーフ局長には、アミエーラからメールを送ったが、彼らも忙しい身だ。すぐにはインできないだろう。
〈共通語圏って言うか、キルクルス教徒の人たちにセプテントリオー呪医の無実を訴える件なんですけど、先にこれを見てもらえますか?〉
ファーキルがファイル共有機能で画像を表示させた。
アステローペとエレクトラが叫ぶ。
「かっわいいぃーッ!」
「なんか……負けた気がするわ」
「アルキオーネちゃん、気をしっかり!」
タイゲタが、俯いたアルキオーネの肩を掴んで揺さぶる。
豪華な額縁に入った美少女の肖像画だ。
緑髪に緑の瞳の美少女が、ラキュス・ラクリマリス王国の伝統的な男女兼用の長衣を纏い、王族の証である呪杖を手にして淡く微笑む。杖の先端は、足許で咲き乱れる青い雛菊を意匠化したもので、彼女の可憐さをより一層引き立てる。
春の木漏れ日の中で咲く花のように可憐で儚げな印象だ。
精緻な筆致で活き活きと描かれ、深緑色の地に銀糸で刺繍された各種防禦の呪文と呪印まではっきり読み取れる。
アミエーラはすべての術を起動するのに必要な魔力量をざっと計算し、一般人には到底、着られない代物だとわかった。
どことなく呪医セプテントリオーと似た顔立ちなので、ラキュス・ネーニア王家の王女の一人だろう。
アミエーラは恐る恐る聞いた。
「これって……誰さん?」
「アミエーラさんもよく知ってる人よ」
運び屋フィアールカがニヤリと笑う。
「ええ……? こんな可愛いコ、一目見たら絶対忘れないと思うんですけど?」
アミエーラには、こんな美少女に出会った記憶などない。
マネージャーのカニパが、私物の端末で画像をダウンロードして言う。
「ご存命の方なら、弊社でスカウトしたいくらいですね」
「聞いたらびっくりすると思うんで、お茶を下ろして下さい」
ファーキルが言った直後にレフレクシオ司祭が入室した。ルフス神学校にある職員宿舎の一室だが、聖職者の衣のままだ。
アルキオーネが苦笑する。
「何よそれ?」
「こぼしても知りませんよ?」
警告され、みんなが半笑いでティーカップを食卓に置く。
ファーキルはみんなの手許を確認すると、ひとつ深呼吸して言った。
「セプテントリオー呪医の若い頃の肖像画です」
「は?」
誰もが言葉を失った。
「えーっと……こんばんは? 途中からで、話がわからないのですが?」
レフレクシオ司祭が困惑する。
アミエーラは会議の用件はメールで伝えたが、早口で状況を説明した。
「ファーキルさんが見せてくれてるこの画像が、セプテントリオー呪医の若い頃の写真……じゃなくて肖像画だそうです」
「え……?」
どうやら、レフレクシオ司祭も、現在のくたびれた中年男性と肖像画の美少女が頭の中で繋がらないらしい。
「なんでこれ見せたかって言うと、セプテントリオー呪医のファンがヤバいからです」
ファーキルの説明が、珍しく要領を得ない。
アルキオーネが、焦れったそうに急かした。
「何よそれ?」
「セプテントリオー呪医は旧王国時代、軍医だったんですよ」
「あぁ、何か聞いたコトあるわね。でっ?」
「その当時の姿がこれです。ほぼ女神様」
「あぁ、うん。治癒魔法の腕前とか関係なく言われそうよね」
タイゲタが納得して何度も頷く。
ファーキルは表情を引き締めて言った。
「今日、呪医の実家がミーリカ島の郷土資料館として公開されたんですけど、その会館記念式典に行って、これはその時に撮ったんですけどね。元騎士のガチファンの人とか来てて熱量凄かったんですよ」
「え? 呪医のご実家って今、そんなコトになってるの?」
アミエーラは初耳だ。
運び屋フィアールカが説明する。
「今はクレーヴェル城に住んでるし、使わない建物を遊ばせとくのは勿体ないから、島の人たちで有効活用して下さいって、ミーリカ市に丸ごと寄付して、役所と市民が協力して郷土資料館として一般公開することになったのよ」
「へぇー……おうち一軒丸ごと寄付って太っ腹ねぇ」
エレクトラが感心する。
ファーキルが真剣な表情で言う。
「当時の呪医をよく知ってて、今も慕うのは、元騎士や元貴族……カネ、権力、武力を備えた強火のファンです」
「熱意の比喩表現じゃなくて、武力的な意味で火力強いファンってワケね」
タイゲタが言うと、アステローペが自分の肩を抱いて眉根を寄せた。
「最悪、バルバツムと戦争になるかもってコト?」
「ならなくても、王国軍がバルバツム軍の救助を打切れば、支援が必要なアーテル人が飢えてしまいます」
レフレクシオ司祭が、すっかり流暢になった湖南語で懸念を言語化した。




