3334.幾つもの接点
アミエーラたち五人は、マネージャーと共に夏の都の芸能事務所へ戻った。
アルキオーネが、衣装のクリーニングを手配するマネージャーに話し掛ける。
「さっき楽屋でみんなと話してたんだけど、私たちってバルバツムとかバンクシアとか、キルクルス教圏にもファンが居るのよね」
「アルキオーネさんたちは戦前、バンクシア共和国でコンサートしたことがあるんでしたっけね。どうでした? あっちのファン?」
マネージャーは衣装を仕分けする手を止めて、平和の花束のリーダーであるアルキオーネに顔を向けた。
「当時の私たちって、アーテルではそこそこ売れてたんだけど、外国では全然無名だったの。でも、そんなアウェイでもお客さん、箱いっぱい来てくれたのよ」
「何人くらいの箱ですか?」
「五千人の小さい箱だけど、その分、お客さんとの距離が近くて、反応がよく見えて勉強になったわ」
アルキオーネが遠い目で語り、他の三人は微妙な顔で同意を示す。アミエーラも以前聞いた話を思い出して、いたたまれない気持ちで視線を逸らした。
魔哮砲戦争が開戦して間もない頃、当時のメンバーの一人、メローペが魔獣に襲われて亡くなり、アルキオーネたち四人は脱退して亡命。セレノとマイアは「瞬く星っ娘」としてアーテル共和国に残った。二人は魔哮砲戦争をどうにか生き延びたらしく、現在は配信を中心に芸能活動を続ける。
お互いの活動は、ユアキャストで度々目にする筈だが、双方とも特に接触を試みることはないらしい。
マネージャーは空気を読まずに質問を続ける。
「どんな歌を歌ったんですか?」
「キルクルス教の聖歌をポップ調にアレンジした曲」
「歌詞は全部共通語で」
タイゲタが付け加えると、アステローペとエレクトラも頷いた。
「今もコンサートで『真の教えを』を歌ってますよね。キルクルス教圏にも配信を楽しみにしてるファンが多いですし、また、アルトン・ガザ大陸のどこかの国で歌いたいですか?」
「その質問って、事務所の意向?」
アルキオーネがマネージャーに聞き返し、二人の黒い瞳が見詰め合う。
「まだ本決まりではないんですけど、動画の再生数やコメントした人の所在地情報とかで、そこそこイケそうだから、機会があれば、やってみてもいいんじゃないかって、社長が……雑談レベルでしたけど」
マネージャーは持って回った言い方でぬるく肯定した。
エレクトラが少し懐かしそうに振り返る。
「バンクシアのコンサートで、あっちにファンがちょっと増えて」
「そうそう。それからバルバツムでも弾丸ツアーしたわね」
アステローペが頷いて、タイゲタを見た。
タイゲタが眼鏡を拭く手を止めて述べる。
「動員数は同じくらいだったけど、バルバツムの方が反応良かった感じ」
「でも、バンクシアもバルバツムも、この辺の国と国交ないから、行けないんじゃないの?」
アルキオーネが当然の質問をした。
マネージャーの中年女性があっけらかんと言う。
「キルクルス教団の伝手を使えば、どうにかなると思いますよ」
「え……でも、大使館とかない国に行って、何かトラブルがあったら」
アミエーラは事務所の無責任さに驚いて、思わず呟いた。
「私も、いきなり現地はちょっと怖いって言うか、カニパさん、一緒に行けませんよね?」
エレクトラが困った顔で聞く。
マネージャーのカニパは力ある陸の民だ。黒髪に黒い瞳なので、服装に気を付ければ誤魔化せそうな気がするが、魔法使いだとバレた場合、大変なことになるだろう。
「私もアミエーラさんも多分、今の状況で現地に行くのは無理でしょうけど、大聖堂が聖典を全文公開してから、キルクルス教圏の国の人たちが【魔除け】の呪符を“聖典の護符”って呼んで、アルトン・ガザ大陸南部の両輪の国から輸入するようになったってニュースありましたよね」
「それと、私たちのコンサートにどんな関係が?」
アルキオーネが焦れったそうに聞く。
「魔法に理解が進んできて、魔法使いへの差別がもっとマシになったら、行けるようになったりするんじゃないかなって」
「何百年先の話よ」
アルキオーネが呆れを通り越して笑う。
マネージャーのカニパは大真面目だ。
「バルバツム軍の兵隊さんが、アーテルでラキュス・ラクリマリス王国軍に救助されたりとか、魔法使いに直接会ったコトある人たちの間では、割と好感度上がってるっぽいんで、そんな何百年ってコトはないと思いますけど?」
「それでも何十年も掛かりそうよね」
「ねー」
エレクトラとアステローペが顔を見合わせて頷き合う。
「じゃあねぇ、早く行けるように共通語で善き業の魔法の説明とか配信しちゃうのってあり?」
タイゲタがみんなを見回す。アミエーラと目が合うと、口許に笑みを浮かべた。
……あ、そう言うコト。
アミエーラは合点がいって、マネージャーのカニパに提案する。
「もし、ホントに実現するなら、超大物ゲストを呼んで配信したいですね」
「超大物ゲストってどなたですか?」
「大聖堂のレフレクシオ司祭様とか」
「えッ……あ、そっか。アミエーラさんは、ルフス神学校で音楽の先生もしてるから、司祭様とお話しする機会、あるんでしたね」
カニパはすぐ思い出して考える顔になった。
「じゃあ、私の方から社長に打診してみます」
「なるべく早くお願いね。できたら、明後日の生配信とか」
「そんな急にレフレクシオ司祭様のご都合がつくんですか?」
アルキオーネが急かすと、カニパはアミエーラを見た。
「その生配信を見るのを授業にしてもらえば、都合がつくと思います」
カニパがすかさず切り込む。
「どこで撮るんです?」
アミエーラは急いで計画を練りながら言葉にする。
「場所は……知合いにお願いしてレフレクシオ司祭様を……えーっと、みんなが集まれる場所に連れてきてもらって、王都第二神殿かランテルナ島か……戦時中、一緒に特番に出演したレーフさんも呼べたら、ゼルノー市もいいかも」
アミエーラとレフレクシオ司祭の【跳躍】は、運び屋フィアールカに依頼すれば対応してくれるだろう。
DJレーフ……今はゼルノー市で移動放送局プラエテルミッサの局長を務める彼も、共通語が堪能だ。
移動放送局は、生配信をそのまま放送すれば、番組に穴をあけることにはならないと思うが、共通語では彼の放送圏のリスナーには難しいだろう。更に言えば、急な特番のスポンサーをどうするかが悩ましい。
……こんな時、ファーキルさんなら、きっといい計画を立ててくれるんだけど。
アミエーラは、話す内に幾つもの接点……人の縁が思い浮かんだが、自分の不出来な頭が情けなくなった。
それでも、マネージャーのカニパは真剣に話を聞いてくれる。
「わかりました。どこまで実現可能かわかりませんが、社長に聞いてきます」
カニパはクリーニング用に仕分けした衣装を抱えて出て行った。
☆バンクシア共和国でコンサート/五千人の小さい箱……「1237.聖歌アイドル」参照
☆メローペが魔獣に襲われて亡くなり、アルキオーネたち四人は脱退……「0430.大混乱の動画」参照
☆真の教えを……歌詞全文「0987.作詞作曲の日」参照
☆ルフス神学校で音楽の先生……「3116.疑われる立場」参照
☆一緒に特番に出演したレーフさん……「1015.放送本番の夜」~「1018.星道記を歌う」参照




