3332.思い出を語る
ファーキルは写真撮影を終え、初めて耳にした【従僕の絆】について検索した。
どうやら、術者が対象者に魔力で烙印を捺し、その烙印を介して魔力を融通する魔法らしい。
……レーグルス殿下が、「王族が自分で戦ったら町の一個や二個、一瞬で消し飛ぶ」って言ってたし、そこそこ強い変態……じゃなくて、近衛騎士とかが代わりに小出しで魔力を受取って戦うのか。
小出しと言っても、相当な強さが求められる。
ファーキルは、駐在武官セルジャントの説明を想像して、心の中で頷いた。
「私如きでは【従僕の絆】を受けるに値せず、ただ魔獣と戦い、傷付いた身をセプテントリオー様に癒していただくだけだった」
「だけってそんな……大勢の人があなたの働きで魔獣から守られたんですから、そこは誇って下さいよ」
駐在武官より頭ひとつ分背が高い赤毛の記者が、慰めを口にする。大柄で筋肉質な身体でも、魔法戦士ではない者にとって魔獣は脅威だ。
元騎士の駐在武官セルジャントは、若かりし日の軍医セプテントリオーの肖像画の前で肩を落した。
「だが、私如きの働き程度では、セプテントリオー様にご満足いただけなかったのだ」
「え……えぇ……?」
赤毛の記者が困惑する。
駐在武官セルジャントは、可愛らしい軍医セプテントリオーの肖像画を見詰めたまま声を震わせた。
「魔獣を討伐して民を救っても、業務連絡以上の会話はなく、時折、労いのお言葉を賜ったが、そんな時でさえ、目を合わせていただけることすらなかったのだ。民に死者が出た現場では、被害の拡大を食い止めたところで、捕食された者が蘇るワケではないからな。セプテントリオー様のご心痛を思えば、私如きの働きなど、決して褒められるものではなかったのだ」
「それでも、助けられた住民の方々はあなたに感謝していますよ」
「うむ……騎士だった頃は、戦う力のない平民の感謝の声を励みに戦っていた」
……あ、平民の感謝だけでも戦える人なんだ。
ファーキルは、セルジャントを少し見直した。
思い返せば、彼は難民キャンプでも魔獣を駆除し、空襲で焼け出されてアミトスチグマ王国に身を寄せたネモラリス人を守ったのだ。
「戦時中、難民キャンプに魔獣が出現し、負傷者は出たものの、死者を出さずに済んだ時には、私に視線を合わせて労いのお言葉をいただけた。セプテントリオー様は、魔獣から身を守る術のない民を死なせたくないと思し召しなのだ。久し振りにあのお方のやさしさに触れ、忠誠を新たにした次第だ」
セルジャントが、軍医だった頃のセプテントリオーの肖像画の前で跪く。
……いや、このテンションで来られてドン引きしてただけじゃないかな?
ファーキルは、素材屋プートニクと再会した時の呪医セプテントリオーの苦い顔を思い出した。
母親や姉たちに「この手合いに甘い顔をすると、どんどん付けあがって危ないから」などと、塩対応するように言われた可能性もある。
「セプテントリオー様は、昔からお優しいお方だったんですね。このお屋敷でどのようにお育ちになられたんでしょう」
赤毛の記者が、肖像画が飾られた部屋を見回して話題を逸らした。単に目を泳がせただけかもしれない。
元騎士の駐在武官セルジャントは、立ち上がって家族の肖像画に視線を向けた。
「ご幼少の砌から呪医の許へ修業に出され、家族と共に過ごす時間が少なかったと耳にしたことがある」
「昔は、それが普通だったんでしょうか?」
「そうだな。現在のような学校制度がなかったこともあり、王侯貴族や大商人などの家庭では、講師を招いて自宅で様々な勉学に励み、呪医や職人などは弟子入りして学ぶのが普通だったのだ」
ヴェスペルゴ王女は、ラキュス・ネーニア王家で初めて大学に通った王族だ。
魔哮砲戦争が終わった翌年、クレーヴェル大学の医学部に入学し、現在は【青き片翼】学派を勉強中らしい。
「そのせいか、下級貴族の中には、セプテントリオー様のご尊顔を知らぬ者が居てな。とある祝宴の際、子爵の一人が不届きな行為に及んだのだ」
「不届きな行為……差し支えなければ、お聞かせ願えますか?」
赤毛の男性記者が緊張した面持ちで質問する。
元騎士のセルジャントは、美少女にしか見えないセプテントリオーの肖像画に向き直って背筋を伸ばした。
「セプテントリオー様が軍医に任命されて間もない頃、何の祝賀か失念したが、ラクリマリス城で祝宴が催された。通常、王城で開かれる宴に招かれるのは、伯爵以上の貴族だけだが、この時は子爵も招かれたのだ」
「あなたも招待客だったんですか? それとも、警備の任務でしたか?」
記者が、セルジャントの立ち位置を確認する。
「招待客の一人だった。若かりし日のセプテントリオー様はこの通り、男女兼用の長衣をお召しになって無言で佇めば、少女と見紛う可憐さで、しかも、下々とも気さくに話すお人柄だ」
セルジャントが掌で肖像画を示す。
呪医セプテントリオーは戦時中、「空襲で焼け出された無職のおっさん」を自称した。その印象が強く、ファーキルはまだ、この肖像画と自分の知る中年男性の呪医を頭の中で繋げられない。
「席を定めない立食形式で、その子爵は、普段は招かれない王城での宴に浮かれてしまったのか、こともあろうにセプテントリオー様に『小娘、ついでにそこのそれを取ってくれ』などと横柄な口をきいて給仕させようとしたのだ」
「それは……さぞや驚かれたことでしょうね。あなたはどうされました?」
「やや離れたところに居たが、そのお方が何者か知らせ、謝罪させるべく駆け寄ろうとしたが、何分、人が多かったもので、お傍に控えた近衛兵が、セプテントリオー様と子爵を引き離したのが先だった」
「あぁ……そりゃそうですよね。失礼にも程がありますし」
駐在武官セルジャントは、先を越されたことを昨日のことのように悔しがるが、記者は軽く流した。
ファーキルも記者に同感だ。
傍らで動画を撮る運び屋フィアールカも無言で頷く。
「子爵が、騎士風情がなどと言い出して口論になり掛けたところへ、ルーナ様が私より先に着いて、セプテントリオー様を庇って名乗りを上げられた」
「不勉強で恐れ入りますが、ルーナ様と言うのは、どなたですか?」
赤毛の記者は、セルジャントの顔色を窺って恐る恐る聞いた。
「二番目の姉君だ。下のご弟妹は幼い内に亡くなられたので、セプテントリオー様は実質、末っ子扱い……ご両親と上のご兄姉は、セプテントリオー様を目の中に入れても痛くない程の可愛がりようだった」
「ルーナ様がどんな風に名乗られたか、憶えておられますか?」
「無論、憶えているとも。『私はルーナ・ラキュス・ネーニアです。私の弟に何かご用ですか?』と、かなり厳しい口調で名乗りを上げられた」
……ひぇッ! 名乗っただけで何百年も憶えられるとか。
ファーキルの背筋を冷たいものが走った。
それだけ、ルーナの怒りが激しかったのか、単にセルジャントの興味の対象で印象深かったからか。
赤毛の大男は淡々と質問を続ける。
「それで、その子爵はどうなったんですか?」
「平謝りして宴の場から退出したが、後日、失脚した」
「えッ……?」
記者とファーキル、近くに居合わせた見学者たちは、同時に声が出た。
赤毛の大柄な記者が怯えた声で聞く。
「それは、ルーナ様かセプテントリオー様か、王家のご意向で、ですか?」
「いや。ルーナ様とセプテントリオー様は、彼が謝罪の上、退室したことで、この一件を落着となされた。王家からは特にご指示はなかったが、居合わせた貴族たちがその子爵家との縁を次々と断ち、仕事が回らなくなったのだ」
「え……えぇ……あぁ……王族に睨まれた下級貴族と仲良くしても、いいことなさそうですもんね」
記者が微妙な顔で話を合わせる。
……貴族の勝手な忖度! 怖ッ! 本人もお姉さんも王家も何も言ってないのにたったそれだけで失脚に追い込むとかマジか。
「その子爵家は、五十年もせぬ内に家系が絶えた」
言外の意味を想像したのか、この場に居合わせた誰も何も言えない。
……何でそんなドヤ顔って言うか、例の動画、この人が知ったら……!
ファーキルは、呪医セプテントリオーが彼に塩対応だった理由がよくわかった気がした。
☆王族が自分で戦ったら町の一個や二個、一瞬で消し飛ぶ……「2947.世界に筒抜け」参照
☆そこそこ強い変態……「2949.炎上コメント」参照
☆素材屋プートニクと再会した時……「3051.元騎士の態度」~「3054.戦時中の活動」参照




