3331.魔力の器の差
……セルジャントさん? 駐在武官って私用で簡単に帰国できるもんなの?
声の主は、駐アミトスチグマ王国ラキュス・ラクリマリス王国大使館付きの駐在武官だ。
ファーキルは一度だけ、大使館での会議で顔を合わせたことがあるが、セルジャントはこちらに気付かないようだ。社会人になって雰囲気が変わったからだろう。
拳を握って、肖像画の出来について力説する。
「二割増しなどと! この肖像画は当時のセプテントリオー様をそっくりそのまま表して……いや、これでもまだ、あのお方の愛らしさを表すには不足する!」
「えぇっと……失礼致しました。あなたは当時のセプテントリオー様にお会いしたことがあるんですね?」
赤毛の記者が大柄な身体を小さくして恐る恐る聞く。
「あぁ。当時は騎士団に所属していたからな。治癒魔法の卓越した腕前と可憐なお姿で、当時の騎士団では、ほぼ女神様と崇められていた。再びあの当時のお姿を拝見できるとは無上の喜び」
駐在武官セルジャントが、夢見る少女のような顔になる。
……マジか。
ファーキルは、呪医セプテントリオーが駐在武官セルジャントに塩対応だった理由が何となくわかった気がした。
改めて、呪医が二十五歳の軍医だった頃の肖像画を見る。
……あ、でも、セルジャントさんの気持ちもわかるかも。
「抽選に当たったとの報せを受けた時には、あのお方との水の縁を強く感じた」
「あなたは当時、どの部署の所属でしたか? 差し支えなければ」
赤毛の記者がICレコーダーを向けて質問する。
セルジャントは肖像画から視線を外さず、瞳を輝かせて答えた。
「第三騎士団の魔獣討伐部隊だった。セプテントリオー様は軍医として、魔獣討伐に出動した部隊に付き添って下さったのだ」
「出動した部隊に軍医が付くのは、今の運用と同じなんですね?」
「君はよく勉強しているのだな。複数居る軍医の内、誰が討伐部隊に加わるかはその時にならなければわからない」
「では、王族出身の軍医殿が加わった回は」
「うむ。水の縁を強く感じたとも。部隊の者たちは、普段以上に志気が上がり、次々と魔獣を屠ったものだ」
駐在武官セルジャントが肖像画を見詰めたまま、記者の質問にうっとりした顔で答える。
ファーキルは、戦時中に読んだ「難民キャンプでの魔獣討伐」の報告書を思い出した。
大森林を開墾した第三十五区画の畑に樹棘蜥蜴が出現した際、駐在武官セルジャントはたった一人で、防禦の硬い魔獣を討伐した。
後日、第十九区画の畑にも樹棘蜥蜴の群が出現し、呪医セプテントリオーが現場に急行して重傷者の治療に当たった際も、駐在武官セルジャントが警備員に加勢して戦ったと言う。
いずれも、現場に居合わせたパテンス神殿信徒会のボランティアや、学生ボランティアの手による報告書だ。
彼らは「駐在武官が窮地を救ったが、巡回診療の呪医から冷たくあしらわれていた」とも書き残した。余程、二人の態度の温度差が印象深かったのだろう。
「軍医時代のセプテントリオー様は、近衛騎士を【従僕の絆】で使役なさりつつ傷付いた民を癒して回られ、愛らしさの中に凛々しさと神々しさが同居して、それはもうこの上もなく尊く、パニセア・ユニ・フローラ様はこのようなお方だったのだろうと、ほぼ女神様と称えられていたのだ」
「でも、男性……ですよね?」
中年男性となった呪医セプテントリオーと顔を合わせたことのある記者が、恐る恐る確認する。
セルジャントは相変わらず、若かりし日のセプテントリオーの肖像画に視線を固定して答えた。
「あぁ……しかし、実際の性別など関係ないのだ」
「えぇッ? どう言うコトですか? あ、それと、あなたは【従僕の絆】を掛けられたことがおありですか?」
「どう言うこともこう言うこともない。見てわからんか?」
「あ、はい。何となくわかります」
赤毛の記者は肖像画を見て、セルジャントの顔色を窺いながら同意した。
ファーキルは気になってこの場を離れられないが、運び屋フィアールカも、やや離れた位置からタブレット端末で動画を撮って動かない。
初日の見学に当選した他の来館者たちの一部も、取材を物珍しげに眺める。
……あ、そう言えば、今日だけ特別に撮影許可出てるんだった。
ファーキルもポケットから端末を出して写真を撮る。
フィアールカが魔哮砲戦争前に調達してくれたヤミ端末は、シャッター音が鳴らない。十年以上前の機種でとっくに型落ちだが、思い入れが深い品なので、業務用とは別に使い続ける。
呪医セプテントリオーの肖像画と、かつてサロンだった部屋全体を撮った。調度品の手入れや、各種防護の術の維持に必要な物品の需要を調べる為に必要なのだ。
総合商社パルンビナ株式会社の役員マリャーナに命じられた仕事をこなしつつ、ファーキルは記者と駐在武官の会話に耳を欹てた。
「残念ながら、私如きの器では、王族の魔力を受け止めることなど叶わない」
「そ、そうですか? でも、魔獣討伐部隊に抜擢されるくらい強い騎士だったんですよね?」
「魔獣を屠る技術と魔力の大きさは、あまり関係ないのだ」
ファーキルは、セルジャントの説明を意外に思った。
赤毛の記者も驚いて聞く。
「どう言うコトですか? 魔力が大きい人の方が強いですよね?」
「並の魔獣を倒すだけなら、伯爵級の魔力でもどうとでもなるが、【従僕の絆】を受けるには、侯爵級の魔力の器が必要なのだ」
……貴族の階級って確か、魔力の強さが割と重要なんだっけ?
二カ国が再統合したラキュス・ラクリマリス王国は、神聖復古したが、貴族制度は復活させなかった。それでも、かつての階級でモノを言う者が増え、ファーキルは旧王国時代の制度について調べたことがある。
旧王国時代の貴族階級には、功績や血統だけでなく、個人の魔力による足切りがあるのだ。
それは、王族も例外ではない。王の嫡子でも、魔力が不足すれば、王族ではなくその魔力の程度で所属できる貴族に分類される。
各爵位の階級の中でも、その家柄に産まれた者が魔力の基準を満たさない場合、魔力に見合う階級に落とされる。貴族たちは、分家して魔力不足の者を追い出すことで本家の体面を保った。
あるいは、幼少期に書類上、死亡扱いして神殿に預け、神殿はその子を呪医として育てた。
本家の全員が魔力の基準を満たさなくなった貴族の家系は、漏れなく没落したらしい。
逆に平民でも、充分な魔力と能力があれば、官吏や騎士に取り立てられ、功績が認められれば子爵以上の貴族に列せられた。
平民上がりの貴族は、当代では平民でも、何世代か前に貴族のご落胤の血が入った為、隔世遺伝で強い魔力を持って産まれた者だ。
家系としての血統は不問だが、魔力の有無や強度は遺伝する。
力なき民はどう足掻いても、後天的に魔力を身に着けることはできないのだ。
「王族の膨大な魔力を受け止めるには、それに見合う魔力の器がなければならないのだ」
「もし、俺とか、魔力がそんな強くない人が【従僕の絆】を掛けられたらどうなるんです?」
「魔力暴走を起こして肉体が崩壊し、溢れた魔力は、辺り一帯を破壊する」
セルジャントは、肖像画から目を離さずに淡々と答えた。
記者と近くで聞き耳を立てる来館者たちは、息を呑んだ。
「王族の方々をタンカーに喩えるなら、近衛騎士はタンクローリー。我々一般の騎士は、せいぜいトレーラーやダンプカーだ。荷台に直接ガソリンを流し込むと考えれば、危険性がわかりやすかろう」
「あ、そ、それは確かにヤバ過ぎですね」
赤毛の記者が顔を引き攣らせた。
☆第三十五区画の畑に樹棘蜥蜴が出現……「1921.産官学調査隊」~「1923.調査隊の目的」参照
☆第十九区画の畑にも樹棘蜥蜴の群が出現……「2055.軍医の【鎧】」~「2059.芋畑の後始末」参照
☆冷たくあしらわれた……「2060.繁忙を極める」参照
☆【従僕の絆】……「3157.【従僕の絆】」参照




