3328.動機を数える
「投稿者の女性は、どうしてこんな事件を捏造してまで、セプテントリオー呪医を貶める告発動画を作ったんでしょうね?」
大司教の衣に身を包んだロークは、再び頭を抱えた。
白黒のハチワレ猫が、執務机に広げた聖職者用の聖典の傍らに座って、ラゾールニク少佐を見詰める。
「理由は幾つか考えられるけど、どれが本当かは、本人に確認しなきゃわかんないよ」
「例えば、どんな?」
ロークは顔を上げ、応接机のラゾールニク少佐に顔を向けた。
少佐は薄く笑って指折り数え上げる。
「まずは、同情を集めやすいけど事実関係の確認が難しい事件をでっち上げる詐欺。投げ銭いっぱいもらえたよね」
「あんなわかりやすい嘘に騙される人があんなに大勢居るなんて」
「キルクルス教圏の人たちは魔法文明圏の常識とか知らないからね」
猫が執務机の上で身を起こし、少佐の発言に頷く。
「詐欺師の線でも、何か政治的な意図を持つ団体が背後に居る資金稼ぎか、カネ目当てだけの単独犯か、調べてみないとわからない」
「そうですね」
少佐に整理され、ロークの頭の中で、昨夜徹夜で集めた情報がまとまり始めた。
「バルバツム連邦のデュクス大統領と連邦議会にアーテル共和国への派兵をやめさせたいのか、ラキュス・ラクリマリス王国を貶めてアーテルの国家再統合を阻止したいのか、動画の締め括りの言葉は、敢えて対象をぼかしたっぽくて、正確な意図を酌むのが難しくなってるけど」
「両方を狙ってるから、敢えてぼかしたのかもしれませんね」
――この暴力を止める為に……私たちを助ける為に……心ある人は立ち上がって下さい。
宗教絡みの理由なら、両方を狙うだろう。
次の選挙結果によっては、ラキュス湖南地方で数少ない「キルクルス教を国教とする民主主義国家」が、フラクシヌス教を国教と定める神政国家に吸収される可能性があるからだ。
また、現状、救援物資輸送任務などでアーテルに派遣されるバルバツム兵は、魔獣の餌だ。バルバツム連邦各地でアーテル共和国への派兵に反対するデモが繰り広げられ、一部が暴徒化する。
デュクス大統領や与党の政敵にとっては、派兵による甚大な人的損耗と莫大な経費は、現政権の足を引っ張る好材料だ。
戦後の復興支援で派兵して、何故、こんなにも莫大な経費を掛けて自国の兵士を外国で大量死させなければならないのか。
退役軍人らは、犬死させられる現役兵士の惨状を嘆く声を日増しに大きくする。
一般国民からも、度々疑問の声が上がる。
兵士の家族の嘆きと不安は計り知れない。
働き盛りの若者を兵役義務で死なされたのでは、労働力が不足する。経済界からも派兵に反対する声が上がり始めた。
SNSでバルバツム兵の投稿を具に調べれば、バルバツム連邦軍が、薬物依存症の兵士を新兵器の試用に投入し、殺処分するような運用をすることが窺えた。
人権団体や患者団体は勿論、これに批難の声を上げる。
だが、バルバツム政府はこれを真っ向から否定した。
ロークは引っ掛かったコトを口にした。
「でも、この動画、租借地の病院に払う医療費の出所について、何も知らないみたいなんですよね」
「そうだね。現役の兵隊さんとか、アーテルから生きて帰れた人たち、その人たちの家族、クラウドファンディングで寄付を募ってる退役軍人とかは、みんな、ルスタートル司令官が立替えてるのも、物納なのも知ってるのにね」
兵士の家族や慈善団体のSNSには、傷薬になる薬草の上手な育て方が度々話題に上る。
「はい。それを指摘するコメントもたくさんあったんですけど、すぐに消されてしまって、知らない人にあんまり伝わってない感じですね」
「スクショ撮ってたりする?」
ラゾールニク少佐がロークの瞳を覗き込む。
「一応、見た分は撮りましたけど、全部じゃありませんし、証拠能力は低いですよ」
「後でコピーさせてくれる?」
「いいですけど、どうするんです?」
「それは、まぁ……結果が出たら教えるよ」
少佐に言葉を濁されたが、ロークには渡さない選択肢はない。元よりそのつもりで残したデータだ。
「これって、バルバツム軍……アーテルに派遣中の人たちにとっては凄い迷惑ですよね」
「だよね。王家……いや、駐留部隊が怒ってバルバツム兵の救助をやめたり、租借地の病院が診療拒否するようになったら、真っ先に死ぬのは彼らだからね」
「じゃあ、派兵反対派ではない……のかな?」
魔法使いによる救助と医療がなくなれば、バルバツム兵の大量死を避けられず、本末転倒だ。
ラゾールニク少佐はニヤリと笑い、わざとらしく首を傾げてみせた。
「どうだろうなぁ?」
「どうだろうなぁって……それでも反対派の仕業の可能性ってあるんですか?」
ロークは、デモの動画で見た人々の悲痛な叫びを思い出し、眉を顰めた。
猫も首を傾げる。
「必要な犠牲って思ってたら?」
「……あり得ますね」
ロークは肩を落とした。
世の中には、目的の為なら手段を択ばない者が少なからず存在するのだ。
ロークは改めて疑問を整理して口にした。
「癒し手の資格と、医療費が物納で薬草とかで払ってる件って、知ってる人には即バレの嘘ですけど、知らなくても調べればすぐわかることです。【白鳥の乙女】は俺が教団の生配信で説明したコトありますし、医療費はバルバツムでも普通に報道されてますから。それなのにどうして、こんな杜撰な作りの動画を公開したんでしょうね?」
「中高生とかの愉快犯の可能性も考えられるよね。バズったら嬉しいし、ついでに小遣い稼ぎみたいな」
「えぇ……? そんな……人の心なさそうな……いや、居そうですけど」
絶対有り得ないとは言い切れないのが悲しい。
動画に出演した「被害者の女性」は、詐欺師本人の可能性は低いだろう。騙された無名の劇団員か、もしかすると、リアルに作った3Dモデルかもしれない。
ラゾールニク少佐がソファから腰を上げた。
「何故こんな動画を作ったのか。動機は色々考えられるけど、王家と政府が目指す解決はひとつだ」
「正しい情報による訂正とセプテントリオー呪医の名誉の回復ですね」
「そうだ。話が早くて助かるよ。まぁ、政府が火消しを頑張っても、自分の信じたいものしか目に入らない人たちには届かないだろうけど」
「だからって、何もしなくていいなんてコトにはなりませんよ」
「うん。だから、今日の定例生配信、頑張ってくれよな」
「はい」
ロークは、魔法とキルクルス教の教義を両方知る聖職者として、いつにも増して責任の大きさに身の引き締まる思いがした。




