0333.金さえあれば
「で、助けてくれってのは、何だ?」
「ひとつは、接続料のコトです」
「ん? あれで、お金なくなっちゃったの?」
「はい。でも、二カ月後には入金があると思うんで、一カ月分だけこれで」
ファーキルは鞄から傷薬が入った紙コップを取り出し、カウンターに並べた。呪符屋が手に取って匂いを嗅ぐ。
「傷薬か。こんだけありゃ、軽く半年はイケるぞ」
「ウェブマネーでお願いできますか?」
ファーキルが遠慮がちに聞くと、呪符屋は運び屋に顎をしゃくった。
「立替えといてくれ」
「それより、プリペイドカードの方がよくない? 郭公の巣で売ってるし」
ファーキルが驚いて緑髪の運び屋を見る。検索しても全く出てこないので、ランテルナ島にはケータイ会社の代理店がないと思い込んでしまった。
フィアールカと呼ばれた魔女が、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「私たちがどうやってケータイ代、払ってると思ってるの?」
「あっ!」
ランテルナ島民は、アーテル本土のケータイ会社やプロバイダと正式な契約を結べない。
ラクリマリス王国やその他の周辺国に【跳躍】できる者なら、外国の会社とは契約を結べる。
だが、土地勘がなければ【跳躍】できず、本土に住むキルクルス教徒の名義を借りるか、ファーキルのようにヤミで出回る飛ばし端末を買うしかなかった。
支払いも、違法カードを使うか、身元確認不要のウェブマネー専用口座からの振込だ。
この手の口座は、世界中で一般に普及するが、犯罪絡みの取引の温床になりやすい。また、口座自体も犯罪組織が運営するものがあった。一定期間、きちんと取引を成立させて信用を高め、資金が集まった頃合いを見計らって持ち逃げする事件が起こる。
例の動画の広告収入も、どうなるかわからなかった。
どこかの政府から認可を受けた正規の金融機関が運営するウェブマネー口座は、利用者の身元確認と信用調査が必要な上、大抵の国では、未成年者には口座開設が許可されなかった。
「仲介料として、これ一個くれたら、郭公の巣に案内したげるわ」
「お願いします」
傷薬の軟膏が入った紙コップを運び屋に渡した。呪符屋が、のんびり鎮花茶を啜る運び屋に渋い顔をしてみせる。
「ちっとばかり、がめついんじゃねぇか?」
「お釣りを出せって言うの? 今、大した物、持ってないんだけど」
ぶつぶつ言いながら、革のショルダーバッグから、掌にすっぽり収まる丸い缶を取り出す。漣模様の缶を開けると、緑色の飴玉がぎっしりだ。
「これ、緑青飴だから、坊やは食べちゃダメよ」
「はい。湖の民の人に渡します」
銅の錆を混ぜた飴だ。陸の民が食べれば、中毒を起こす。
湖の民は、陸の民より多くの銅を必要とする。彼らの髪の緑色は銅に由来し、その色の濃さは健康指標のひとつだ。
薬師アウェッラーナと呪医セプテントリオー、葬儀屋アゴーニに渡せば、きっと喜ぶだろう。
ファーキルは、緑青飴の缶のついでに【魔力の水晶】が入った小袋も鞄へ仕舞った。
「それと、もうひとつ……あ、こっちは、今すぐにはお支払できないんで、できるかどうかだけ、教えていただきたいんですけど」
「ん? さっき言ってた二カ月後の入金?」
「はい。それで足りるか、わかんないんですけど」
運び屋フィアールカは鎮花茶を味わいながら視線で先を促した。ファーキルも、一口啜って気持ちを落ち着けて依頼する。
「トラックと十二人を安全な場所へ【跳躍】で運んで欲しいんですけど、四トントラック……できますか?」
「トラックは、大容量の【無尽袋】がありゃいい。そいつに入れてりゃ、持って跳べるぞ」
呪符屋の言葉に運び屋フィアールカが頷く。
「人間も勿論、一度に全員は無理だけど、何回かに分ければ大丈夫よ」
「それで、あの……ネーニア島の……前とは違う場所って、跳べますか?」
「どこへ行きたいの?」
「えーっと、人によって行きたいとこは多分、違うと思うんですけど、一応途中まで……ネモラリス島の、人の生活がちゃんと成り立ってるとこまで」
ファーキルは、恐る恐る申し出た。
湖の民の運び屋は、ネーニア島じゃないのね、と呟きながらタブレット端末で地図を開き、ファーキルに見せて言った。
「私、ネモラリス島へは行ったコトないのよ。聖地なら、今は難民の移送用に船の便を増やしてくれてるから、王都ラクリマリスでどう?」
「有難うございます」
多数の難民が身ひとつで経由する王都なら、野宿せずに済むかもしれない。【無尽袋】は使い捨てだ。袋から出さなければ、トラックも船に載せられる。
たくさんの問題が一気に解決できそうだ。
……カネさえあれば、だけどな。
ファーキルは一瞬、瞳を輝かせたが、別の懸念に気付き、すぐ顔を曇らせた。
動画の広告収入が幾らになるか、それで足りるのか。ウェブマネーの業者が持ち逃げしないか。トラックが入る高性能の【無尽袋】をすぐに調達できるのか。
「俺の方は、ウェブマネーじゃなくて、さっきみてぇな魔法薬か、呪符の素材で払ってくんねぇか」
「種類はなんですか?」
タブレット端末のメモパッドを起動する。呪符屋がこの島で手に入る素材を列挙した。ファーキルは、ランテルナ島のどの辺りで手に入るか、特徴や保管上の注意点なども聞き取る。
「……まぁ、あんま、無理すんなよ」
「はい。流石に魔獣由来の素材は無理ですけど、草とかなら、何とか」
説明を終え、呪符屋がファーキルの左手に視線を向ける。
念の為、【不可視の盾】の補助具だけ身に着けて来た。
「右は、ポケットに入れてます」
「そうか。そいつを使わないで済むように上手く立ち廻れよ」
「はい。気を付けます」
ファーキルは、呪符屋の忠告を噛みしめた。
☆検索しても全く出てこない……「0331.返事を待つ間」参照
☆ファーキルのようにヤミで出回る飛ばし端末……「0162.アーテルの子」「0188.真実を伝える」参照




