3324.敵意の煽動者
「先輩、ちょ……これ!」
一般兵リョスが、軍歴と年齢が上の後輩ルベルに強張った顔を向ける。
ラキュス・ラクリマリス王国軍ネモラリス島方面総司令本部情報収集室に緊張が走った。
リョスのパソコンには、動画共有サイト「ユアキャスト」が表示され、金髪の女性が泣きながら共通語で話す動画が流れる。
魔装兵ルベルは、耳を疑った。
……は? この人、アタマ大丈夫か?
明らかな虚偽だ。魔法文明圏の人間なら、聞いた瞬間、嘘だとわかる。
しかも、絶対にあり得ない犯罪行為をでっちあげて、ラキュス・ラクリマリス王国……湖の民のラキュス・ネーニア王家の王族を誹謗中傷するもので、国内なら不敬罪と名誉棄損、偽計業務妨害など複数の罪に該当する。
「外務省が把握済みなら、もう動いたと思いますけど?」
黒髪のトレウゴールカ先輩も、同じ動画を表示させて形の良い眉を顰めた。
緑髪のルィツァリ先輩が不安な声を出す。
「これ、セプテントリオー様にお世話になったコトのある人が見たら、先走って呪い掛けたりしそうだな」
「信仰ガチ勢にみつかってもヤバいと思うなぁ」
茶髪のイユーリ先輩も、珍しく難しい顔をする。
ルィツァリ先輩が険しい顔で同意を示した。
「ウチの親や親戚が見たら、まず間違いなく、呪うでしょうね。共通語がわからないので、湖南語訳が出回る前に対処すれば何とかなりそうですけど」
同じ部屋に詰める他部署の兵士たちも、ルベルたちの話を聞きつけて自分のパソコンに動画を表示させたらしく、あちこちで溜息や驚きの声が上がる。
魔装兵ルベルは、動画のコメント欄を見た。
〈王族が権力を笠に着て外国人女性ヤるとか終わってんな〉
〈聞いた瞬間バレるウソつくとかアタマ大丈夫か?〉
〈やっぱ魔法使いは邪悪な奴らじゃん〉
〈悪しき業でオンナ好き放題するとか羨まけしからん〉
〈邪悪な魔法使いの国なんか早く亡ぼした方がイイ〉
〈連邦政府はラキュス・ラクリマリス王国に抗議しろよ〉
〈ルスタートル司令官も助けてくれないの?〉
〈アタオカ過ぎて草も生えねぇ〉
〈カラダで払えとか、魔法使いでもそう言うのあるんだな〉
〈呪医がそんなんするワケねぇだろ〉
〈酷い! 許せない!〉
〈よくぞ告発してくれた〉
〈その王族、インターポールに逮捕してもらおう〉
〈嘘じゃん。部隊みんなの病院代払ってんの司令官だし、クラファンで資金集めてるし、ニュース見てない系の人?〉
〈ソースは?〉
〈退役軍人会のクラファンの説明のページ〉
〈みんな軍の上層部に騙されてるのよ。弱者の声を揉み消そうとしないで!〉
〈俺、身内に兵士居るけど、租借地の医療費って庭で育てた薬草で払えるぞ〉
〈これってクアエシートルのインタビューに出てた医者?〉
〈薬物依存症治療薬の記者会見に王族の医者二人出てなかったか?〉
〈どっち?〉
〈親より年上っつってるから、おっさんのほうじゃね?〉
〈こんな美人がおっさんに食われるとか勿体ねぇ〉
〈いっそ責任取って第二夫人とかにしてもらえよ〉
〈派遣中の兄貴にオリーブ油とかでもいいって言われたって聞いたから寄付したけど、兄貴の方が嘘なのか?〉
〈美人は損だなぁ。同僚は誰も助けてくれないんだ?〉
〈呪医を廃業したくなるレベルの美貌自慢? 大草原不可避〉
〈男の兵士も他の医者に掘られてたりとか?〉
〈医療費の物納って銀の指環とか魔法薬の材料とかでいいんだぞ〉
〈カラダで払われても病院の経営にビタイチ関係ねぇ〉
〈カラダ(笑)製薬会社の支払いに回せないもん寄越されても困るだろ常考〉
〈自分で喋ってるし、嘘じゃん〉
〈投げ銭してる奴ら騙されてるぞ〉
〈騙されて同情して詐欺師にカネくれてやるとか無知って罪だなぁ〉
〈現役の兵士は口止めされてるだけで、この人の話が真実だろ〉
〈女性ってこういう時に損よね〉
〈ラキュス・ラクリマリス王国政府に抗議メール送ろう!〉
〈お前さんを差し出した男兵士からカネ取ればよくね?〉
〈呪医は全員【白鳥の乙女】が掛かっています。呪医を相手に性行為をした者は声を失い、生殖器が腐り果てます。彼女は発声できるので、少なくとも、その相手は呪医ではありません〉
〈この女、派兵エアプだろ〉
〈租借地に行ってすぐ研修受けるのに〉
〈レフレクシオ司祭様は、聖典に載ってなくても治癒魔法は善き業って言ってたけど、こんなのダメに決まってんじゃん〉
〈ニュースとか見てたらこいつの嘘なんか即バレだろ〉
〈治癒魔法で処女膜再生させて証拠隠滅、完全犯罪じゃね?〉
〈今すぐ削除しろ! クソ女!〉
〈やっぱ魔法使いはどいつもこいつも邪悪って証明されたな〉
〈こんなんあっちにバレたら魔獣が出ても助けてくれなくなるだろ!〉
〈でっちあげで犯罪者に仕立て上げんのって詐欺?〉
〈不敬罪じゃね?〉
〈名誉棄損? 逮捕?〉
〈命助けたんだからヤらせろって人として最低!〉
〈この王族とやら、人として終わってんなぁ〉
〈フラクシヌス教徒目線だと神様扱いらしいぞ〉
〈人ですらない〉
〈ヤりたい放題だな、神〉
〈逮捕されなくても呪い殺されそう〉
〈悪いコト言わんからバレない内に動画消しとけ〉
〈断れない弱みに付け込んでヤるとか最低だよな〉
ざっと目を通したところ、彼女の発言を鵜呑みにしたもの、魔術の知識に基づいて彼女の嘘を指摘するもの、アーテル共和国に派兵された兵士の関係者らしき者からの事実の提示、常識から導き出した矛盾の指摘が混在する。
彼女を信じたコメントは、三分の一くらいが投げ銭付きだ。
ルベルはページ全体のスクリーンショットを撮った。
動画は、都市迷彩を着た金髪の女性が決然と声を上げたシーンで終わる。
「この暴力を止める為に……私たちを助ける為に……心ある人は立ち上がって下さい」
「これって、どっち方向に言ってるんでしょうね?」
ルィツァリ先輩が微妙な顔でポツリと呟いた。
イユーリ先輩が、何を当たり前のことを聞くのかと首を傾げる。
「どっちって……セプテントリオー様を糾弾しろって、バルバツム人とキルクルス教徒を煽ってるんじゃないのか?」
「こんな状況を放置してアーテル共和国への派兵をやめないデュクス大統領と連邦議会を糾弾する風にも聞こえますね」
「ん? ……あー……そう言う風にも聞こえるのか」
トレウゴールカ先輩が別角度から言うと、イユーリ先輩が茶髪の頭を掻いた。
リョスが怯えた目でトレウゴールカ先輩に聞く。
「もしかすると、派兵反対派の宣伝工作かもしれないんですね?」
「国際問題になる炎上動画、わざわざ作るかなぁ?」
イユーリ先輩が半笑になる。
「我が国とバルバツム連邦には元々国交がありません。今は我が国が国連を脱退して、サンデラエ市の国連事務所も引き払ったので、直接の接点がないんですよ」
一同、トレウゴールカ先輩の発言に頷く。
黒髪のトレウゴールカ先輩が、同性による虚偽告発動画を睨んで、理路整然と推測を述べる。
「これって、王族を侮辱されても、我が国は第三国を経由しないと抗議とかできないし、犯罪人引渡条約を結んでないから、バルバツム連邦の司法当局に逮捕されて我が国に引き渡される心配もないし、鵬大洋を挟んだ遠い国だから、攻撃とか届かなさそうって舐められてるんじゃありませんか?」
「あッ……!」
魔装兵ルベルは、そんな観点で自分の国が利用されるとは夢にも思わなかった。
実際、この女性がどんな立場で何を目的としてこんなことをするか不明だが、可能性としてはあり得る。
リョスが震える声で聞く。
「えっと……ルベルさん、どうしましょう?」
「どうって……少尉たちはまだ会議だし」
画面隅の時刻表示は十一時四十九分。
会議は、密議の間での昼食を挟み、十四時まで続く予定だ。
イユーリ先輩が手を挙げた。
「じゃ、外務省には俺が言うわ。これどう見ても急ぎの案件だ。なんか問題あったら俺が怒られとくから、リョスはラズートチク少尉たちに言ってくれる?」
「今から密議の間に行くんですか?」
リョスが不安な声を出す。
イユーリ先輩が半笑いでリョスの肩を叩いた。
「最初にみつけたリョスのお手柄じゃないか」
「いや……お手柄って」
リョスが眼鏡の下で涙目になる。
「ご本人の目に触れる前に削除できたらお手柄でしょうけど、気が早いわ」
トレウゴールカ先輩が眦を吊り上げた。
「密議の間、俺も付き合うから、一緒に行こう」
「は、はい……ルベルさん、有難うございます」
リョスは私物のタブレット端末で同じ動画を表示させ、根も葉もない虚偽告発の少し手前で一時停止にした。
密議の間には外部から連絡できないので、部屋の前まで行かなければならない。
ルィツァリ先輩がみんなを見回す。
「女王陛下たちには誰がお伝えするんですか?」
「それは、外務省に言ってもらおう」
イユーリ先輩が一足早く、総司令本部の情報収集室を出た。
☆一般兵リョス……「2820.適性ある人材」参照




